第36話 知りえない話
──わたしが茉莉花が誰かと付き合っているかもしれないと知ったのはつい三日前だった。
「あれ、茉莉は?」
茉莉花の中学生の頃からの友達だという呉羽梗さんがやってきた。
「茉莉花ならもう帰ったけど……」
茉莉花は今日は用事があるからと放課後すぐに帰ってしまっていた。
「そっかあ。じゃあ仕方ないか」
わたしはあまりこの人が得意ではない。
呉羽さんがわたしの知らない茉莉花をたくさん知っていることへの敗北感という理由。
我ながら勝手な理由だとは思うけど、どうしてもそう思ってしまう。
「ねえねえ、桜來ちゃん」
「なに?」
「ちょっとわたしとお話でもしようよ」
(え、ええー……)
茉莉花が仲が良いからといって、わたしは別に呉羽さんと仲が良いわけではない。
それなのに会話が続くだろうか。
正直もう帰ろうと思っていたところだったし、本当は嫌なんだけど……
「うん、いいよ……」
堂々と嫌ですという勇気は持ち合わせてはいなかった。
それに茉莉花の友達だし……
わたしは「ふう……」と息をつき、自分の席に腰を下ろす。
「桜來ちゃんてさあ」
「うん?」
さっそくお話が始まったみたいだ。
「茉莉花のこと好きでしょ?」
「…………え?」
心臓が飛び跳ねるくらいドキッとしたのが分かった。
急に何を言っているんだろうか、この人は。
「す、好きだけど。だからなに?」
動揺するな、わたし。
好きなんて友達同士ならよく使う言葉。
わたしはずっと茉莉花のことが好きだった。あのときからずっと。
でもわたしは女の子だし、茉莉花もそう。
受け入れられることではないと思っている。
わたしが茉莉花のことをそういう対象として見ていることを悟られてはいけない。
「そうじゃなくてさ、好きっていうのは恋愛的な意味のこと」
「っ……!」
な、なんでわたしが茉莉花のことを好きだってバレてるの?
今までバレないように必死にやってきたのに……
わたしは呉羽さんの問いに沈黙で答えを返すことしかできなかった。
「あー、やっぱりそうなんだ。あ、安心してね? 別に言いふらしたりとかはしないからさ。ただ確認したかっただけ」
確認してどうするつもりなんだろう。
言いふらしたりしないとは言っているけど、そんなの信じられない。
茉莉花に言うつもりじゃないよね?
もし茉莉花にわたしの気持ちがバレちゃったらどうしよう……
わたしはいろんな考えがぐるぐるとめぐって、どうしたらいいか分からなくなっていた。
「え、ごめんごめん! そんなに悩ますつもりはなかったんだって! わたしは一つ教えてあげようと思っただけだから」
「教える……?」
「そう。このまま何もしないままだと、茉莉花とられちゃうよーってさ」
「え…… どういうこと……」
「このまま放っておくとよく知らない誰かと茉莉花が付き合っちゃうよってこと」
ど、どういうこと……? 茉莉花に好きな人がいるってこと……?
そんなの聞いたことないし、そういう気配も感じられなかった。
でも…… もし本当ならそれは喜ばしいことで…… 茉莉花が幸せなら……
「やっぱり知らないんだね」
「……なんで呉羽さんは知ってるの?」
「梗でいいって。茉莉花がね──」
わたしは教えてもらった。
茉莉花がわたしに隠していたこと。わたしの知らない人から告白されているということ。しかもその人が女の人であると言うこと。いろいろと。
どういうことなんだろうか。全然頭がついていかない。
「茉莉花…… なんでわたしに教えてくれなかったの……」
茉莉花とは一番仲の良い友達だと思っていた。
それこそ親友みたいな。
「それは桜來ちゃんに心配かけたくなかったからでしょ? だから話さなかったんだよ」
「そ、そんなのって……」
「まあわたしもそんな大事なこと茉莉に秘密にされてたら、ちょっとへこんじゃうだろうから気持ちはなんとなく分かるけどさ。でも茉莉なりの優しさだったんじゃない?」
優しさ…… 茉莉花なりの……
「なんで……」
「ん?」
「なんでそんなに茉莉花の気持ちが分かるの?」
わたしにはよく分からないのに……
「ええ? なんでって…… わたしも茉莉花のことが好きだからかな?」
「え……」
「あ、ちゃんと恋愛的な意味だよ? でも安心して、もうフラれてるからさ」
「こ、告白したの!?」
「うん。いやあ迷惑になるかもって思ってたから言うつもりなかったんだけどさ。ついつい」
もう情報が次から次へと流れてきて、どれを頭に留めればいいか分からない。
呉羽さんが茉莉花に告白? それでフラれてる?
本当にわたしの知らないところで何がどうなってるのか。
それにこの人はどうしてこんなに毅然として話せるんだろう。
わたしなんて茉莉花に好きとも言えないのに。
「……なんでそれをわたしに教えてくれたの? 一応敵……だよね?」
「敵? いやあ? わたしは味方だよ、味方」
「でも茉莉花のこと好きなんでしょ?」
「うん。でもわたしフラれてるし」
「……茉莉花のこと諦めたの?」
「諦めた……? んー、よく分かんないなあ。別に茉莉のことずっと好きでよくない? フラれても好きだし、友達なのには変わりないでしょ?」
フラれても好き……
単純にすごいという言葉が真っ先に思い浮かんだ。
わたしは同性だからって告白すら、普段好きっていうことすらできないのに。
呉羽さんはちゃんと自分の気持ちを伝えられるんだ。
「ま、勝手にアドバイスさせてもらうけど、ちゃんと茉莉に言った方がいいと思うよ? わたしもちゃんと伝えてスッキリしたところあるしさ。ほら、やる前に後悔するよりやって後悔する方がいいーってよく言うじゃん?」
「やって後悔……」
そうかもしれない。
本当にそうなのかもしれない。
「まあ桜來ちゃんのことだから強制はしないけど。んじゃあね~」
そう言って、呉羽さんは去って行ってしまった。
呉羽さんはこれだけをわたしに言いに来たんだろうか。
だとすると、ものすごくすごい人だ。
あまり語彙力がないためか、すごいという表現しかすることができない。
「告……白……」
このまま伝えないままでいいのだろうか。
何も知らない友達のままでいる方が楽だけど。
手遅れになる前に、手遅れになったとしても。
わたしが茉莉花を好きなのは変わらない。
(……ふう。よしっ)
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