第35話 蓋をしていた想い

「桜來……」


 ど、どういうこと? なんで桜來が泣いてるの? わたしが嘘をついたから……?


 ぜ、絶対そうだ……


「ごめん桜來! ほんとごめん!」


 わたしはすぐに桜來に謝った。


 本当なら土下座でもしたい気分だったけど、それだとあまり誠意が伝わらないような気がしたのでやめた。


 桜來を泣かせてしまうなんて。


 こんなこと……


 わたしの中には罪悪感と自分への情けなさしかなかった。


「ち、違うの…… 茉莉花が悪いわけじゃなくて……」

「ごめん! 本当にごめん!」


 わたしが悪いわけではないと言ってくれるけど、それは桜來の優しさだ。


 悪いのは完全にわたし。


 なのに桜來を泣かせて、まだ気を使わせてしまうなんて……


「ほ、ほんとに違うの…… ちょっと待ってね……」


 そう言って、桜來は流れている涙を服の袖で拭う。


「落ち着いた……?」

「うん。ごめんね、茉莉花」

「いやいや! ほんと全部わたしが悪いから……」

「ううん、そうじゃないの…… その、実はね……」


 そう言って、桜來は大きな深呼吸をした。


 自分の心を落ち着かせるかのように、何度も深呼吸を繰り返している。


 すごく長い。


 わたしが何を言われるのか怖くて長く感じているだけかもしれない。


 でもわたしには、ただ覚悟を決めて待つことしかできなかった。


 桜來の深呼吸が終わる。


「わたしね」

「うん」

「茉莉花のことが好きなの」


(…………え)


「ずっと前から。中学生の頃から。茉莉花のことが好きだったの」


(ど、どういう……)


 頭が働かない。


 ただただずっと「好き」という単語がわたしの頭の中で繰り返されていた。


 そんなわたしとは反対に、桜來は淡々と話し始める。


「きっかけはね、中学二年生の学年対抗リレーのとき」


 学年対抗リレー……


 確か中学二年生のときに一度だけリレーメンバーに選ばれたことがある。


「わたしがバトンを渡す相手が茉莉花だったの」

「そう……だったね」

「でも本番でわたしこけちゃって。膝は擦りむいて痛かったし、みんなに申し訳なかったし、なによりものすごく恥ずかしかった。でも早く茉莉花にバトン渡さなきゃって」


 そんなことがあったのは覚えている。


 でも桜來に言われないと、きっと一生思い出すことはなかったと思う。


 わたしにとってはそれくらいの記憶だった。


「それでなんとか茉莉花にバトン渡したときにね。覚えてる? 茉莉花ね、わたしに『大丈夫?』って言って、肩をポンポンってしてくれたの」


 そう……だっただろうか。


「茉莉花だって早く走らないといけないのに、そのたった一秒くらいの間だよ? その間にわたしの心配してくれて。それが茉莉花を好きになったきっかけだった」

「そ、そんなこと……」

「そんなことじゃないんだよ。わたしにとってはね。涙が出るくらい嬉しかったことなんだよ」


(………………)


「それからずっと茉莉花のことが好きだった。でもわたし女だし、茉莉花と付き合えるわけなんかないって、ずっと自分の気持ちに蓋してた」


(………………)


 わたしは言葉が出なかった。


 なんて言っていいか分からなかった。


 どう言葉をかければいいのか。


 でも何か言わないと……


「……なんで今、わたしに話してくれたの?」


 今までずっと言わなかったのに、今のタイミングで話してくれた理由はなんなのか。


「それは…… その、ちょっといろいろあって。もうどうなってもいいから、告白しようって決めたの」

「そ、そっか……」


 これ以上詮索するのはやめよう。


 とにかく今分かってるのは桜來がわたしのことを好き……ってこと。


 混乱しているのは混乱している。


 今までずっと友達だと思っていた桜來から告白されるなんて混乱しないわけはない。


 ただ正直に言って、その混乱はもう収まろうとしていた。


 お姉さんや梗のときの方がもっと引きずっていた気がする。


 どうしてだろう。


「その、恋人がいる茉莉花に対してこんなこと言うのは良くないと思うんだけど。わたしと……付き合ってくれませんか?」

「っ……!」


 なんでわたしなんだろう。


 たったあれだけのことでどうしてわたしなんかを……


「桜來…… ごめん……」


 ついさっきようやくお姉さんと付き合ったばかりだ。


 そんなわたしには断るしか選択肢が残されていなかった。


「そう……だよね…… やっぱりそうだよね……」


 桜來は俯きながら呟いている。


 心が痛む。


 でもこれ以上どう言葉をかけていいか分からない。


「わたし…… もう帰るね。今日はありがとう」

「え、ちょっと……!」

「また学校でね」


 そう言って、桜來はわたしの部屋から出て行ってしまった。


(桜來……)


 わたしは桜來を追いかけることができなかった。

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