第2話
昼前に始まった予選はあっさりと終わった。今大会予選では二百組以上が入れ替わり立ち代わり対戦したが、ほとんどの試合は短時間で勝敗が決まるのだ。
玄武体術は水を操るという点が最も大きな特徴であるが、それ以外にも全身の筋肉や神経を魔力で動かさなければならない。故に高度な玄武体術の応酬は、魔力の消耗戦とも成り得る。
黒武王・ソンテが天上武王ことジュゼに一度も勝つことができないのは、圧倒的な魔力にねじ伏せられるからだ。底なしの魔力を持つジュゼにとって、体術の巧みなソンテを破るには、それが最も手っ取り早い。
だからこそ、ジュゼとソンテは互いに対戦を嫌がり、避けているような節さえある。普段はあまり揃わぬ口を揃えて「面白くない」と言う。
そもそもこの二人は戦い方からして真逆なのである。ジュゼが水の魔法に重きを置くのに対し、ソンテは体術を好む。いくら相手が実力者であろうとも、巧者らにとっては、ここが嚙み合わないと楽しくないものらしい。
しかしソンテにもまったく勝機が無いわけではない。ソンテはジュゼとの年齢差が二つしかないために「不遇の世代」などと言われるが、一般的に男女では体力が衰え始める時期にずれがある。
仮に、十年後のソンテは三十二歳。青龍体術や舞を好み、魔法を使わなくとも身体を動かすことが得意なソンテならば、その頃が体力の盛りだろう。
一方で、同じく十年後、ジュゼが三十四歳になれば、今よりも多少は、身体を操ることに魔力を多く割く可能性がある。
多くの女性は三十代半ばから四十歳になる頃、体力と魔力の差に違和感をおぼえ、体術の精度が大幅に下がることも少なくない。
つまり全盛期のソンテと対照的に、ジュゼは年齢に見合った戦法や訓練の内容を見直す必要が出てくる。もちろん、それでもジュゼの膨大な魔力には体術で敵わない、ということもあり得るが。
ソンテに敗れた白の国のラジェリーは、まさにその年齢に差し掛かっていた。彼女は常駐教師という職業柄もあり、これまであまり他国の大会へは出場していなかった。
だが今年は、少しでも多く成果を出したかった。来年は今より身体が動かせないかもしれない。よもや白武王の称号も得られまいと見て、ソンテが出場することも、おそらく彼に敵わないことも承知の上で、ラジェリーは黒の国の大会に挑んだのだ。
だから、驚いた者はそれほど多くなかったかもしれない。
竜額寺院の武術館の壁際、予選を突破した者の中には、ラジェリーの顔があった。
「わかってるけど、運が悪かった」
エルメがぼやくように嘆息する。予選で白武王・ラジェリーの最初の相手をつとめたのは、他ならぬエルメだったのだ。
予選の対戦相手は大会当日、完全に運任せで決まる。年齢も性別も経験の差も関係ない。
一番強力な魔法使いを決めるのだから、二番目以下は遅かれ早かれ敗退するのだ。
頭ではわかっていても、心は違う。事前に出場連絡のない武王には予選通過の特別枠が用意されないなんて、そんなの潰し合いじゃないか。と、文句の一つ二つ言いたくもなる。
九月生まれのエルメは昨年が初めての出場だった。本戦の二回戦まで進み、そこでジュゼに敗退した。我ながら悔いのない戦いをしたと思う。よりによって大好きなジュゼなのだ。もはや勝つか負けるかなどどうでもよく、対戦できることを歓びさえした。とはいえ、去年は天上武王に、今年は白武王に敗退したのだ。
――もしかしたら自分は、とてつもなくくじ運が悪いのかもしれない。
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