玄武体術大会/凱歌のロッテ

平蕾知初雪

第1話


 北歴三十五年の玄武げんぶ体術大会は、第五月、しゅの国から始まった。


 しろの国、くろの国の順で毎月大会が開催され、第八月一日、ついに最後の大会を迎える。

 場所はあおの国・青龍区の北部にある龍額りゅうがく寺院だ。二百年以上の歴史を持つ寺院であるが、当時からその敷地内には、玄武体術大会を行うための広大な武術館があった。つまり東世四つ国とうぜよつくにでおこなわれる玄武体術大会は、それほど長く人々に愛され、伝統的に今日こんにちまで続けられてきたのだ。


 先月までで、既に青武王せいぶおう以外の武王は決定している。

 朱武王しゅぶおうは初めて武王の座を獲得したアユロナだ。近年、朱の国は武王の入れ替わりが激しく、実力の拮抗した者が非常に多い国だが、若秋じゃくしゅう(※十六~十九歳)の女性が武王の座を勝ち取ったのは珍しい。アユロナは白の国と黒の国での大会は欠場したが、満を持して青の国の大会に出場する。朱の国では、彼女に天上武王ジュゼ(一年に四つ国で開催される全ての大会で武王となった者。現在はジュゼ一人しかいないため、ジュゼの別称)の姿を重ね、熱気に沸いていた。


 白武王はくぶおう黒武王こくぶおうも決定している。黒の国の神僧・ソンテである。

 当初、白の国の大会で武王の称号を勝ち取ったのは、ラジェリーという三十代の女性だった。「玄武体術が不得手」という不名誉な謂われが定着している白の国において、近年は彼女が白武王の座に就くことが多い。

 しかし今年は、翌月開催された黒の国の大会に、ソンテが出場してしまった。ラジェリーは黒の国で行われた大会に出場し、二冠を目指したが、決勝でソンテと対戦し敗退した。

 俗に言う「ソンテの白虎潰し」である。

 実際のところ、ソンテに敗退したラジェリーが白武王の称号を剥奪されることはない。しかしながら近年は、ソンテが名実ともに白武王の座に就く年が多く、白の国以外の人々は、ソンテが白武王と黒武王を兼ねているように認識している。


 もちろん、若干十三歳で天上武王となって以来、一度も負けなしのジュゼが出場しても同じことになるのだが、彼女は自らの属する青の国の大会を最も好み、白の国の大会へ出場することは滅多にない。


 白の国は良くも悪くも魔法の使い方が独特なのだ。だからこそ玄武体術に不向きと言われるのだが、ソンテはそんな白の国の魔法を好む。逆に、ジュゼはそれを嫌った。

 もともと白の国と黒の国の魔法、そして青の国と朱の国の魔法は親和性が高いという通説がある。玄武体術でも、白の国と黒の国は相性が良いので実力を発揮しやすいが、これが親和性の低い国同士だと、どちらにとっても分が悪い。


 ただ、研究士(※寺院から命を受け、東世各地へ赴く僧。一部の研究士は冥裏郷めいりきょうと呼ばれる死者の国へ渡ることもある)に抜擢されて以来、ジュゼはあまりに多忙で、四つ国すべての大会に出場することが難しくなってしまった。更に、天上武王の称号を二度以上得た者は、二年連続の出場を禁じられる「禁場」の規約がある。ジュゼは今年、その禁場にあたる年だった。


 ジュゼが不在ということは、ジュゼを打ち負かさずとも青武王の座を狙える、ということだ。青の国では、ジュゼが禁場の年は出場者数が増えると言われている。もともといくつかの基準を満たせば誰でも出場できる気軽な大会であるから、参加者は毎年多いのだが、今年は他所の国からも例年より多くの人々が青龍区に押し寄せた。


 新星アユロナとソンテの一騎打ちをはじめ、人々は様々な予想と議論を展開する。それすらも楽しくて仕方ないのだ。

 夏の盛りの青の国は、どこもかしこも熱気に包まれていた。



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