第5話

 立ち寄ったのは偶然だった。

 麦の散歩中、いつもの散歩ルートとは違う方向へ向かう麦に、仕方ないなと呟きながら入った小道。そこに星降堂があった。

 あの残業の日には、こんな小道に入った覚えはないのにな、なんて思いながらも、私は星降堂に足を踏み入れる。


 前来た時と変わらず、魔法のように綺麗な雑貨達が、そこに並べられていた。


「あ、本当に来た」


 店の中を掃除していたのだろう。とんがり帽子をかぶった魔女は、ダチョウの羽根で作られたはたきを持って、私を振り返った。

 いらっしゃいませも言わず、私を見て「本当に来た」だなんて、失礼すぎない? 私はついムッとして魔女の顔をじとっと見る。


「くひゅひゅ、ごめんよ。今日あたり、来るんじゃないかなって思っていたものだから」


 魔女は引き笑いをしながら、何とも不可解なことを言う。


「君は、不要になったスプーンを返したがっている。合ってるね?」


 魔女は、この前みたいに私の心を見透かして言った。私はぎょっとしたものの、不快感はあまり感じなかった。スプーンを返したかったのは本当なのだから。


「後悔しないね?」


 魔女は尋ねる。


「後悔しません」


 私は答える。


「私は、幸せの受け取り方を麦から学びましたから。もうあれは必要ないです」


 きっぱりと言う。麦を見下ろすと、麦は私を肯定するように「ワンッ」と鳴いた。


「うーん、残念。でも、仕方ないね」


 魔女は腕組みして、また引き笑いをする。

 でも、どうしようか。私は今散歩中。スプーンは私の家に置いたままだ。それを伝えるため、私は再度口を開く。


 次の瞬間、星降堂は跡形もなく消え去った。

 目の前には空き地が現れる。私は目の前で起きたことが信じられなくて、何度も瞬きして目を擦った。

 今見ているものが夢なのか、星降堂が夢なのか、わからない。暫く突っ立ってぼうっとしていたけれど、麦の鳴く声に急かされて、私は家に帰ることにした。


 いつもの散歩ルートに戻り、真っ直ぐ家へと帰る。

 鍵を開け、部屋に入ったところで、私は声を上げて笑った。


「あはは、何これ」


 テーブルに置いていたはずのスプーンは消えていた。代わりに置かれていたのは、下手な犬の絵が描かれたメッセージカード。


『君に、ひと匙の幸せがあらんことを』


 きっと魔女が置いて行ったんだろう。なかなかお茶目な魔女さんだ。

 麦もまた、とろけるような笑顔を浮かべていた。とても幸せそうに。


✧︎*。

『金色の幸せを一匙』

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