22.さらなる激闘の予兆
太陽が昇り始めると共に東の空が白けて来る。昨日と同じように。明日も同じように。例えピルッツの町が昨日と同じ町並みではなくとも。
町の中央にある噴水広場。そこに町の住人300人近くが集まっていた。誰もが着の身着のままで一様に不安気な表情をしている。魔族による襲撃があったのだ。無理もない事ではあるが。
集まった町の住人を冒険者が護衛する中、どうやら無事だったピルッツの町長が両手を口元に当て、大声で町の人達に声をかけている。
「今のところ新しい魔蟲や魔獣は出てきていません。みなさん、どうか落ち着いてください。今、冒険者の何人かの方で町の様子を見回っていただいております。状況がわかるまで落ち着いてもう少しだけお待ちください」
中央広場に集まったピルッツの住人たちとは少し距離を置いた場所でその様子を一人見ていたミヤミヤがぽつりとつぶやく。
「どうでしたか?」
「――周囲に魔族の気配は無く。新しい転移魔法陣も見つかっておりません」
「そうですか。向こうの状況は?」
「おそらく上級魔族と思われる強力な魔族が二体、新たに現れましたがそれぞれを魔術師と剣士がなんとか粛清しております」
「それはそれは、僥倖なことです」
「それと、四ツ目の魔人が現れました」
「――ほう」
その驚きの一声だけそれまで纏っていた気配とは少しだけ違っていた。
「それでどうなりましたでしょうか? お二人は?」
「二名とも無事です。四ツ目の魔人は赤い魔獣を回収した後、彼女らを手にかけることなく消え去りました。ただ――」
「――なんですか?」
「あまり近づくと気取られる心配がありましたので、遠見の術で確認しただけですが、魔術師の方が何やら話をしていたようで」
「魔人と? どういうことでしょうか。どんな会話を?」
「申し訳ございません。位置的に口元が見えませんでしたので読唇は出来ませんでした」
「そうですか。まぁ、その辺りは本人に確認するといたしましょう」
視線の先、
「さてさて。しかしどうやら本格的に動き出すような兆しを見せていましたね。これは
ピルッツの町を襲った魔族たちは住人たちをただ殺すだけではなく、最大限の恐怖を引き出しているように思えた。
ミヤミヤが見ていた限りでは、嬲り、脅し、痛めつけ、見せしめ。そんな行動をすべての魔族が行っていたようだ。本来、意思なく本能のみで動く下級魔族ですら。
人族の恐怖は魔族の糧となる。強くなる為の。個としても魔族全体としても。
「――ハーゲル。先に"お館様"にお伝えくださいな。我らの真の活動が始まるのでその準備を――と」
「はっ!」
ハーゲルと呼ばれた目元以外、全身を黒い布で覆った
◇
チェシカたちが魔族と戦ってから三日。ピルッツの町が落ち着きを取り戻すには短すぎる時間。
家族を失った者も多く、この町を拠点としていた冒険者たちも魔族と戦って七人が命を落とした。それでもピルッツの町は生き残ったのだ。生き残ったのならば日々を生きて行かなければならない。そして町の人たちもそれはわかっている。
すでに亡くなった者たちの埋葬は済ませ、壊された家屋などの片づけや修繕にもとりかかっていた。落ち着いたら話し合いで決めた防護柵の強化も執り行っていく予定だという。
チェシカたちは一度、
あの上級魔族との戦闘後、チェシカは丸一日、ゼツナも一日半ほど眠ったままだった。
ヒュノルに連れて来てもらった
ゼツナに至っては気絶したままだったので、もう一度ヒュノルに町まで飛んでもらい彼女を運ぶ人手を呼んで来てもらった。
聖術には疲労や病気などを回復させる【
その為、ゼツナが目覚めるまで一日半ほどの時間を要した。それだけ彼女の精神的な疲労も相当だったのだと伺い知れる。
チェシカはゼツナが目覚めるのを待って、それなりに落ち着いてからあの場であったことを話すつもりでいた。
幸いにも魔族の襲撃にはあわなかった宿屋のチェシカの部屋にチェシカ、ヒュノル、ミヤミヤ、ゼツナの四人が集まっている。
「――あいつは確かに言ったわ。『次に望月が昇りし時、出会った彼の地で待つ』――って」
「私の里で、だと!?」
「えぇ」
「なぜ私の里――いや、場所などどうでもいい。なぜ奴が私を待つ必要があるのだ?」
「わからないわ」
「――そもそもどうしてイサナキ様を殺さなかったのでしょうか? その魔人がイサナキ様を殺すことが目的でしたらあの場で簡単に出来たでしょう。それをしなかったということは、何か他に目的があるということなのでしょうか?」
「でしょうね。あいつは『望みが叶うかもしれない』とも言っていたから」
「――――」
しばらく誰も口を開かず、沈黙が部屋を満たす。
その沈黙を破ったのはチェシカだった。
「まぁ、今ここで考えても仕方ないわね。デュークと名乗ったあの魔人がどういう目的があるにせよ、ゼツナに御執心なのは確かだわ。望月――って満月のことだっけ? 次の満月っていつかしら?」
「おそらくあと十日ほどかと」
ミヤミヤが「大事な事なので支部に戻ったらちゃんと調べておきますわ」と付け加える。
「――一応、訊いておくわ。どうする?」
チェシカはゼツナに問いかける。
「里のみんなと兄上の仇だ。奴は――仇は取る」
出来るか出来ないかではない。やるのだ。そんな決意が見て取れる言葉を他の三人も理解した。
「まぁ、相手は魔人だし。隠れたり逃げたりしたところでずっと逃げおおせるとは思えないものね。だったらこっちから出向いて行って、一発ぶちかます方が気分がいいってものよ」
「待て、チェシカ」
「ん?」
チェシカの言葉にゼツナが尋ねる。
「お前がなぜ四ツ目の魔族と戦うのだ? 狙われているのは私だけだろう? お前が戦う理由も必要もないはずだが?」
「――言われてみればそうね」
ポン、と一つ手を打つチェシカ。
「おーい、チェシカぁ?」
ヒュノルがジト目を向ける。
「冗談よ。――まぁ、確かにこれといって戦う理由はないかもしれないわね。でも逆に言えばこれといって戦わない理由もない――かな?」
「――お前は何を言っているのだ?」
「そう変な顔しないでよ。んー、うまく言えそうにないし、たぶん理解してもらえないかもしれないけど。あたしはあたしの為だけに戦うって決めてるんだ。もう二度と、何かの為にとか誰かの為には戦わない」
それはここではない遠い遠い
それは今ではない遠い遠い
だけれど、あまりにも遠過ぎて思い出すこともない。
だけれど、あまりにも酷過ぎて思い出したくもない。
「すまん。言っている意味がわからん」
率直で素直な言葉に思わずクスッと笑うチェシカ。
「そうね。じゃあ、はっきりしていることを一つだけ。あたしは黒の民の秘術に興味があるの。"
「里の――秘術?」
ますます首を傾げるゼツナを見ながらチェシカは思う。
("
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