第6話


 ユッセが厨房に入ると、ロッカ一人のときより食事の準備が早く終わってしまう。そこで夕飯を作るあいだ、ユッセには果物を切ってもらうことにした。水気を切ってから吊るして干すのだが、半分近くは保存する前につまみ食いされてしまう。それも見越して、学院では大量の果物をさばかなければならない。


「で、つい調理場まで来ちゃったけど。今日は遊びに来たわけじゃなくて、ユノン先生に用があって」

「まあ、ユッセが一人で来るときは大体そうだよな」

 ロッカはそっけない態度で応じた。ロッカにとって、どこか垢抜けない雰囲気のユッセは気安く感じる。華やかで社交的なアサンとは対照的だが、今ではどちらも昔馴染みのように感じていた。馬が合うというのだろう。

 それはユッセにとっても同様で、今では互いにすっかり遠慮がなくなってしまった。


「なぁ、ロッカも出ろ出ろって言われてるだろう。こんどの大会」

「言われないこともないけど、おれはそんなに」

 嘘だろう、と叫びながら、ユッセは思わず手に取った柚子を落としかけた。ロッカは寮館で育った生粋の学院派である。そのうえ調理師で、魔法の腕も悪くない。学院派の大人が彼を放っておくとは、にわかに信じ難かった。

 ユッセがそう捲し立てると、ロッカは唇を曲げて苦い顔をした。思いがけず褒められたものだから、照れくさいのだろう。


「うちには他に逸材がいるからな。おれは仕事優先で免除されてる」

「逸材って、ユノン先生のこと?」

「いや、ユノン先生は昔から大会に出ないんだ。理天学院は常駐教師が少ないから、それだけで免除されるのかもな」


 ロッカは動き回りながら話すので、ユッセの方をまったく見ずに話し続ける。


「うちの逸材と言ったら今はエルメだよ。去年初出場で、結構良いところまで進んだんだ」

「ああー」


 ユッセは思わず間抜けな声を上げる。どうしてか、エルメの存在をすっかり失念していたのだ。


「エルメちゃんか。去年は観戦しなかったから、すっかり忘れてたよ」

 ロッカは心なしか得意げにふっと笑う。

「本戦の二回戦で負けたけど、それが良い試合だったんだよ。まあ、相手がジュゼ法師だったから、何かのよしみで華を持たせてくれたのかもな。今年からはメルも出場するし、おれは応援係」

「なあ、ロッカ。話を戻すようで悪いんだけど」


 なぜユノンは玄武体術大会に出場しないのか。

 そう尋ねようとして、ユッセは開きかけた口に右手を当てた。

 ――本人に聞いたほうが良さそうだな。

 なにしろユッセは、ユノンに玄武体術の教えを乞うため、理天へやってきたのだから。




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玄武体術大会/凱歌のロッテ 平蕾知初雪 @tsulalakilikili

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