第3話


 龍額武術館には観客用の席も設けられており、上から試合を見下ろす格好になる。

 エルメとユノンは隣り合って座りながら、予選通過者が館内にたむろしているのを眺めていた。


「ここから観ると、みんな強そうに感じる」

それを聞いたユノンはおかしそうに笑ったが、エルメは冗談を言ったわけではない。予選通過者たちからはどことなく、オリンピック選手のような洗練された雰囲気を感じる。(※有馬エルメと弟のメルは、十年前に日本から東世へ流れ着いた異邦人。死者の国である冥裏郷は東京を指すため、姉弟は冥裏郷出身と認識されている)


「ぼくもエルメは本戦まで進めると思ったんだけどなぁ。朱武王と黒武王が来るのはわかっていたけど、白武王が来るとは知らなかったからね。びっくりして、いつもより身体が硬くなっちゃったのかなぁ」

 隣に腰かけるユノンの言葉が、エルメの胸にちくりと刺さった。自分は慢心とは無縁と思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。

 それよりも、研究士という立場上、エルメにとってソンテやジュゼは、非常に贅沢な話だが、よく手合わせをする相手である。彼らと違い、まったく手の内を知らない武王というのは、なんだか少し恐ろしいような、得体の知れぬ獣のような気がして怯んだのだ。

 エルメがそう言うと、ユノンは少し困ったような顔をする。


「エルメは白の国の魔法使いに強いはずなんだけどなぁ。青の国の中では特にね」

「わたしが? そんなの考えたこともないよ。どうして」

「そりゃあ、ぼくがそういうふうに育てたからだよ」

 メルはあまり適性がなかったけどね、と、ユノンは小さく付け加える。白の国出身のユノンは、確かに幼いエルメとメルに玄武体術を叩き込んだ張本人だ。

 そういえば、と思い出す。近頃エルメは、あまりユノンと手合わせをしていなかった。それも敗因だろうか。

 エルメはわざと大げさに表情を歪める。くしゃくしゃ顔のまま、ユノンを肘で軽く突いた。

「今さらそんなこと言うなよ。申し訳なくなるだろ」

「うん、ごめん。でもエルメに期待していたのは本当だから。仕方ないよ、今年は応援を頑張ろう。それにしても、みんな頑張った甲斐があったねえ。メルも本戦に残れたし」


 エルメとメルの実力は互角に近いか、現時点ではエルメの方が少し上だ。二人は同じ学院で育ち、ユノンから魔法を習った姉弟であるにも関わらず、異なる呪号じゅごう(※呪文とは別の、魔法を使うときのかけ声。四種あり、出身国や個人の性質、あるいは魔法の用途によって異なる)を使う。牧歌的で、ときに情熱的な青の国の気質が肌に合うメルは「魄奮ハヤ」を、ユノンから白の国らしい緻密な性質を受け継いだエルメは「魄沈ニエ」を好んだ。


 二月に誕生日を迎えたメルは、今大会が初出場となる。特例もあるが、基本的に大会参加の条件は十五歳以上であること。それ以外の縛りはほぼなく、誰でも気軽に参加できる。

 今年は青の国の開催が四番目、四つ国最後の大会だ。毎年、四つ目の大会には各国武王や実力者が集まりやすい。

 メルは他国の大会で場慣れすることを散々勧められたが、初出場は青の国にしたいと言って聞かなかった。


 万全の準備を整えたとは言い難い。いや、どれほど訓練に励んでも、負ければ必ずエルメのように後悔するだろう。

 はじめこそ、メルは姉の予選敗退に動揺したが、その報せは不思議とメルの緊張を和らげもした。


 エルメだってソンテ法師だって、誰だって運が悪けりゃ平等に負けるんだ。


 一人の僧尽そうじん(※寺院に所属して働く者の総称)が館内の中央に現れた。杖を動かし、巨大な木板を次々と壁に並べてゆく。昨年と同じであれば、板には二人分の名前が記されているはずである。

 いよいよ本戦の組み合わせが発表されるのだ。

 メルにとって正真正銘、初めての戦いが始まろうとしていた。




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