第20話 エピローグ

「アキト、次、何処に行くつもりだ?」


 冒険者ギルドに顔を出し、新ギルドマスターのアランさんへのお祝いの言葉と、この都市を離れる挨拶をさせてもらった。


「この都市から行ける所を資料室で調べていたのですが、水上都市アウローラか竜人の谷ドラコニアンバレのどちらかに行こうかと思っています」


 冒険者は自由業ではあるが、ギルド登録した都市から離れる場合は報告する義務はあるのだ。他国へ移ったとして冒険者に不利益が起きないようにという事なのだが。 

まぁ、それは、表向きで、ギルドが冒険者の動向をある程度把握しておきたいと言う事が本音であるようだ。


「そうか。だったらな、今だとアウローラがいいんじゃないか? 丁度、四年に一度開かれるお祭りの時期だ。すごい盛大だから見ておく事をお勧めするぞ」


 水上都市アウローラは海上に浮かぶ浮遊都市である。海から採れる海産物や、点在する島々に生息するヤシガニは美味で特産物だそうだ。


「あそこは、魚を生で食べる習慣があるらしいぞ。俺は食べた事ないけどな」


 アランさんの話しぶりから、生ものにはかなり抵抗があるようだ。だが、僕は刺身が食べられると聞いて、前世が日本人だったせいか、思わず胸を弾ませてしまった。


 ハルさんと言えば、ヤシガニと聞くと、『アキト、決まりだな。よし、そこに行くぞ!』と鼻息が荒い。


「ところでだ……、お前、また何をやらかした?」

「え? 何のことですか?」

「臨時医療所から、可愛い動物を調達してほしいとの依頼があったんだよ。人慣れしている穏やかな可愛い動物を数体お願いしたいと言われたんだが……」


 いったい、奴らは何をするつもりだ? と、アランさんは依頼の趣旨が解らなかったみたいだ。僕が臨時医療所に行った後での事だったので、どうも僕が何かしでかしたか? と思ったようだ。アランさんの僕への評価が何気にハルさん寄りになっているのは、いったいどういう事なんだろう? 甚だ理解に苦しむ。


「僕、何も悪い事してないですよー」


 ちょっと拗ねた風に返事はしたが、たぶんあの件で早速クリスト司祭が動いたのだろうと思った。


 実は、臨時医療所に行く前に、ハルさんにお願いした事があったのだ。クリストさんに撫でられた際にハルさんが偉そうだったのは、そのお願いをされた事での態度だったわけだが。


 そのお願いと言うのは、それはハルさんの特性を何とか利用できないだろうか? と言う事だ。可愛いものを見、触れ合う事で、脳が活性化するというのは、科学的に証明されている。それ位、アニマルセラピーは効果的なのだ。「かわいいは正義」と言うのは実証済みなのである。


 ハルさんは半分は精霊なので、僕の力である精霊を操る術と<ヒーリング>を添えてあげれば、もしかしたら精神の核へと干渉できるか? という試みだった。


 そして、あの後、エルンは奇跡的に意識を取り戻したのだ。


 ◇◇◇


「あのね。僕ね。真っ暗なとこに座ってたの。だけどね、ぜーんぜん、怖くなかったよ。すごーく、あったかかったの。かーちゃんに抱きしめられてたみたいだった。だからね、ずっとずーと、そこに居たかったんだ」


 たどたどしくではあったが、エルンは身振り手振りを交えて話してくれる。


 極限の恐怖心は、まだ小さな心には耐えきれなかったのだ。その為、彼は母親の体内のような、安全な精神世界に逃げ込んでしまったようだ。


「でねでね。僕の前をぴゅーんと動いたんだよ。もう、ぴゅーんだよ!」


 エルンの周りを、何かが走り回っているのが分った。それがすごく気になってしまい、エルンは目を凝らして暗い空間をじーっと見つめていると―――。

 それはホント小さな生き物だという事が解ったらしい。


 子供は好奇心が旺盛だ。


 つい好奇心にかられて捕まえようとしたら、その生き物はすーっと逃げて行く。少し距離を置くと、止まってこちらを見ている。また、捕まえようとしたら、またまた逃げる。それを繰り返していると、その小さな生き物は何かを引っ掻きだしたようだった。


 小さなカリカリカリと言う音が、音の無かったエルンの世界に響く。


 その内、その引っ掻いている場所に亀裂が入って、そこから僅かな光が差し込んできたのだ。そして、その光の向こうから―――。


「おねえちゃんが僕を呼ぶ声が聞こえたんだよ。あ、おねえちゃんが呼んでる。早く帰らなくっちゃって」


 ◇◇◇


 エルンが奇跡的に回復した事で、その時の事情を色々聞かれたのだけど―――。


「ハルさんのお陰です!」


 そう言うと、ハルさんが小さい胸を突き出してフフ~ンと誇らしげだ。その姿があまりに可愛くて、クリスト司祭の顔もこれでもかと綻んでいる。


「たまたま、僕が来た時にリンちゃんの呼び声に微かに反応したんです。そこでハルさんをエルン君に触らせたら、ドンドンと反応が大きくなって……」


 ハルさんの癒し効果が後押ししてくれたのだと話した。そこで、アニマルセラピーの話をして―――。軽度のストレスには、動物の癒しは効果的である事なども伝えた。


 但し、アニマルセラピーの癒し効果だけでは劇的な改善は難しいだろうけど、それに加え、司祭様の聖霊力のようなものと合わされば、良い結果が期待できるかもと言う事を添えておく事にした。


 ◇◇◇


 僕がダンジョン都市を旅立つ日、都市の入口に<閃光の銀狼>の皆さんとクリスト司祭、そしてリンとエルンが見送りに着てくれた。また来いとか、連絡寄こせだとか、皆、口々に僕とハルさんに声をかけてくれる。


 僕もすごく嬉しい言葉をみんなから貰えて涙が出そうになったけど、何とかぐっと堪えた。だって、絶対にまた会いに来るって決めてたから。


 別れる度、毎回、泣いてたら干からびちゃうからね。


 クリスト司祭は、ギルドに依頼して、臨時医療所に子犬を飼う事にし、入所者さんとのふれあいを取らせる事にしたようなのだ。茶色毛のモフモフな小型犬と垂れ耳の優しい顔をした中型犬の二頭だった。

 すると、皆は大喜びでドンドンと元気で明るい顔になっていき、評判は上々なのだとか。そのようにクリスト司祭は報告をくれた。


 もしかしたらだが、案外、クリスト司祭が一番喜んでいるのかもしれない。


 司祭様が言うには、今後は教会が運営する医療施設にもアニマルセラピーを導入するように尽力するそうだ。そこで、アレルギーや衛生面には充分に気を付けてくださいと僕が言うと、教会の施設には浄化が出来る者が配置されているので、そこは大丈夫なのだとか。


「かわいいは正義だ!」


 クリスト司祭はそう力強く宣言し、まるで同士だと言わんばかりに僕に握手を求めて来たのだった。



 リンは弟の手をギュッと握りしめ、弟のエルンは姉の腕にしがみ付いて離れようとはしない。まだまだ心許無い様子だけど、徐々にではあるが笑顔が戻ってきているらしい。


「これも、お兄ちゃんとハルさんのお陰。それと、司祭様やリリお姉ちゃん、後、ここにいる人たち、私たちを助けてくれた、みーんなのお陰!」


 はにかむような笑顔を向けてくる。リンの笑顔を取り戻せて、本当に良かったとそう思える。


「お兄ちゃん、絶対にまた来てね。その時はまたハルさんと遊びたいな」


 エルンのような自我が未発達の子供が受けた恐ろしい体験は、心の傷となって後々彼を苦しめるかもしれない。そうならない為にも、周囲の支えは欠かせないのだ。だけど、こんなに暖かい人たちが側にいてくれるのだから。リンのこの笑顔を見ていると、きっと大丈夫だと思えてしまう。


 ◇◇◇


 見送りの皆が手を振っている姿が見えなくなると、バギーを取り出しゴーグルを装備した。ハルさんを専用カゴに入れるとバギーに魔力を注ぐ。


「さぁ、ハルさん! 次は水上都市アウローラだよ! 祭りと海の幸を堪能できるってさ。楽しみだね」


「おお! ヤシガニ! ヤシガニ!!」


 と、大きにはしゃぐハルさん。僕も今まで一度も見た事の無い海を想像しウキウキした気持ちで、アクセルを吹かした。


――――――――――――――――――――――――


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アキトが見る景色-空の彼方に続く世界- 辛島新 @karashi_p

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