29.幕開け、宿命の戦い
虫の聲が鎮まる。
唐突に辺りを静寂が包み込む。
風の精霊でさえ何かを感じたのか先ほどまで吹いていたそよ風が止んだ。
そして。
ゼツナの目の前の虚空が縦に裂けたかと思うと門扉が開くように左右に分かれ、そこから魔の気配を漂わせた長身痩躯の何者かが姿を現す。
真っ先に目を引く四つの目。病的に白く頭蓋が浮き出ているような肉付きの薄い
襟の高い黒の外套を羽織ったその姿は、初めて見たあの時と寸分違わない。
兄と里の者たちの仇。
「――ホウ。逃ゲズニ我ヲ待ッテイタカ。雑種ノ身トハ言エ、ナカナカニ殊勝ナ心掛ケヨ。ソレデコソ我ガ祝杯ノ美酒ニフサワシイ」
「――――」
「善キカナ。ソノ憎悪ニ染マッタ眼差シ、サゾソノ血ヲ甘露トシテクレヨウ」
「貴様、兄上を――兄上をどうした?」
「ハテ? 何ノ事カ」
腕を組み心底分からないという様を見せる魔人デューク。
「あの時、最後に貴様と戦った者の事だ」
「最後ニ戦ッタ? フム」
手で顎をさすりつつ考えることしばし。
「オォ、アノ雑種ノ事カ。我ニトッテハ戦イト呼ブニハアマリニ児戯ニ等シイ事ダッタ故、思イ出セナカッタワ」
「――――」
「サテ、ドウダッタカナ。マァ、シカシ。コノ世ニハオラヌ事ハ確カデアロウヨ」
デュークの言葉に刀の鞘に手をかけ、重心を低くするゼツナ。
「……そうか。――
斬る。
その一念のみで思考を塗り潰して
デュークは余裕なのか腕を組んだまま動かない。
ゼツナは意に介さず、さらに
「
自らに暗示を掛けて超速と剛力の身体強化を得る。
(
ゼツナは鞘に手をかけたまま、地を抉るようにデュークへ向けて飛び出した。
剣の間合いに入ろうかという瞬間、ゼツナとデュークの前に空間の揺らぎが発生し、その中へ飛び込むゼツナ。
空間の狭間――
ゼツナはデュークの背後を見た。そこに揺らぎが生じ、そこへ飛び込むイメージを描くと、彼女は
「太刀の
デュークの背後から首を狙って刀を横薙ぎに一閃する。
確実に手応えはあった。
ゼツナの一刀は魔人の首を確かに刎ねた。しかし首は落ちず、一瞬にしてデュークの身体が細かな破片となったかと思うと、ザァァァァ、という無数の羽音が聞こえ、その破片が上空へと昇って行く。
「――なッ!?」
手に残る手応えの余韻と目の前の結果が一致しないことに、驚きで言葉が出ない。
見上げるように目で追って行けば、それはどうやら小さなコウモリの集まりだった。
それらは一筋となり月に向かって吸い込まれるように飛び去って行く。
つい今しがた首を刎ねたはずのデュークを横切って。
「フフ……フ……フハハハハハハハッ!!!」
高らかに嗤う魔人デューク。
以前にはなかったコウモリの羽に似た二対の漆黒の羽を羽ばたかせながら、ゆっくりと降りて来る。
「見事ナ一撃デアッタ、雑種ヨ。マトモニ喰ラッテイタナラ、我トテモ死シテシマッタヤモシレヌ。ダガ――」
地に降り立つデューク。
「空間ヲ渡ルソノ技ハ、以前見テイタカラナ。対策ヲトッテオクノハ当然デアロウ?」
「――くッ!」
ゼツナはデュークを睨みつけながら強く刀の柄を握り込む。
次元渡りからの背後への一撃。この一撃に全ての力と思いを込めた。
一刀必殺。
手数を増やしたところで届かない。ならば一刀に全てをかけて振るうとし、実際にその通りの一太刀だった。これ以上に無いほどの最善にして最良の攻撃。それを凌がれた。
もはや万事休すであり、ゼツナに次善の策は無い。
デュークは組んでいた腕をゆっくりと解く。
「ククククク。良イゾ。ソノ絶望ニ満チタ顔。サラニ深ク絶望ニ染マルガ良イ。ハアアアアァァァァァ」
デュークはさらに魔力を高めていく。その濃度はおそらく戦う力を有さぬ普通の者であっても、黒い陽炎のように視認出来るほどに。
「ハァッ!!!!」
魔力を練り終えたデュークは告げる。
「遠キ過去ヨリノ因縁ニ決着ヲツケル
貌の前で交差させた両手の血のような赤い爪が鋭く伸び、月の光を浴びて妖しく光を放つ。
「
勝機は無い。
策も無い。
それでも逃げるなどあり得ない。
ゼツナは間合いを詰めデュークに斬りかかる。
下段からの逆袈裟。
上段までいった刃を
どちらも躱され、大勢が崩れたところを喉元を目掛けて深紅の爪が横薙ぎに払われる。
両手で刀の柄を握り、剣を立てて受け止める。
重い。
相手の一撃も、ゼツナ自身の身体の動きも。
無理もない。初めて実戦で"次元渡り”を使ったのだ。しかもその一撃は凌がれた。肉体的にも精神的にも疲労は大きい。
「ドウシタ雑種。ソノ程度カ。我ヲ失望サセテクレルナヨ? 宴ハコレカラゾ?」
四つの眼差しがゼツナを捉え、左右の爪を振るってゼツナを追い込んでいく。
わかっていたことだが圧倒的に力の差がある。
初撃で倒せなかった以上、決死を以って一撃を放つしかない。
ゼツナは拳半分ほどを空けて両手で柄を持ち、正面中段の構えを取る。
「――来ルガヨイ」
そんなゼツナの決意を感じたのか、それとも余裕か。デュークは迎え請けるかのように両腕を広げた。
「【
三人のゼツナが間合いを詰め、"次元渡り"によってデュークの右斜め後ろ、左斜め後ろ、正面にそれぞれ転移する。
右からは腹部への横薙ぎ、左からは上段からの振り下ろし、正面からは頭部への突き。
しかし。
左右からの攻撃は手の平で受け止められ、正面の突きは鋭い牙によって咥えられると、左右の剣は握り折られて正面の剣は嚙み砕かれた。
「多少ナリトモ期待ハシテオッタノダガ。コノ程度デハ倒サレテヤル訳ニハイカンナ。我ヲ倒シタクバ今ノ五倍、数ガ必要ゾ」
言うや否やデュークは
「――ガッ!!」
正面のゼツナの首元にまともに入った一撃は、何かが折れるような鈍い音と共に彼女の身体を遥か後方へと吹き飛ばすと同時に、左右の幻身がかき消える。
しばらく地面と水平に飛ばされたゼツナの身体は、盛大な土煙を上げながら地面を削る様に転がって行く。
「所詮ハ雑種カ。マァ良イ。元々、倒サレルコトニ期待ハシテイナイ。ソノ替ワリ、コレ以上無イ絶望ヲ与エタコトニヨリ、サゾ熟成サレタ最高ノ
鋭い牙を覗かせ口元を歪ませるデュークは蹴り飛ばしたゼツナへとゆっくりと歩いて行く。
「ム?」
そのゼツナに何やら白いモコモコした物が近寄って行くのを目にして訝し気な声が漏れる。
見るとその白い物はどうやら白聖術を使おうとしているらしい。
「小賢シイ雑種メガ。我ガ美酒ニ触レル事ナド許シタ覚エハ無イ。羽虫ノ如ク潰シテクレル」
デュークは再び爪を鋭く延ばし、聖術師に向かって歩みを進めていった。
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