第5話――検査

「中の物を全部出して」


 ロン毛をまとめた銀色ジャンパーの男が、上着の色に関わらず、前にいる者から順番にチェックしている。そばにはあの大柄おおがらなパンチパーマの男も付き添っている。

 それを遠目から見ていたセブンクライストのメンバー達は、固唾かたずを呑んで順番が来るのを待つだけだった。


 ふと、プードルヘアの男がいぶかしげに眉をひそめた。


金属探知機きんぞくたんちき?)


 よく、持ち物検査に使われる先端が丸くなっているハンディ型のだ。

 ポケットから自主的に出しただけでは、信用できないのか。ロン毛の男が、検査している者の頭の天辺てっぺんから爪先つまさきまで入念にチェックしている。


(……普段から、こんな物を持ち歩いてるのか? こいつら、一体……)


 たまにベルトに反応し、外してもう一度検査される者もちらほら見られた。


「異常なし。次」


 予想以上に手早く検査が進んで行き、すぐ前までに迫ってくると、スーツ姿の女性は慌てるようにポケットの中のスマホなどを取り出し始めた。

 探知機が反応して注目を集めるのも、いちいち恥ずかしいのか、タイトな灰色のパンツスーツに通していた細長い黒革のベルトをその場で外そうとした。

 すると、少し離れて茫然ぼうぜんとしていた同じ黄色ジャンパーのがっちりとしたハンサムボーイと目が合った。彼は慌てて視線をらすようにうつむき、誤魔化ごまかすように自身もポケットの中をまさぐる素振りをした。

 他のメンバーも、同じように準備をする中、キャップを後ろ向きに被った細身の白人はくじん男性だけが、動かず突っ立ったままだ。

 それを見た小柄なグレーのパーカーを着た女性が、声をかけた。


「ねぇ。物も出さないとまずいよ」


 白人はくじん青年が黄色のジャンパーの上から背負っている小ぶりな黒のリュックに向かって目でうながしながら伝えた。

 すると、その会話に割って入るように、プードルヘアの男がポケットから財布を取り出しながら、


「日本語がわかんねぇんだよ。誰か、英語えいご話せる奴いねぇのかよ」


 からかうように言った。すると、


順番じゅんばんが来てからで十分じゅうぶんだ。ポケットには何も入ってねぇから」


 見た目を裏切るかのように、白人はくじんの青年が流暢りゅうちょうな日本語で返すと、周囲にいた者の動きが一斉に止まった。

 プードルヘアの男は少し面食らった様子で呆気あっけにとられると、気を取り直すように口を開いた。


「なんだよ。しゃべれんのかよ。まぎらわしい」


 その言葉に敏感に反応したのか。

 白人青年が初めてにらむような険しい表情をプードルヘアに見せ、言い放った。


「お前さ。普通になんだよ。。どれだけ偉いのか知らねぇけどさ」


 その細い見た目からは想像できない喧嘩上等のような口ぶりに、周りの黄色メンバーは閉口へいこうしたままだ。

 意表を突かれたように一瞬唖然あぜんとしていたプードルヘアが、いつものニヤけた表情に戻すと、


「おお! 威勢がいいねぇ。見かけによらず、なんだな」


 その瞬間だった。


 たがが外れたように、白人青年がプードルヘアにつかみ掛かって行った。

 目が血走り、殺気に満ちた表情で、プードルヘアの胸倉むなぐらを強く締め上げる。


「マジで殺されてぇのか」


 誰もが想像だにしていなかった展開に、さきほどの喧嘩けんかの時と同じく、他のメンバーは戦々恐々せんせんきょうきょうとしたままだ。


「やってみろよ」


 プードルヘアは余裕の笑みを浮かべたまま尚も挑発を続ける。


「おい! コラ! 何してんだ!」


 すぐ間近で検査をしていた長髪をまとめた男が、あわてるように振り返って声を上げると、すぐさま、そばに立っていた大柄おおがらなパンチパーマの男が駆け寄って行き、白人青年の両肩を掴み、プードルヘアの男から引き離した。


「何だよ。これからいい所だったのに」


 プードルヘアの男が楽しみを奪われたかのごとく少し残念そうに笑みを浮かべると、押さえ込まれた白人青年がさらに敵意をき出しにした。

 二人の間をさえぎるように手に金属探知機を持った長髪ちょうはつの男が割って入り、プードルヘアに向き合った。


「お前、さっきも問題起こしてた奴だな。いい加減にしろよ。喧嘩けんか余所よそでやれよ」


 その言葉にも反省する様子はなく、プードルヘアの男は不敵ふてきな笑みを保ったままだ。


「お前もだ」


 長髪ちょうはつの男が振り返り、そのポニーテールを揺らしながら押さえられていた白人はくじん青年に歩み寄って行った。


「そのリュックの中身を出して」


 大柄おおがらな男が再び暴れ出さないよう監視するかのように、白人青年からゆっくりと手を離した。


 少しのが流れると、白人青年はいきり立っていた自身の気持ちを落ち着かせるように深く息を吐くと、背負っていたリュックを下ろし、ジッパーを開けて中身を取り出した。

 薄型のノートパソコンだ。


「少し見させてもらう」


 長髪ちょうはつの男が大柄おおがらな男に向かってあごを突き出し、彼に渡すように促した。

 白人青年は少し不服そうだったが、渋々しぶしぶ、パンチパーマの男にそれを手渡した。


かるっ!」


 PCを持った瞬間、素直に驚くように大柄おおがらな男が声を上げた。

 長髪の男が白人青年の頭からつま先まで金属探知機を当てている間に、パンチパーマの男はその軽量なPCを舐め回すようにいろんな角度からマジマジとチェクする。


「異常なし」


 検査が終わりPCを返された白人青年はそれをリュックに入れながらも、まだ気持ちを抑え切れないようにプードルヘアの方をにらみ返した。

 その視線を面白がるように受け止めているプードルヘアの視界をまたさえぎるように、長髪ちょうはつの男が立ちはだかり、金属探知機をかかげた。


「異常なし」


 すると、すれ違い様にプードルヘアの耳元で長髪ちょうはつの男がささやくようにつぶやいた。


「もうちょい空気読めよ。な」


 威圧いあつするように肩を軽く叩いた。

 プードルヘアが鼻で笑って受け流すと、その後に続くパンチパーマの大男が鋭い眼光を彼に向けたままゆっくりと通り過ぎた。

 

 続いて、スーツの女性、グレーのパーカーの女性も検査をクリアする。

 最後にがっちりとした体つきで日焼けした黒髪ハンサムボーイの前に、検査役の二人は立ち止まった。


「ポケットの中身を出して」


 しかし、相手は戸惑いを隠しきれない様子で、まゆを寄せたままだ。


「早く出して」


 苛立ちを隠しきれないように長髪ちょうはつの男が言い直すと、


「……Why are you doing this?」


 の彼の口から流暢りゅうちょう英語えいごが発せられた。

 長髪ちょうはつとパンチパーマは思わず顏を見合わせた。

 その場にいたセブンクライストのメンバー達も一斉に視線を向ける。


「What ……What the hell is going on?」


「何だよ。外国人かよ」


 その背後から、また嘲笑あざわらう様にプードルヘアが茶々ちゃちゃを入れようとした、その時だった。


Theft happened,盗みがあって、 inspection今、検査中だ


 で、その場にいた全員がそちらに顔を向けると、キャップを被った白人はくじん青年が通訳するように少し声を高くし、続けて言った。


Take outポケットの everythings中身を in your pokets出してください、,end soonすぐに終わる


 すると、黒髪くろかみのハンサムボーイはようやく事態を把握したように、溜息ためいき交じり首を横に振りながら


「……Oh…… Jesus嘘だろ……」


 躊躇ためらいがちにポケットの中身に入っていたスマホとキーホルダーのついたかぎを取り出した。

 大柄おおがらなパンチパーマの男はキーだけを手に取ると、マジマジと眺める。

 すると、そのだけで判断がつくのか、長髪ちょうはつに向かって首を横に振った。


「異常なし」


 探知機検査を終えた長髪ちょうはつがそう言うと、パンチパーマが私物をハンサムボーイに返した。


だ。誰も持っていない」


 長髪ちょうはつとパンチパーマがいぶかしげな様子で首をかしげながら、最前で立っていたリーダーの元に戻ってきた。

 そので依然としてひざをついたままの八郎はちろうが、耳を疑うように顔を上げた。


(……え?)


 即座に、目の前で集まっている集団に目をった。

 前列辺りに立ったままの、が目に入るや否や、


(まだ、がいるだろ! が犯人だってば!)


 すぐそばに立っている達に目で訴えかけようとしたが、思う様に体が動かせず、向こうは気づく様子もない。


(あいつ、あいつ!)


 渾身こんしんの力を振り絞って顔を小刻みに震わすと、ようやく、スキンヘッドの男が気づいたようにこちらをのぞきこんだ。


(あの男です!)

 

 必死にあごを前方に突き出す。


「……うん?」


 怪訝けげんな様子で、スキンヘッドが八郎の視線の先を追いかけた。


(あのネイビー色の服を着た野郎!)


 すると、そのの動きがピタリと止まったのがわかった。


(……! そうです! ようやく気づいた!)


 すると、スキンヘッドはこちらに向き直って、尚も眉をひそめながら言った。


「……?」


(……え?)


「ジタバタせずに、じっとしてろ」


 面倒くさそうに釘を刺すように吐き捨てると、またすぐそばにいるリーダー達の話に耳をかたむけ直した。


(…………)


 八郎は、ふと気づいた。


(……もしかして……)


 完全に動きが止まる。


(……?)


 背筋が寒くなったと同時だった。


 ずっとリーダーの方を見つめていた


(……まさか……)


 あらためて、の周囲を見つめ直す。


 互いに会話をする銀ジャンパー達。検査の結果をじれったそうに腰に手を当てて待つ者。


 


 明らかに

 あたかもだ。


(……亡霊……)


 八郎はちろうが、心の中でようやくそう悟ったのと同時だった。


 それまでポーカーフェイスだった男の顔に、が浮かんだ。


 青白い顔と目だけ笑っていない調に、八郎は全身に戦慄せんりつを覚えた。


(……嘘だろ……)


 と、その時だった。


「おい! そこに立っている、お前!」


 ホール内に響き渡る怒声どせいでその場にいた全員が、そちらに顔を向けた。


 さっきまで検査をしていた長髪ちょうはつの男が、集まっている群衆の前列に向かってズカズカと歩き始めたのが見えた。

 その後を追いかけるように、パンチパーマの大男も続く。

 前列のメンバー達を掻き分けて立ち止まるや否や、長髪ちょうはつの男はすごむように、その服を指差しながら、言い放った。


「なんで、指定されたジャンパーを着てないんだ?」


 しかし、言われた方はじっと相手の目を見つめたまま黙り込んだままだ。


 離れてその光景を見ていた八郎はちろうは、あらためて


(……存在感そんざいかんうすいだけかよ……)

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