第17話 呼び出されました
フェンリル拉致事件からしばらく経って、僕は冒険者ギルドのギルドマスターに呼び出された。
あの後、アランさんが引き連れた冒険者の一団が闘技場へとやって来た時には、全てが終わっていた。すでにフェンリルは自分の子供を連れて去った後でもあった。
アランさんはこの大問題を事前に回避出来た事には大いに感謝してくれたんだけど、僕が勝手に突っ走ったのだと知ると、大目玉を食らわされてしまった。
ギルマスからの呼び出し理由は、フェンリルとの会話の詳しい内容を聞きたいとの事だそうだが……。そうは言ってるけど、本当の理由は、たぶん、結界装置に捕らわれたフェンリルをどうやって解き放ったのか? とか、そんなとこかもしれない。
そんな事を考えながら僕は首にかかったペンダントを無意識にいじっていた―――
フェンリルが去る時に、彼は自分の毛を一本抜いて僕へと差し出した。
「少年よ、これを渡しておこう」
「これは?」
僕は差し出された毛を手に取ると、それは<狼牙のペンダント>へと姿を変えた。
「それには我の魔力が籠っておる。どうしても己の力で対処できない事が訪れた時、それに願えばいい。もしかしてだが、力を貸せるかも知れんぞ」
それは、今回のお礼だと僕に告げると、彼は疾風の如く去って行った。
―――
「ねぇ、ハルさん。僕は今後どう行動したらいいかな?」
「起こってもいない事をグダグダ考えても意味ないだろ。なる様になるさ」
ハルさんは、「アキトは考えすぎなんだよ」と、興味なさげに、クシクシと毛づくろいに余念がない。
「ハルさんは気楽でいいよなぁ……」
◇◇◇
冒険者ギルドに入ると、透かさず僕を見つけた受付のお姉さんによって、ギルドマスターの執務室へと案内された。
受付のお姉さんがノックをすると、中から「どうぞ」と返事が返ってくる。
僕が執務室に入ると、洒落た貴族服に身を包んだイケメンの紳士が、執務机で書類仕事に勤しむ姿があった。
その紳士は僕の入室を確認すると、書類を机の端に追いやってから僕に話しかけてくる。
「よく来てくれた。そこに座ってくれ。今、お茶を用意しよう」
この紳士がキルドマスター? 思っていたのとは違って厳ついイメージはなく、三十歳代くらいにしか見えない。まだ若く品のいい貴族然とした人だった。
ギルドマスターは、受付のお姉さんへと目配せすると、お姉さんは「はい」と返事をし、一礼をすると執務室から出て行った。
僕が驚いた風にギルドマスターをシゲシゲと眺めていると……。
「どうした? 何か私の顔についているのかな?」
僕はハッとして、失礼な態度だった事を詫びた。
「いえ、すいません。ギルドマスターと言えば、もっと厳つい人かと、つい勝手に想像していて」
「ははは、意外で驚いたのかな?」
僕の返答に、その紳士は愉快そうに笑う。笑い方からしても上品だった。
「まぁ、他地域の冒険者ギルドのマスターは、大方冒険者上がりの厳つい者が多いからね。いやね、実はさ、ギルマスと言うのは私の仮の姿なんだよ」
僕がボケっと突っ立っていたので、僕の所に近づいて来た紳士は僕をソファーへと誘導し座らせると、自分も向かいのソファーに腰掛けた。
「本当の事を言えばね。ここの行政長官であるアンダーソンを内密に調査する為に、私が捜査官として派遣されたんだ。奴は色々と黒い噂が絶えなかったからね」
ギルドマスターは隠れ蓑なのだと、彼はいとも簡単に暴露する。
「大規模な闇の犯罪組織にアンダーソン行政長官が関わっているとの噂があってね。そこで、私が新任のギルマスを装って、この地に来たと言うわけだ」
そんな彼の名は、アイゼイ・マクブライン。ダンジョン都市に隣接したアルル村も含めた地域を統括する領主であるマクブライン子爵家の三男だと告げられた。彼は王都にて行政管理局所属の局員で、有能さを買われ抜擢された。アンダーソン長官の悪事を暴いた後は、彼の代わりに後任の長官に就任する事が決まっているとの事だ。
割とあっさりと種明かしをしてくれた。こんな冒険者になったばかりの僕に安易に伝えて大丈夫なのだろうか?
「そのような大事な事をこんな新人の僕に安易に言って良かったんですか?」
「ああ、アルル村での事件も含めて君には感謝しているんだよ。なかなかアンダーソンは尻尾を掴ませなかったからね。君があの異変に気付いてくれた事で、このダンジョン都市ジルクライムだけでなく、この国は救われたんだから」
アイゼイさんにはアルル村での出来事も知られていた事になる。
ダンジョンでの事件解決後、ここのダンジョン都市の行政府には内密にして、ギルマス直属の調査員たちによって闘技場をしらみつぶしに調査された。また同時に、捕らえた者を締め上げたようだ。
この闘技場で奴らがやっていた事と、雇い主で首謀者がアンダーソン行政長官と娘のエレアナだとの証言を受け、すぐに彼を拘束する為、彼の邸宅へと向かったとの事だ。
案の定、彼らはあの闘技場を使って、身元を隠した金持ち連中を集めて、祭りと称した趣味の悪い会を不定期に開いていた。魔物同士や対人戦を見世物にし、魔物や奴隷たち、また略奪品のオークションを開き私腹を肥やしていたようだ。
「それで、拘束はできたのですか?」
「いや、実は……」
アイゼイさんは渋い顔になった。
ギルド所属の調査員を引き連れ、彼の館に行った所、そこには惨憺たる光景が広がっていたらしい。開け放たれた玄関扉の奥の大広場、奥に続く廊下、また階段には、この館の使用人たちだろうか、見るも無残な状態であちらこちらに転がっていた。夥しい血痕、床に広がる血だまり、そこに広がる光景は、まるで地獄絵だ。
階段の途中には逃げきれなかったのだろう、アンダーソン行政長官と思われる遺体も見える。
「そこでだ。慌てて玄関先大広間に踏み込もうとしたんだが、そのとたん、突然、館の中からいくつかの爆発音がして、館のあちらこちらから火が上がった。幸い、我々は館に入る前だった事と、水魔法使いが居た事で、私も調査員たちも全員が軽傷ですんだんだが……。残念だが、証拠品は燃やされてしまったようだ」
「大変でしたね。ところで、館に居た人の全員の死は確認されたのですか? 例えば、エレアナ嬢とかの」
「いや、鎮火後に調査したのだが、もうすでにどの遺体が誰のものか判別は不可能になっていてね」
「そうですか……」
逃げられないと悟った行政長官の一家心中だとは到底思えなかった。そこに、何か得体の知れない不気味さを感じる。
アンダーソン行政長官は、都合が悪くなっての証拠隠滅として抹殺された? じゃ、誰に?
それとだ、あの不気味で禍々しい妖気を放つ少女が、簡単に死ぬとは、どうしても思えなかったからだ。
「君はエレアナ嬢の事を知っていたのかい?」
「いえ、ギルドでちらっと見ただけですけど。彼女のスキルを持って、簡単に殺されるとは思えなかったんで」
「ふむ、その件に関しては、国を上げての緊急の対策を練らないとだが、これ以上の事は君には言えないので、ちょっと話を変えさせてもらうが、いいかね?」
そう前置きして、フェンリルとの会話の内容を問うてきた。
「今日の本題だが、君を呼んだのは、君がフェンリルから聞いた事の詳細を確認したかったんだ」
「はい」
そこで僕はフェンリルが神から与えられた役割を一通り説明する。その間中、アイゼンさんは腕組みをして真剣な顔で聞いていた。
「そうか、やはり伝承は偽りだったと言うわけか……。真実を直接フェンリルから聞けた事は、ある意味幸いだった」
今後、この事を考慮して、新たにここのギルドのマスターに就任する者と充分に協議しないといけないと話す。
「そうだ。次期ギルドマスターなんだがね、君も知っておるだろ? アラン君が就任する事になったんだよ」
アイゼイさんは、「彼こそ君が想像するギルドマスターそのものだろ?」
そう言って笑っていた。
その後、これから会議の予定が入っていると言う事で、もう帰って良いと言われてしまった。
「え? それだけですか?」
「ああ、そうだけど.。何だと思ったんだい。あ、そうか。もしかしたら、君のスキル開示の強制だとか思ったのかな?」
アイゼイさんは僕の顔を覗き込んで、僕の肩をポンと叩いた。
「こちらとしても切羽詰まったら、もしかしたら君に無理強いしたかもだけどな。捕らわれた者たちの、教会での解除は無理だったのだが……。だけどな、安心したまえ。王宮から<王立魔導騎士団>所属の上級解術士を派遣してくれてね。その件はすでに解決済なんだよ」
それを聞いて僕はほっとした。師匠に教えられた術をしても、僕の力だけでは解除は難しいと思っていたからだ。
「良かった。助かったんだ……」
僕は心からホッとした。
「じゃ、この辺でお開きだ。今後ともよろしく頼むよ。君とはこれからも末永く仲良くやって行きたいからね」
キラリと光る口元と爽やかな笑顔を張り付けた顔を僕に向けて来る。う~ん、その笑顔はかなり胡散臭い。背筋に悪寒が走った気がした。
アイゼイさんは見た目は爽やかイケメン青年風だけど、やはり一筋縄ではいかない、おっかない人物だと確信した。
大人って怖い!
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