美しき夜を覗く

第1話

 物心ついた頃から、私は家族から邪険に扱われていた。

 理由はわかってる。私の、泥のような汚らしい髪の色と、汚水のように濁った目の色がいけないの。

 母から言われたことがある。顔立ちはいいのに、その色のせいで神様の花嫁には相応しくないと。


 対して、両親から可愛がられているソレイユお姉様は、太陽のような金髪に、空のような瞳。とても美しかったから、両親はお姉様だけを愛した。

 神様の花嫁役も、お姉様に奪われた。


 私は決して、虐待されていたわけではないけれど。

 美味しい料理に、綺麗なお洋服。それらは私にも与えられていたけれど。

 でもそれは、私が村長の娘だからに過ぎない。相応しい格好をしていないと、お父様が指さされて笑われてしまうものね。


 私はいつものように、夜更けに村を散歩した。

 誰に言われたわけでもないけど、太陽の下は私に似合わないから、出歩くのは夜だけと決めていたの。


 村外れに、その店はあった。

 看板には『星降堂』の文字。店の中からは眩いほどの光が溢れている。

 中を覗く。どうやら雑貨屋のようだった。


 海のように青い宝石が埋め込まれた鍵。

 淡い光を発する石が詰め込まれたオーブ。

 星のような宝石で作られた天球儀。

 他にも、不思議でキラキラした雑貨が、所狭しと並べられている。


 その人と、目が合った。


「やあ、いらっしゃい」


 店のカウンターから、私をじっと見ている彼女は、まるで魔女のようだった。風変わりなとんがり帽と、引きずるほどに長いローブ。赤と黒のオッドアイ、そのうち赤い方を前髪で隠している。

 彼女は私を見つめてニマニマと笑っていた。私の泥髪を笑われているんだろう。こういうのは慣れているけど、不快だわ。


「ああ、悪いね。あんまり綺麗だったから見惚れてしまったよ」


 なんて失礼なのかしら。泥髪の私を、そんな風に揶揄からかうだなんて。

 お店は魅力的だったけど、こんなに失礼な店員が営んでいるなら入りたくない。そう思って私は踵を返す。


「ああ、すまない。気を悪くしたかな?」


 振り向いた先に、魔女はいた。

 私は驚いて店の中を見る。カウンターには誰もいなくなっている。

 再び魔女を見つめる。魔女は悪戯っ子のようにニンマリ笑って、口元をローブの袖で隠す。


「さっきね、君によく似た顔立ちの女性が来たんだ。あれは君のお姉さんかい?」


 私は首を傾げた。私には、お姉様がここに来たかどうかなんて知りようもない。そもそも、何のために来たというのかしら。


懐旧時計かいきゅうどけいを買っていったよ。よほど後悔した過去があるんだねぇ」


「後悔した、過去?」


懐旧時計かいきゅうどけいはね、自分の過ちを確かめるための懐中時計、魔法の時計なのさ」


 魔法、ね。


「そもそもお姉様は魔法使いなのだから、そんな魔法の道具なんて必要ないんじゃないかしら」


 そう。お姉様は天才的な魔法使い。それも、両親から可愛がられている理由の一つ。

 非魔法ノン・スペルの私とは違い、膨大な魔力を持ったお姉様。彼女なら、魔法の道具なんて必要ないだろう。


「いやいや、流石に彼女でも、過去を見る『想起そうきの術』は扱えないよ」


 魔女は、私の心を見透かしたかのように笑う。

 私はゾッとした。心を読むだなんて、並大抵の魔法使いは使えない。お姉様だって、そんなことできやしない。

 この魔女ひとは、一体何者なのだろう。


「それで、君は何を買う予定だい?」


 魔女が尋ねてくる。私は魔女のことが怖くなってしまって、返事をすることができなかった。

 ただ、首を横に振って、何もいらないということを伝えた。


「そっか。なら、もうお帰り。月が君の美しさを暴いてしまう前にね」


 魔女は消える。霧が晴れていくかのように、すうっと姿が消えてしまった。魔女だけではない。星降堂もなくなっていた。

 きっとこれは転移魔法の一種なのだろうけど、一つの建物を丸ごと転移させるなんて……あまりに現実離れした魔法に、私はただ唖然とするばかりだった。

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