相合傘は誰としたいですか?

 圭介けいすけさんの乗ったエレベーターの一つ後に僕は乗り彼を追いかけた。

 急いだ甲斐もあり丁度受付を過ぎた辺りで圭介さんを見つけることが出来た。


「圭介さん、今帰りですか?うわっ、外すごい雨ですね。雨降らないって言ってたのになぁ」

「あぁ関山せきやまさん、お疲れ様です。雨、当分は止みそうに無いですねぇ」

 

 どこか余裕のある圭介さんはそう言いながら折り畳み傘を組み立てていた。


「そうですよね。しまったなぁ、僕傘持ってきてないのになぁ」

 そう言いながら僕は圭介さんが折り畳み傘を持ってきている事に安堵した。さて取り敢えず一番の難所は越えたようだ。と僕が折り畳み傘に視線を送った事に圭介さんが気付いたのか、それじゃあと圭介さんは背を向け足早に外に出ようとしたので慌てて引き留めた。


「ちょっと待ってくださいよ。折角だから雨が弱まるまで少し立ち話でもしませんか」

 そう言いながら僕は自動販売機に向かい缶コーヒーを二つ買うと圭介さんに差し出した。

 圭介さんは「まぁ良いですけど」と缶コーヒーを受け取りながら余り乗り気ではない返事をしていた。まあ取り敢えずこれで二つ目の問題もクリア出来た。

 そこから暫くの間、僕達は他の人の邪魔にならないようにエントランスの端に移動し、最近の仕事の話や面白いテレビ等、他愛もない話をしながらタイミングを見計らった。

 

 香山さんが帰り支度をして降りてくるまであと少し。

 さてそろそろかな?僕は時計を見ながら圭介さんに本題の一つを話し出した。


「圭介さん、会社から帰る途中にある【燻製創作料理 燻いぶし屋】って行った事ありますか?」

「いや無いなぁ。気にはなっているのだけど、何だか凄く高級そうな雰囲気で中々入るのに躊躇しちゃって」

 職場でも少し話題になっているからか圭介さんの反応は思っていたよりも良かった。

「そうなんですよねぇ、でも意外と入ってみるとリーズナブルで凄く良かったですよ」

「えっ関山さん、行ったことあるんですか?」

 よし。ここからもう少し興味をもって貰えるように僕は笑顔でニカッと子供のように笑い親指をぐぅと立て詳しくお店の様子を伝えた。

「メニューは燻製だけじゃなくてお肉やお魚もあって美味しかったですよ。会社の人も中々入りにくいって言ってて。良かったら圭介さん、連れていってあげたらどうですか?」

 うんうんと話を聞く圭介さんの様子を見ると、どうやら三つ目の問題もクリア出来たようだ。


 時計を見ながら、もうそろそろかなぁ?と僕はエレベーターに視線を送ると事務所のある階を目指し動き出したのが見えた。


 さてと、最後の仕事をしようかな?


「そうそう、圭介さんは相合傘ってしたことありますか?僕、実は一回もないんですよねぇ」

 急な話題の変化に一瞬、圭介さんはポカンとしていた。

「そりゃあ、最近は無いけど学生の頃には何回かしたかなぁ」

 そう答えた圭介さんが少し警戒しているのが分かった。

「良いですねぇ。憧れだったんですけどね、僕にはそんな機会ありませんでしたよ」

 僕はそう含みのある言い方をしながら圭介さんの持つ折り畳み傘を見た。

 圭介さんは僕が相合傘をしたがってると思っているだろうし既に僕の話も余り入らない程、注意が逸れている。後は適当な話をしつつタイミングを見てあの傘を取り上げるだけだ。だがそのタイミングもすぐに来るだろう。

 僕はエレベーターが降りてくるの示す光を見ながらそのタイミングを静かに待った。


 チンとエレベーターの鐘が鳴り中から降りてきた人。同期の香山 咲さんに俺達の視線が向いた。

 よし、今だ。

「あっ、圭介さん。その折り畳み傘、チョッと壊れていますよ?」

 そう言いながら僕は圭介さんの手からスッと折り畳み傘を取り上げ、傘を広げたり閉じたりした。

 圭介さんが僕に何か言おうとしていたが、ここまできたら後はなるようにしかならない。

 げんに圭介さんの声は香山さんの声によって制された。

「あれぇ、関山くん。それに圭介くんもまだ残ってたの?随分前に退社したからもう帰ったと思ってたよぅ」

 小さい体でピョンピョンと跳ねながら香山さんが予想通りに僕達の所に近づいてきた。

「いやぁ、丁度ここで圭介さんと会ってね。ちょっと立ち話をしていたんです」

「香山さん、お疲れ様です。俺達もそろそろ帰ろうかとしてた所です」

 圭介さんが自然な流れで帰る事を告げていたが、この状況を見た香山さんは僕の望む一言を言ってくれるはず。

「あれぇ、圭介くん。傘持ってないの?もしかして関山さんの傘で二人で帰ろうとしてたぁ?」

 ほらね。予想通りに香山さんはキラッとした視線を向けてきた。

 端から見れば傘を持っているのは一人で、傘を持つ僕に圭介さんが頼んでいるように見えるだろう。

 そして僕は用意していた言葉を告げる。

「いやぁ、流石にこの小さな折り畳み傘で男二人で帰るのは無理があるよ。圭介さん、傘持ってないみたいだし香山さん。良かったら駅まで圭介さんを入れていってくれませんか?」

 二人は驚くだろうが、香山さんはこの提案を断るわけがない。

「えっ?全然良いですよ!圭介さん一緒に行きましょうか?」

「良かったですね圭介さん。男同士で相合傘をしなくて良さそうです。それでは私はここで」

 後は圭介さん達で何とかしてくれるでしょう。

 僕はそのまま二人の邪魔にならないように駅から離れた商店街を目指しながら電話をかけた。


「はいもしもし【燻製創作料理 いぶし屋】です!」

「あっ、お世話になっております。前回リフォーム改修、事業アドバイスを担当させて頂きました関山です。あれから如何でしょうか?」

「あぁ!関山さん。ありがとうございます!関山さんが担当してくれたリフォームとお店のコンセプトアドバイスのお陰で隠れ家的なお店として口コミ宣伝が広がり常連さんを作ることが出来ていますよ!少しずつSNS等でも広まってきて御新規の方も増えています」

「そうでしたか。それは良かったです。ところで今日席は空いていますか?」

「有り難いことに雨が降っていますがお客さんが来てくれています。まだあと数席程は空いておりますが」

「そうですか。もし良ければ席を二つ程空けてて頂けないでしょうか?後十分程で内の社員が二名。僕くらいの背の高さの男性と背の低い女性の二人組が行くと思うのですが。二十分経って来なければ席は空けて頂いて構いませんので。それと燻製以外の料理にも興味を持っていたのでオススメとして紹介してみてください」

「分かりました!それくらいでしたら良いですよ。関山さんには本当にお世話になっておりますので。また何かあれば御相談させていただきます!」

 店主の声を聞き、僕はそれではよろしくお願いしますと伝え電話を切った。

 これで圭介さん達が店を訪れても入れないという事は無いだろう。


 僕は雨降りの中、小さな折り畳み傘をさしながら商店街を目指し歩く。雨降りの夜は何時いつもと人通りが違う。

 そして違うからこそ気が付くこともある。

 僕は一件の居酒屋の前に立つと中に入った。

 ガランとした店内から店主の声が響く。


「いらっしゃい!」

「店主さん今やってる?外から見たら営業中か分からなくてさぁ。少し看板の提灯ちょうちん大きくした方が良いのでないでしょうか?」

 僕はカウンターでお酒を頼みながら店主に話し掛ける。


「雨降りの日にお客さんが少ないって困っていませんか?」

「おう、なんで分かったんだぁ?」

「僕は関山って言います。それはですねぇ…」


 僕は店主と世間話をしつつ簡単なアドバイスと名刺を手渡す。



 シトシトと雨が降る夜。

 今日もまた僕は困った事の話を聞き解決策を想像するのであった。




 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨降れば隣は誰がいいですか? ろくろわ @sakiyomiroku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ