第5話
* * *
第三月の末、残雪を溶かすような晴れの日のこと。理天学院を訪ねた若者の姿を見て、幾人かの春学生(学院では本格的に勉学を始める前の子どもをそう呼ぶ。年齢は四~六歳が多い)は首を傾げた。
客人は大柄ではなかったが、顔だけが驚くほどユノンに似ていたのだ。
「ついこのあいだ紹介したばかりじゃないか? 紫錦のユッセ先生だ」
ロッカはそう言いながら、ユッセから大量の野菜が入った籠を受け取った。
「ロッカ、ぼくにも夕食の準備手伝わせてよ。説明するより見せたほうが早いんだ」
「見せる? 何を」
「特別なことは何も。ただ、きびきび働くだけ」
ユッセが紫錦で出会った
ユッセとアサンは出会ってすぐ意気投合し、休日も行動をともにするほどの間柄となったが、畑と趣味の話はいつまでも尽きない。
あるとき、ユッセはアサンが九識助の魔法を使う様子を見て、ふと疑問を抱いた。
アサンは生まれつき色の判別がつかないため、色を見る時だけ目に魔法をかける。目は脳に近いこともあり、おそらくは複雑で難解な魔法だろう。なのに、そのような魔法を不得手とするアサンが、いとも簡単にそれを使いこなしている。ユッセは不思議に思い、何の気もなしに尋ねたのだ。
そのときの会話で、ユッセは初めて「博秋ユノン」が同じ青の国にいると知ったのである。
ユッセは腰を抜かすほど驚いた。が、ユノンはユッセのことを知らなかったから、初めて対面した時はユノンも珍しく戸惑った。
アサンは最初から双方の顔を見ていたが、もともとユノンに弟や妹がいないことは知っていたし、ユッセは青の国出身だと言う。まさか親戚同士でもあるまいし、他人の空似だろう、と勝手に思い、何も言わなかったらしい。
「それに、少し慣れるとまったく似て見えないからな。こんど交換してみたらどうだ。身長をとりかえても、すぐ見分けられるようになるぞ」
そう言って、アサンはからからと笑う。
実際、ユノンは話し方も所作もやや緩慢なところがあるが、ユッセはせっせとよく動くし、声音もはつらつとしている。
さらに、笑い声や笑顔はさほど似ていない。「慣れればわかる」という所以がそれだ。
実は、研究士の手伝いがてら、黒海学院に寄ることの多かったエルメとメル、そして、かつて紫錦で調理師の勉強をしていたロッカも、以前から「ユノン先生にそっくりなユッセ先生」の存在を知っていた。
だが、三人とも長年理天学院の寮館に住まい、なまじユノンの兄弟を見知っているものだから、やはり皆、勝手に偶然似ているだけと納得し、そのまま忘れていたらしい。
ユノンによく似たユッセの話は、理天学院へまったく伝わらないまま月日ばかりが流れゆき、そうしているうちに一年も経ってしまった。
ユノンはこれを、のんびりした理天らしい話だと笑い話にしているが、藤京のフィオロンや黒の国のソンテは
「はあ」
と、曖昧な相槌しか打たない。おおかた呆れているのだろうが、それ以上に信じがたいのかもしれなかった。なにしろ、誰が見ても、瓜二つと言っていいほどに似ているのだから。
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