第4話――鍵

「ここって、……もしかして、ローマの……」


 ローマンコンクリートのような白い石材でできたドーム状の屋根を見上げながらスーツ姿の女性が、必死にを思い出そうとすると、


「パンテオン神殿」


 その声で思わず顏を下げると、右側にグレーのパーカーの女性が立っていた。

 あの小柄な彼女だ。


「……あぁ……そう、パンテオンの大広間おおひろま……」


 スーツの女性が、面食らった様子でそのマスクに隠れた小さな顔をマジマジと見つめた。


 セヴンクライストのメンバー達は、あらためて、を見渡した。


 広々とした円状のホールを取り囲むように、人型の青銅ブロンズ像が等間隔を空けて立ち並んでいた。

 数えてみると、一、二、三……全部で六体ある。

 その全てが黒衣をまとい、フードを被って、顔半分は隠れている。

 その六体が取り囲む広場のちょうど中央に位置するように、あった。

 他と同じように黒衣でフードを被っているが、違う点は、


 ホール内の明かりは、ドーム状の屋根のちょうど天辺中央に位置する丸い天窓のような照明から降り注ぎ、大広間を薄暗く照らしている。


 黄色のジャンパーを着た女性二人と、ハンサムボーイ、金髪の白人青年が、その場景じょうけいに圧倒されている中、プードルヘアの男だけが、広間の入口辺りに視線を置いたままだった。

 

って、一体何事だ……?」


 ホールに集められた多くの者達を見回しながら呟いた。


(すれ違う程度で気づかなかったが、いたのか?)


 銀色のジャンパーを着た人数が、三十名くらいか。

 その中には、黄色チームと同じく、女性もちらほら見えた。


 それ以上にプードルヘアの男が気になったのは、銀色チームのリーダー格と思われる数名が、何故かアーチ状になっているホールの入口をふさぐように立っていることだった。

 玄関口ですれ違った、ロン毛を後ろでまとめた男。

 がっちりとした体格のいい顎鬚あごひげの男。タンスを運んでいた人物だ。

 さらに一回りくらい大きな肥満ひまんとも言える体つきの男も、広間に集まっている者達を鋭い目つきでにらみながら腕を組んでいる。見た感じ、柔道でもやってそうな体格だ。時代錯誤とも言えるパンチパーマをかけて、首から金のネックレスをかけている出で立ちは、どう見ても普通のカタギとは思えない。


 すると、そのふさがれた入口の向こうから通されるように、が入って来た。

 スキンヘッドの男に腕を掴まれたが、足下おぼつかない様子で広間に入って来るや否や、こらえきれないようにその場で膝をつき、項垂うなだれたのがわかった。

 遠目から見ていたセヴンクライストのメンバー達は、呆気にとられるように戸惑いの表情を互いに見合わせた。


「皆さん。作業中に集まっていただき申し訳ありません。非常に残念な事態が発生いたしました」


 黒髪を下ろしたリーダーが、冷静な口調で集まった全員の前で口を開いた。


「引っ越し前に、お客様にされたことがあります」


 聞いている者の多くが、まだ何が起きたのかわからないように眉をひそめる。


「それは、二階のを決して開けてはいけないということ」


 その言葉で、集団の前方にいた銀色ジャンパーの多くが、後方で控えていた黄色チームの方を振り返った。


「……え? 何?」


 多くの人数から一斉に鋭い目つきを向けられて、スーツ姿の女性は思わず身を仰け反らせた。

 他のセヴンクライストのメンバーも、表情は強張っている。

 すると、前に立っていたリーダーは、すぐ横で膝をついたまま腕を掴まれている八郎はちろうの方に視線を移した。


「こちらの男性が、部屋に忍び込んでいました」


(……え? ……)


 何か聞き間違えたのかと思い、思わず八郎は顔を上げた。

 彼の反論を完全に抑え込むように、リーダーは止めを刺すように言い放った。


「立派な不法侵入ふほうしんにゅうです」


(……ちょっと……ちょっと待て!)


 朦朧もうろうとしていた八郎は、突然、冷や水をぶっかけられたように事態を呑み込み切れず目を泳がせる。


「ただし」


 リーダーは言い添えた。


「問題は、そこではありません。あの部屋は元々、。私達も作業に入る前にチェックしました」


 リーダーはまた八郎の方を向いて言った。


「ただし、この方は


 ゆっくりと視線を聴衆の方に向け直すと、またざわめきが起こり始めた。

 その反応を制するように彼は語調を強めて声を高くした。


「つまりは、ということになります」


(……そうだ! 俺は鍵を開けてない! )


 思わぬ助け舟に、気が動転しぱなっしだった八郎は我に返るように顔を上げた。


(俺はただ言われるがまま――あの男に……!)


 思い出したように集まった集団の方に目を向けた。

 必死に姿を探そうと目を泳がせると、すぐに視線が止まった。


(……いた。だ……)


 まばらに集まったジャンパー集団。

 その前から二列目あたりに、は立っていた。

 そのすぐ前方に銀色ジャンパーを着たツーブロック頭の男性が立っているが、ネイビー色のジャンパーを着ている彼は、注意して見ないと見過ごすくらいのだ。


(あの野郎! ちゃっかり戻ってやがる!)


 八郎は腕を掴まれた状態のまま、遠目にその男をにらんだ。

 すると、に立っていたツーブロックヘアの男性と目が合い、相手は即座にすごむようににらみ返してきた。

 咄嗟に目線を下に逸らし、


(……! いやいや! あなたじゃなくて!) 


 恐る恐る上目遣いで、また顔を上げた。

 不気味な男は、でリーダーの話に耳を傾けている。

 八郎の殺気に気づいてわざとらしているのか、はたまた本当に気づいていないのか。


(……あの野郎……ガン無視決め込んでやがる……じゃねぇかよ……)


 声を出そうにも、唇と喉元が麻痺まひしたようになっていて動かせない。

 リーダーは尚も声を上げた。


「私たちも、お客様から任されたというものがございます。誠に心苦しいのですが、今ここで全員、をさせていただきます」


 ホール内が、また、多くの者のざわめきで反響し始める。

 黄色のメンバー達も、さすがに我慢しきれないように口走った。


「マジかよ。なんで山奥まで来て盗人ぬすっと扱いされなきゃいけないんだよ。冗談じゃねぇ」


 プードルヘアの男が両手を腰に手を当てながら片足重心で吐き捨てた。


「面倒くさ。来るんじゃなかった」


 スーツ姿でマスクをしている女性が、ぼやくようにつぶやくと、隣にいたもう一人の小柄な女性にさりげなく目線をった。

 すると、


「……何?」


 意味深な視線が鼻についたのか、そのグレーのパーカー姿の女性は、スーツの彼女の方に顔を向け、鋭い視線を送った。


「……いや、別に」


 スーツの女性が誤魔化ごまかすように前に向き直ると、よほど気に障ったのか小柄な女性は粘着するように隣から問い返した。


、とでも言いたいの?」


 見た目は若い彼女の想像以上のに、少し驚いたようにスーツの女性は目を開きながら、


「いいえ……そんな事……」


 焦るように首を横に振った。

 互いに見つめ合ったまま数秒が流れた後、ようやくパーカーの彼女は、相手から視線を逸らし、前方にいるリーダーに顔を向け直した。

 スーツの女性も、ならうように前を向いたが、横目でちらちらと彼女を探るように見ながらあらためて思った。


(……この子も、面倒くさそう……)


 そんな中、ざわめく聴衆をなだめるように、リーダーは尚も穏やかな表情で言った。


「どうか皆さん落ち着いて。もちろん、私達も本当はこのようなことはしたくありません。ただ、既に可能性もあります。それを含めてのチェックです」


 全く躊躇ちゅうちょもなく平然とを言い放つリーダーを横から見上げながら、八郎は思った。


(……こいつら、あくまでしらばっくれるつもりか……。じゃあ、……を目撃してしまった俺は……一体どうなるんだ……)

 

 咄嗟に、その先を考えるのが恐ろしくなった。

 相手は、どう見てもだ。


(口封じに、どっかの海に……いや、ここは山の中だから海に行くまでもないか……って! どっちみち駄目だろ!)


 必死に、を振り払うように首を横に振る。

 柔和な雰囲気のリーダーの話はさらに続く。


「わかっていながら、を見逃すわけにはいきません。もし、何か異論がある方がいらっしゃれば、仕方ありません。このまま警察に通報させていただきます」


 「警察」という言葉に怖気おじけづいたのか。リーダーの落ち着きながらも毅然きぜんとした言葉に、全員気圧けおされるように黙ったままだ。


(よくも抜け抜けと! なんだって! 誰か! 早く通報しろってば!)

 

 八郎の無言の抵抗も虚しく、誰も反論する様子がないと判断したリーダーは、


「よろしいですね。それでは誠に恐縮ですが、検査を一人ずつ始めさせていただきます。全員その場で立ったままで。スタッフが来たら、ポケット内にある物を全部出してください」

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