21.宿敵、魔人デューク
解き放たれるその時を今か今かと待ちわびているかのように。
魔術師になりたての素人に毛が生えた程度の者なら、それを一つ作れたら上出来だろう。一般的な魔術師なら一つか二つ。腕の立つ熟練者なら四つは作れるだろうか。
そして
「――なんて奴ッ!」
チェシカは予想外のことに驚きの声を上げる。上級魔族とはここまでの
「【
「【
魔術の詠唱が重なる。
黒球の魔闇弾と白球の魔光弾がそれぞれ相手に向かって飛んでいく。
ちょうど中間の位置で互いの七発の魔弾が迎撃し合い相殺され、残りの五発はすれ違い敵を追尾する。
チェシカと
ごく一部、熟練の魔術師の中には【
一方のチェシカは初撃の【
それぞれの【
チェシカは縦横無尽に飛び回り、
【
その昔、【
五つの魔闇弾がそれぞれ【
チェシカの魔光弾も正確に追尾していたが、
チェシカも
お互い地面に着地すると先に
略式魔術ではなく詠唱術式を唱え始めた。生半可な魔術ではチェシカを倒せないと判断したのだろう。
「――!?」
それを踏まえた上でチェシカも魔術を唱える。後だしで詠唱術式を唱えれば術が完成する前に、相手の術が先に発動するリスクがある。
「【
掲げた手の平に現れた
と、同時に
「【
筒状に並んだ破矢。その筒が二本並び回転しながら【
絶え間ない速射の攻撃がみるみる内に土の防壁を削り取っていく。並みの魔術師が放つ
一瞬先に【
すでにもう一つの魔術を展開している最中のチェシカは防御魔術を張ることが出来なかった。
魔術抵抗を抜けてチェシカの身体に突き刺さる。
「くぅあぁぁぁぁぁ!!」
激痛に苦痛の悲鳴が漏れる。
咄嗟に腕をあげてガードをしたが、致命傷を負わず生き残ったのは多分に運の要素が大きかったかもしれない。
だが。
身体のあちこちから血が流れ、動けば激痛が襲ってくる中、チェシカは叫ぶ。
「
その小さな球は八つほど。
チェシカは腕を振り上げると叫びと共に振り下ろす。
「【
唱えた瞬間、頭上に輪を作って漂っていた八つの光球から、収束した光の閃光が
文字通り八方から串刺しに貫かれた
「――はぁ、はぁ、はぁ、くッ!」
傷口を押さえて片膝をつくチェシカ。
急所を外しているとはいえ、魔術の矢が身体を貫いたのだ。軽傷という訳にはいかない。加えて魔術の多用から精神的疲労もかなりのものとなっている。ダメージによる体力低下と相まって、気を抜くと意識を失いそうになる。
「チェシカ!!」
戦いが終わったことを確認したヒュノルがチェシカの元まで飛んでくる。
「チェシカ! だいじょ――」
「気絶しそうなほど大丈夫じゃないけど大丈夫よ。それよりも――」
ヒュノルの言葉を軽く手をあげて遮る。
「アレ何やってるのかしらね」
チェシカが言ったアレにヒュノルも視線を向ける。まるで置物か何かのように微動だにしない赤い魔獣。
襲って来る気配も逃げる素振りも見せない。
赤い魔獣の足元には冒険者の物と思われる
「寝てる――とか?」
「それならしばらくはそのまま寝てて欲しいものだけど」
仮に襲ってくるなり、逃げるなりされても今のチェシカには大したことが出来る訳でもない。
「それよりゼツナの方は?」
「うん。気を失っているけど今のところ命に別状は無さそうなんだけど。見たところかなり無茶をしたみたいで、体中出血だらけなんだ。早く手当した方がいいと思うけど――」
チェシカは多少の治癒術が使えるが、チェシカの術ではゼツナの状態を癒すには力不足だ。それ以前に彼女自身も疲弊しきっているので、治癒術どころではないだろう。
「ヒュノル、ごめん。あたしもちょっと動けそうにないわ。ピルッツの町へ戻って、町の中央にいる
相変わらず身じろぎ一つしない赤い魔獣に注意を払いつつヒュノルに頼みごとを伝える。
「確か、ハクト・ピョンって名前の
「気をつけてね」
「うん。平気だよ。じゃぁ、急いで行って来るよ!」
「お願いね」
「うん!」
元気よく返事を返したヒュノルは、そろそろ陽が昇りそうな白けてきた空の下を急いでピルッツの町へと飛んでいった。
「はぁ、参ったわね」
疲れた声で一息吐き、ペタリと座るチェシカ。
気休め程度とはいえ止血くらいには役立つので、自分自身に
改めて周りを見渡してみると、少し離れたところでゼツナが倒れている以外、他に誰もいない。
「ホウ?
「――なっ!?」
何の前触れもなく突然背後に現れた異様な気配。
じわりと嫌な汗がにじみ出る不快さ。
何か大きな存在感がゆっくりとチェシカの後ろから近づいて来る。
チェシカは痺れたように動けず振り向けない。
「オォ、我ガ美酒デハナイカ。ナルホド、ナルホド。機ハ熟シタ。イヤ、酒ハ熟シタト云ウベキカ。コレナラ我ノ望ミガ叶ウヤモシレンナ」
チェシカを何事も無く通り過ぎ倒れているゼツナを認めると、心なしか喜びの
「――フム? 貴様ハ?」
次いで、チェシカに
「マァ良イ」
「――――」
チェシカは突然現れたソレを見つめる。
死者のような青白い貌。四つの目。こけた頬に頭蓋が浮き彫りになるほど肉付きがうすい頭部。襟の高い黒のコートに身を包んだ長身痩躯。線の細い印象を与えるその姿はしかし、ただそこにいるだけなのに圧倒的な存在感。
「――魔人」
「イカニモ。マァ、貴様ラ雑種ガ勝手ニソウ呼ンデイルダケダガナ」
「じゃぁ、何て呼べばいいのかしら?」
「ホウ? 我ヲ前ニソノ物言イ。オモシロイ雑種ヨナ。ヨカロウ、興ガノッタゾ――ソウダナ。『デューク』ト呼ブガヨイ」
「――
四ツ目の魔人――デュークはチェシカに名乗ると、今だにじっと動かない赤い魔獣の元まで行き何もない虚空に手をかざす。
ザァァァ、という音と共に2メートルほど空間が縦に裂けた。
空間に裂け目が出来るとそれを待っていたかのように赤い魔獣が動き出し、裂け目の中へと入って行った。
「――サテ。我ガ美酒ガ目覚メタナラ伝エテオクガヨイ。次ニ望月ガ空ニ最モ高ク昇リシ時、出会ッタ
そう告げると裂け目の淵に手をかけ、中へ入ろうとして――チェシカに振り返る。
「雑種。戯レニ貴様ノ名、訊イテオコウカ」
「――チェルシルリカ・フォン・デュターミリア」
「ハテ? オカシナコトヨ。ソノ名、知ッテイルヨウナ気ガスルトワ」
そう小さく呟くと、今度こそデュークは裂け目へとその身を滑り込ませる。
しばらくして空間の裂け目は時間を巻き戻したかのように閉じていき、何事もなかったようにそこには虚空が広がっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます