第5話



  * * *


 第三月の末、残雪を溶かすような晴れの日のこと。理天学院を訪ねた若者の姿を見て、幾人かの春学生(学院では本格的に勉学を始める前の子どもをそう呼ぶ。年齢は四~六歳が多い)は首を傾げた。

 客人は大柄ではなかったが、顔だけが驚くほどユノンに似ていたのだ。


「ついこのあいだ紹介したばかりじゃないか? 紫錦のユッセ先生だ」

 ロッカはそう言いながら、ユッセから大量の野菜が入った籠を受け取った。

「ロッカ、ぼくにも夕食の準備手伝わせてよ。説明するより見せたほうが早いんだ」

「見せる? 何を」

「特別なことは何も。ただ、きびきび働くだけ」


 ユッセが紫錦で出会った朋人ゆうじんのアサンから、ユノンニエが理天学院で教師をしていると聞いたのは四年前だ。アサンとユッセ、二人が同時期に紫錦黒海学院しきんこっかいがくいん所属教師となって約一年が経った頃のことである。

 ユッセとアサンは出会ってすぐ意気投合し、休日も行動をともにするほどの間柄となったが、畑と趣味の話はいつまでも尽きない。


 あるとき、ユッセはアサンが九識助の魔法を使う様子を見て、ふと疑問を抱いた。

 アサンは生まれつき色の判別がつかないため、色を見る時だけ目に魔法をかける。目は脳に近いこともあり、おそらくは複雑で難解な魔法だろう。なのに、そのような魔法を不得手とするアサンが、いとも簡単にそれを使いこなしている。ユッセは不思議に思い、何の気もなしに尋ねたのだ。

 そのときの会話で、ユッセは初めて「博秋ユノン」が同じ青の国にいると知ったのである。


 ユッセは腰を抜かすほど驚いた。が、ユノンはユッセのことを知らなかったから、初めて対面した時はユノンも珍しく戸惑った。

 アサンは最初から双方の顔を見ていたが、もともとユノンに弟や妹がいないことは知っていたし、ユッセは青の国出身だと言う。まさか親戚同士でもあるまいし、他人の空似だろう、と勝手に思い、何も言わなかったらしい。


「それに、少し慣れるとまったく似て見えないからな。こんど交換してみたらどうだ。身長をとりかえても、すぐ見分けられるようになるぞ」

 そう言って、アサンはからからと笑う。


 実際、ユノンは話し方も所作もやや緩慢なところがあるが、ユッセはせっせとよく動くし、声音もはつらつとしている。

 さらに、笑い声や笑顔はさほど似ていない。「慣れればわかる」という所以がそれだ。


 実は、研究士の手伝いがてら、黒海学院に寄ることの多かったエルメとメル、そして、かつて紫錦で調理師の勉強をしていたロッカも、以前から「ユノン先生にそっくりなユッセ先生」の存在を知っていた。

 だが、三人とも長年理天学院の寮館に住まい、なまじユノンの兄弟を見知っているものだから、やはり皆、勝手に偶然似ているだけと納得し、そのまま忘れていたらしい。


 ユノンによく似たユッセの話は、理天学院へまったく伝わらないまま月日ばかりが流れゆき、そうしているうちに一年も経ってしまった。


 ユノンはこれを、のんびりした理天らしい話だと笑い話にしているが、藤京のフィオロンや黒の国のソンテは

「はあ」

 と、曖昧な相槌しか打たない。おおかた呆れているのだろうが、それ以上に信じがたいのかもしれなかった。なにしろ、誰が見ても、瓜二つと言っていいほどに似ているのだから。






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