21.宿敵、魔人デューク

 解き放たれるその時を今か今かと待ちわびているかのように。 

 魔術師になりたての素人に毛が生えた程度の者なら、それを一つ作れたら上出来だろう。一般的な魔術師なら一つか二つ。腕の立つ熟練者なら四つは作れるだろうか。

 そして死者の魔術師リッチは――全部で十二個。尋常ではない数。


「――なんて奴ッ!」


 チェシカは予想外のことに驚きの声を上げる。上級魔族とはここまでの存在ものなのか。まさか、


「【誘導魔闇弾マジックミサイル】」

「【誘導魔光弾マジックミサイル】!」


 魔術の詠唱が重なる。

 黒球の魔闇弾と白球の魔光弾がそれぞれ相手に向かって飛んでいく。

 ちょうど中間の位置で互いの七発の魔弾が迎撃し合い相殺され、残りの五発はすれ違い敵を追尾する。

 チェシカと死者の魔術師リッチはそれぞれ飛行魔術で上空へと上がり回避行動をとる。

 ごく一部、熟練の魔術師の中には【魔弾マジックバレット】に目標へ向かって自動追尾する術式を書き込むことが出来る者がいる。これは目標の魔力――正確には魔紋を認識させているのだが、術者自身が相手の魔紋を解析しなくてはならない為、魔紋を読み取る感覚が必要で、いわば才能センスの問題だ。そうそういるものではない。

 死者の魔術師リッチは自身が持つ物の本質を見抜く能力タレント――"真理の破眼"によりチェシカの魔紋を解析して追尾術式を組み込んでいる。

 一方のチェシカは初撃の【火炎弾ファイアボム】を受けたときの肌感覚で能力タレントではなく才能センスで大まかな魔紋を理解した。

 それぞれの【誘導魔弾マジックミサイル】は目標に向かって追尾していく。

 チェシカは縦横無尽に飛び回り、死者の魔術師リッチの【誘導魔闇弾マジックミサイル】が的確に追尾してくることを確認するとすぐさまデコイとして【魔紋弾フレア】を放つ。

 【魔紋弾フレア】はチェシカのオリジナルだ。この術自体に殺傷能力はない。

 その昔、【誘導魔弾マジックミサイル】を使われて酷い目にあった時、自身でも使えるように覚え、かつ対策も考えたのが自分の魔紋が込められた魔力塊をばら撒くという手法だった。

 五つの魔闇弾がそれぞれ【魔紋弾フレア】に命中して、空中で花火のように爆発する。

 チェシカの魔光弾も正確に追尾していたが、死者の魔術師リッチが超低空飛行をとり森の中へと入って行くと、五発の魔光弾は次々と木々に当たって爆発した。

 チェシカも死者の魔術師リッチも相手の魔弾が近くで爆発したが、間接的な爆風だけでは高い魔術抵抗の為ダメージが通らない。

 お互い地面に着地すると先に死者の魔術師リッチが動いた。

 略式魔術ではなく詠唱術式を唱え始めた。生半可な魔術ではチェシカを倒せないと判断したのだろう。


「――!?」


 それを踏まえた上でチェシカも魔術を唱える。後だしで詠唱術式を唱えれば術が完成する前に、相手の術が先に発動するリスクがある。


「【光球ライトボールwiθウィズ地霊壁召喚エレメンタルウォール】」


 掲げた手の平に現れた光球ライトボールを投げつけ、死者の魔術師リッチの頭上で静止するのを確認する間もなく、そのまま手の平を地面に叩きつけると、厚さにして1メートル近くはあるだろう土の壁がせり上がって来た。

 と、同時に死者の魔術師リッチの魔術が完成する。


「【連速射破矢マシンガンアロー】」


 筒状に並んだ破矢。その筒が二本並び回転しながら【地霊壁召喚エレメンタルウォール】に向かって断続的に発射される。

 絶え間ない速射の攻撃がみるみる内に土の防壁を削り取っていく。並みの魔術師が放つ火炎球ファイアボールならビクともしない【地霊壁召喚エレメンタルウォール】を。

 魔術師リッチの魔術が終わるのが先か、チェシカの魔術が尽きるのが先か。

 一瞬先に【地霊壁召喚エレメンタルウォール】が崩れ落ちる。その後に【連速射破矢マシンガンアロー】も撃ち尽くしたようだったが、最後の破矢が数本チェシカに向かって飛んでいく。

 すでにもう一つの魔術を展開している最中のチェシカは防御魔術を張ることが出来なかった。

 魔術抵抗を抜けてチェシカの身体に突き刺さる。


「くぅあぁぁぁぁぁ!!」


 激痛に苦痛の悲鳴が漏れる。

 咄嗟に腕をあげてガードをしたが、致命傷を負わず生き残ったのは多分に運の要素が大きかったかもしれない。

 だが。

 身体のあちこちから血が流れ、動けば激痛が襲ってくる中、チェシカは叫ぶ。


散開スプレッド――」


 魔術師リッチの頭上に漂う先ほど放った光球が、簡易命令呪文コマンドを受けて小さな球に分裂して輪を形作る。

 その小さな球は八つほど。

 チェシカは腕を振り上げると叫びと共に振り下ろす。


「【魔閃八光射シャイン・スコール】!!!」


 唱えた瞬間、頭上に輪を作って漂っていた八つの光球から、収束した光の閃光が死者の魔術師リッチ目掛けて降り注ぐ。

 文字通り八方から串刺しに貫かれた死者の魔術師リッチは、断末魔をあげること無くその身を灰と化して地に積もらせ、しばらくすると風に運ばれ空へと消えて行った。


「――はぁ、はぁ、はぁ、くッ!」


 傷口を押さえて片膝をつくチェシカ。

 急所を外しているとはいえ、魔術の矢が身体を貫いたのだ。軽傷という訳にはいかない。加えて魔術の多用から精神的疲労もかなりのものとなっている。ダメージによる体力低下と相まって、気を抜くと意識を失いそうになる。

 

「チェシカ!!」


 戦いが終わったことを確認したヒュノルがチェシカの元まで飛んでくる。


「チェシカ! だいじょ――」

「気絶しそうなほど大丈夫じゃないけど大丈夫よ。それよりも――」


 ヒュノルの言葉を軽く手をあげて遮る。


何やってるのかしらね」


 チェシカが言ったにヒュノルも視線を向ける。まるで置物か何かのように微動だにしない赤い魔獣。

 襲って来る気配も逃げる素振りも見せない。

 赤い魔獣の足元には冒険者の物と思われる鎖帷子チェインメイルや武器などが転がっていて、おそらく犠牲者なのだろう。襲われたのが直接か間接かはわからないが。


「寝てる――とか?」

「それならしばらくはそのまま寝てて欲しいものだけど」


 仮に襲ってくるなり、逃げるなりされても今のチェシカには大したことが出来る訳でもない。


「それよりゼツナの方は?」

「うん。気を失っているけど今のところ命に別状は無さそうなんだけど。見たところかなり無茶をしたみたいで、体中出血だらけなんだ。早く手当した方がいいと思うけど――」


 チェシカは多少の治癒術が使えるが、チェシカの術ではゼツナの状態を癒すには力不足だ。それ以前に彼女自身も疲弊しきっているので、治癒術どころではないだろう。


「ヒュノル、ごめん。あたしもちょっと動けそうにないわ。ピルッツの町へ戻って、町の中央にいる兎人族ワーラビットを連れて来てもらえるかしら?」


 相変わらず身じろぎ一つしない赤い魔獣に注意を払いつつヒュノルに頼みごとを伝える。


「確か、ハクト・ピョンって名前の兎人族ワーラビットだね? わかった」

「気をつけてね」

「うん。平気だよ。じゃぁ、急いで行って来るよ!」

「お願いね」

「うん!」


 元気よく返事を返したヒュノルは、そろそろ陽が昇りそうな白けてきた空の下を急いでピルッツの町へと飛んでいった。


「はぁ、参ったわね」


 疲れた声で一息吐き、ペタリと座るチェシカ。

 気休め程度とはいえ止血くらいには役立つので、自分自身に小治癒ミクロヒールをかける。

 改めて周りを見渡してみると、少し離れたところでゼツナが倒れている以外、他に誰もいない。 


「ホウ? 彼奴キャツラヲ倒シタカ」

「――なっ!?」


 何の前触れもなく突然背後に現れた異様な気配。

 じわりと嫌な汗がにじみ出る不快さ。

 何か大きな存在感がゆっくりとチェシカの後ろから近づいて来る。

 チェシカは痺れたように動けず振り向けない。


「オォ、我ガ美酒デハナイカ。ナルホド、ナルホド。機ハ熟シタ。イヤ、酒ハ熟シタト云ウベキカ。コレナラ我ノ望ミガ叶ウヤモシレンナ」


 チェシカを何事も無く通り過ぎ倒れているゼツナを認めると、心なしか喜びの感情いろを声音にのせる。


「――フム? 貴様ハ?」


 次いで、チェシカにかおを向けたソレは今度は訝し気な声を発する。不思議な物を見たような。


「マァ良イ」

「――――」


 チェシカは突然現れたソレを見つめる。

 死者のような青白い貌。四つの目。こけた頬に頭蓋が浮き彫りになるほど肉付きがうすい頭部。襟の高い黒のコートに身を包んだ長身痩躯。線の細い印象を与えるその姿はしかし、ただそこにいるだけなのに圧倒的な存在感。


「――魔人」

「イカニモ。マァ、貴様ラ雑種ガ勝手ニソウ呼ンデイルダケダガナ」

「じゃぁ、何て呼べばいいのかしら?」

「ホウ? 我ヲ前ニソノ物言イ。オモシロイ雑種ヨナ。ヨカロウ、興ガノッタゾ――ソウダナ。『デューク』ト呼ブガヨイ」

「――侯爵デューク……ね」


 四ツ目の魔人――デュークはチェシカに名乗ると、今だにじっと動かない赤い魔獣の元まで行き何もない虚空に手をかざす。

 ザァァァ、という音と共に2メートルほど空間が縦に裂けた。

 空間に裂け目が出来るとそれを待っていたかのように赤い魔獣が動き出し、裂け目の中へと入って行った。


「――サテ。我ガ美酒ガ目覚メタナラ伝エテオクガヨイ。次ニ望月ガ空ニ最モ高ク昇リシ時、出会ッタノ地デ待ツ――トナ」


 そう告げると裂け目の淵に手をかけ、中へ入ろうとして――チェシカに振り返る。


「雑種。戯レニ貴様ノ名、訊イテオコウカ」

「――チェルシルリカ・フォン・デュターミリア」

「ハテ? オカシナコトヨ。ソノ名、知ッテイルヨウナ気ガスルトワ」


 そう小さく呟くと、今度こそデュークは裂け目へとその身を滑り込ませる。

 しばらくして空間の裂け目は時間を巻き戻したかのように閉じていき、何事もなかったようにそこには虚空が広がっていた。












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