第16話 フェンリルの役目

 ゴブリンに向けて魔矢を放とうとした瞬間、後ろから何らかの羽翼が振われ、自身か有する魔力以上の力が漲ってきた。打ち放たれた魔矢はすごい勢いでゴブリンに向かって一直線に突き進んでいく。


 そして、こん棒を振り下ろそうとするゴブリンに対し、その魔矢は見事に命中すると、ゴブリンは光の粒子となって消えていった。


「と、届いた」


 僕は胸を撫で下ろすと、ハルさんの元へと急いで飛んで行く。するとハルさんは、頭を隠し丸まった状態でプリプリのハムケツをこちらに向けぷるぷると震えていた。その姿がかわいい事この上ない。


 僕はそんなハルさんに声をかける。


「ハルさん、大丈夫?!」

「アキト、遅ーい!」


 ハルさんは、ちょっとぷりぷりしてるようだ。


「ああ、良かった、ほんとに良かった。無事だったんだ」


 僕はハルさんをすくい上げると頬ずりする。


「うわぁ~。やめて、勘弁してって。。。」


 嫌がってる風を装うハルさんだけど、顔は何気に嬉しそうだった。


 ◇◇◇


 僕はフェンリルに向かって頭を下げていた。


 何故に頭を下げているかと言えば、後僅か届かなかっただろう僕の魔矢に対し、なんとフェンリルの強大な魔力がそれを覆う形で、より大きな推進力を授けてくれていたからだ。

 そのお陰もあってゴブリンを消滅させる事に成功し、ハルさんを助けられた。


「ありがとうございます。後押しして貰えるとは思っていなかったので、本当に助かりました」


「うむ、そちの仲間の行動には手出しはしないとの約束はしたが。そちへは何もしないとの約束はしていないからな」


 そう言って、フェンリルはニヤリと笑った。


「まぁ、我と我の子を助けてくれた事の誠意はきっちりと示さねばならん。それとだ……」


 フェンリルは大方の魔物が討伐され、冒険者たちがへたり込んでいる闘技場を見渡す。


「ああは言ったが、あの者たちに対しても、このダンジョンの原理に反する行為を阻止してくれた事に感謝せねばな」


 フェンリルとて、魔物討伐に対して力は貸せないと言ってしまった事を、少しは気にしているようだ。


「フェ、フェンリルが、しゃ、しゃべってる……」


 後ろの方で誰かの声がした。


 逃げ出した魔物たちを何とか制圧出来た事で一安心したところ―――。

 フェンリルの拘束が解けている事、僕がそのフェンリルと普通に会話している事、それを見て驚愕しているようだ。

 気付けば、僕への念話をやめ、皆へも聞こえるようにとフェンリルは普通に話し出していたようだ。


 だが、フェンリルが放つ強大なオーラにでも当てられたのか、あの怖いもの知らずのアイラさんですら真っ青な顔をして固まってしまっている。


 僕は皆に安心して貰えるようにフェンリルには敵意はない事を説明してから、気になる事を質問する事にした。


「それで、ダンジョンの原理って何ですか? それに反する行為の阻止って、そんな事がここで行われていたのですか?」


「うむ。それを説明する前に、この塔の成り立ちと我の役目を伝えておこう」


 話は長くなるが、まぁ一応は聞いておけと言ってフェンリルは話し出した。


「この塔は、遥か昔、我が神により邪悪な存在が封印された場所なのだよ」


「邪悪な存在って?」

「ああ、所謂、悪魔だ。その力は悪魔王とでも言っておこうか」


 遥か昔、この地には強大な力を有する悪魔が生まれてしまった。そして、そいつが有ろうことか暴れ回りだしたのだ。その強大な闇の力を持ってこの地を地獄へと変えて行くこととなる。


 かつて澄んでいた水は汚染された毒の沼となり、木々は枯れ、肥沃だった大地はひび割れて、その乾ききった地は浸食を広げて行った。神々が創造した美しい世界がどんどんと壊されて行く。


 自身が想像した地が破壊されて行く様を放っておくわけにはいかなかった。そこで、この地を守護する風雷の戦神アームヴァルトによって悪魔を封印し、ダンジョン神によって封印の器としての次元の魔塔が設置された。


 ―――それがこの塔の成り立ちだ。


「我が主であるアームヴァルト様は封印することで大きな力を使われた為、今は眠りについておられる。そこで、アームヴァルト様の命を受け、封印した悪魔が力を取り戻し復活しないようにと、ここの番を任されていると言うわけだ」


 僕は心の中で、『ああ、番犬だったのね』なんて思ってしまった。


「キサマ、今、何か変な事を考えなかったか?」


「(ヤバイ……。)いやいや、そんなまさか。滅相もない」


「そうか? それならよいが……」


「(ほっ。)ところで、もしもですよ。あなた様がこの塔から居なくなればどうなります?」


「ふむ、そのうちに封印は解かれ、悪魔は復活を遂げるだろうよ」


 フェンリルが言うには、何かの加減で重しであるフェンリルがこの塔から居なくなれば、悪魔王は復活してしまうらしい。そうするとだ、実は最初の憂慮と違った意味で、すごい危ない状況だったと言う事だ。


 それを聞いて、あのエレアナと言う少女の冷ややかな横顔を思い出した―――。


 彼女が纏う、どこまでも深く暗い闇、ぞっとするほどに恐ろしく、周囲を一瞬にして凍てつかせるほどのあの空気感。思い出しただけで、思わず身震いした。


 彼女の圧倒的な存在感は、まだ幼い少女がそう簡単に身につくとは思えなかった。それはただの親の七光りとは違う。もしかしたら、それは群衆を統べる者が纏う覇気と言えるかもしれない。但し、英雄や勇者が持つものとは明らかに違う、対極の存在に感じてしまった。


 ―――冷ややかな横顔、そこに何か途方もない末恐ろしい陰謀めいたものを感じさせられたからだ。


 僕としては、今回の出来事が、ただの金持ちわがままお嬢様が<ちょっぴり、やらかしちゃった>という単純なものとは、どうしても思えなかった。


「そちたちのお陰で、未曾有の危機を未然に防ぐ事が出来た。それにだ、悪魔王の弱体を担うのは、そなたたちのお陰でもある。それが、ダンジョンの原理にも関する事ではあるのだ」


 封印された悪魔王から漏れだす魔素を利用して、この魔塔はダンジョンとして維持している。


 ダンジョン内を充満する魔素を食らって発生する魔物たち。その魔物が狩られるとその肉体は純度の高い魔結晶である魔石となり、精神はダンジョン内の魔素を食って再び復活する。

 増えれば減り、減れば増える。巡りめぐって均衡が保たれているのがダンジョンという場所なのだ。


 だが、魔物が狩られないと、その均衡が保てなくなる。そこで、狩る者たちへの神からの恩恵が与えられる。それが報酬と言うことだ。


 そして冒険者たちは、その報酬を得る事を当たりまえのように自然に受け入れてはいるが、だからと言って、本来のダンジョンの原理をあまり理解してはいないのかもしれない。


「―――ダンジョンの原理に反する行為とは? だったな。それと言うのは、その循環を妨げる事であり、そしてそれが、大いなる神の怒りを買うと言うことだ」


 フェンリルはこの闘技場を見渡した。それと、僕たちにも周りを見るように促した。


「よく見てみろ。今ここで、そなたたちが倒した魔物が魔石を落としたかどうか確認してみたらいい。たぶん、何一つとして落としてはいないはずだよ」


 そう言われて僕たちは周りを見渡したが、案の定、魔石もドロップ品も何もない。


「ダンジョンに相いれない歪な力が加えられた魔物は、その段階でダンジョンの理から排除されるって事だ」


 フェンリルはそこで一息入れる。


「実は、神の怒りをかう行為は、度々行われていたのだよ」


 そこまで言うと、フェンリルはそれまで大人しく聞いていた者たち見回し、厳しい顔でほんの少し脅しを利かすように僅かな覇気を解放した。皆はその威嚇に背筋をピクリとさせる。


「ダンジョンにそぐわぬ方法を行使して、ここに生息する魔物を捕獲し、この闘技場でそいつらを戦わせ、何とそれを見世物にしていたようだ」


 それだけでなく……。そう言うと、フェンリルは続ける。


「このダンジョンに他から魔物を連れ込んだり、人や魔物を使って実験と称しておぞましい行為を繰り返す。その悪魔の所業を好き勝手をやっていたのだよ」


 そんな行為はどんどんと度を越しだして、見逃す事が出来ない状況にまで陥っていた。そして、神の裁きが落ちるすんでのところ、そんな時に今回の子フェンリルの拉致事件が起こったと言う。


 それは、フェンリルがいない時を見計らっての凶行だった。

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