雨降れば隣は誰がいいですか?

ろくろわ

関山さんは良く見ています


「いやぁ雨、結構降ってましたよー」


 就業時間間際の十六時五十分。

 事務所に帰ってきた同じ営業部の高橋さんは濡れた身体を拭きながらホワイトボードの『外出』の文字を消していた。

 そう言えば今朝けさの天気予報で降水確率十パーセントはあるって言ってたなぁと高橋さんの話を聞きながら僕は自分のロッカーに傘を置いていたかを記憶の中から思い出していた。


「関山さん、今日はもう上がりですか?」

「はい。資料もまとめ終えましたし、御契約頂いた方へのお礼文も書き終えましたから。高橋さんも今日はこれで?」

「いえ、今日の報告をこの後課長にするので帰るのはもう少し後ですね。しかし相変わらず丁寧な仕事してますねぇ関山さんは」

 帰ってきたばかりの高橋さんは「それでは」と片手をあげ合図を送ると課長のデスクに向かい歩いていった。

 僕も片手をあげそれに答えると帰り支度をする為、傘を取りに給湯室横にある自分のロッカーへ向かい綺麗に整頓しているロッカーの中から黒い大きな傘を取り出した。


「あれぇ関山くん、傘なんか出してどうしたのぉ?」


 給湯室の奥から少しゆっくりとした口調で話し掛けてきたのは、事務員の香山かやま さきさんだった。


「あっお疲れ様です、香山さん。さっき高橋さんが外回りから帰ってきたんですけど雨が降っていたみたいで。それで傘をと思いましてね」

「えぇっそうなのぉ?しまったなぁ。私傘持ってきてないのになぁ」

 どうしようかと困り顔をしながら給湯室から出てきた香山さん。

「確かに今日雨が降るなんて思いませんものね。香山さん、誰か一緒に帰る人とかはいませんか?」

「えぇっ?そんな帰る人なんていないよぅ」

 そう言いながらチラリと同じ営業部の圭介けいすけさんの姿を見たのを僕は見逃さなかった。

 そう言えば香山さんは仕事中もよく圭介さんの事を見ていたしお茶を出すのも一番だった。圭介さんも今思うと何かと香山さんの事を気にかけていた。


 成る程、そう言う事か。


 二人ともお互いを気にかけているようだが、後一歩が足りないのかと一人で納得していると、再び香山さんのふわっとした声が聞こえた。

「そんな事よりも関山くん、帰り道の途中にある燻製屋さんって知っていますかぁ?今調べたら雨も二十一時頃には止むみたいなの。前から気になっていたし雨宿り代わりに行ってみようかと思って」

 スマホを片手に少し頬を紅くして話す香山さんは先程の話題帰る人がいるかを逸らしたいのか、脈絡の無い話をしてきた。

「えぇ、その店なら僕が・・・」そう言いかけた僕は次の言葉を飲み込み答えを変えた。

「僕も知っていますよ。少し一人では入りにくい雰囲気がありますよね。でも燻製料理はどれも美味しいみたいですし、お酒も良いものを揃えているようです。燻製との相性は抜群で美味しく飲めるみたいですよ」

「そうなんですよぉ、中々一人では入りにくくて。燻製いいなぁ。それにお酒も確かに合いそうですね!凄く行きたくなりましたけどやっぱり一人で行きにくですよねぇ。あんまりネットにも情報も無いですしぃ」

 うーん、と悩む様子を見せながら香山さんはスマホで燻製屋の情報を調べていた。

「最近リニューアルした様ですし隠れ家的な感じなのでしょう。そうだ、香山さん。良ければ僕の傘をお貸ししましょうか?」

 僕は話しかけながら黒い大きな傘を香山さんに差し出した。

「えっ!いいんですかぁ?でも関山くんの傘がなくなるんじゃぁ」

「大丈夫ですよ。僕は折り畳み傘もありますから」

「有難うございますぅ。それじゃあお言葉に甘えて」

「えぇ、是非そうして下さい。それでは僕はこの辺りで」

 香山さんが僕の差し出し傘を受け取った所で僕は別れを告げると圭介さんの姿を探した。

 圭介さんは石橋を叩いて渡るような慎重で準備をきちんとする人だ。

 今日みたいな急な雨にも対応出来るようにきっと傘を持ってきているだろう。


 今度は圭介さんに話し掛けなければ。


 既に帰りのエレベーターに向かう圭介さんの背中を見つけ、僕は急いで帰り支度をした。




 続く。


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