第15話 間に合わない

 放たれた魔矢は数本に分れると、僕へと突進してくる魔物たちに向かって突き進む。そしてそれは、その魔物たちのコアを的確に打ち抜いた。


 だが、向かって来た魔物の数が思いのほか多かったようで、打ち漏らした一頭が僕の方へと奇声を上げて飛び掛かって来た。


 その魔物はトカゲ顔で二足歩行の凶悪な魔物であるリザードマンだ。片手剣と盾を装備した硬い鱗の皮膚を持つ竜人族の戦士である。


 咄嗟に左手に形成していた魔弓を剣へと変形させると、剣を振り上げて飛び込んできた相手の左側へとひょいと体をかわして、剣を振りかざすと同時にリザードマンの首へと勢いよく振り下ろした。


 リザードマンの姿が光の粒子となり消滅した事を確認したことで、ホッと一息つき前を向くと、土埃が晴れたその先に呆然と立っている女冒険者がいるではないか。僕はその驚き顔のアイラさんと目が合ってしまった。


(あちゃ、見られた……)


 そこで頭をかきつつ口笛を吹き、何とか誤魔化せないかなと目を彼女から逸らし遥か前方右斜め上を向いたところ、闘技場の観客席、上の方に緑色の動く物体が目に入ってきた。


 それをよく見ると、緑色の肌を持つ小さな魔物ゴブリンがこん棒を振り上げて走っている姿だった。そのゴブリンは走っている途中で何度か地面を叩いているようなのだ。そしてその時に……。


『アキト! こいつ、しつこいって!!』


 ハルさんからの緊急のSOSが入ってきた。


 ゴブリンがこん棒で叩きながら追いかけているのはハルさんだった。ゴブリンに見つかってからずっと追いかけられていたようなのだ。


『アキトォ~! はぁ~、ダメだ。もう逃げられないよー』


 はぁ、はぁ~と言うハルさんの息は相当にヤバイ。


『ハルさん、今、助けに行くから。もう少し頑張って!』


 僕は剣を再び弓に持ち返ると、ハルさんを追いかけながら観客席を走り廻っているゴブリンを目指して走り出す。早くしないと、あの状況だとハルさんが相当に危ない。


 ゴブリンに向かって猛ダッシュはかけたものの、さすがに遠すぎる。


「くっ、間に合うか?!」


 ハルさんは観客席最上段まで追い詰められて、壁を背にして逃げ場を失くしてしまった。周りを見渡しながら逃げ込む穴を探してキョロキョロしているが、いい場所が見つからないようなのだ。


 ハルさんの左右後方は柱か断崖絶壁、前にはこん棒を振り上げたゴブリン。絶体絶命に陥ってしまった。


『ぎゃーーー! アキトーーーー!』


 ハルさんの悲痛な叫びが聞こえてくる。そんなハルさんへとゴブリンのこん棒が振り下ろされようとした。


『……!!』


 射程圏内には少し遠い。だが、このままでは間に合わないのだ。僕は全力で魔力を込めて弓を引き絞る。そして、こん棒を振り上げ今にも打ち下ろそうとしているゴブリンに向けて、打ち放った。


「頼む! 届いてくれーーー!」


 ◇◇◇


 ハイントマンは苦虫をかみつぶしたような顔で吐き捨てた。


「チ、なんて事だ、しくじった」


 全員、拘束したと思い込んで安心してしまったのだが、どうも一人隠れていたようだ。そいつはジーノの索敵に引っかからないようなスキル持ちだったのだろう。


 その隠れていた一味の一人が逃げる最中に、檻に捕らわれていた魔物を全て解放して行ったのだ。木を隠すなら森の中と言った具合で、魔物の中に紛れてまんまと逃げられてしまった。


「どうしたものか。アランの旦那に怒鳴られる事は仕方ないとして……」


 外に逃げて行った魔物たちは全て処分は出来たようで一安心ではある。服従させられている魔物は討伐しておかないといけない。だが、証拠として一匹位は残してはおきたかったなとは思った。まぁそれは仕方ないとして。


 だが、それよりもだ、一番の問題は、捕らわれていた者たちをどうするかだ。彼らが掛けられた<服従の証>の解除の問題が残るからなのだ。


 <服従の証>の解除には、それを掛けた術者が解除するのが一番早いのだが。十中八九、術者はエレアナだろうから、おいそれとはいかないだろう。その上、証拠隠滅のため最悪な事もしでかすかも知れない。ついつい考えてしまう。


 教会で何とかなればいいのだが。下手すりゃ、自害か、廃人かだ。困ったものだとハイントマンは思う。


「ダンジョンの魔物だったら消滅後に完全な形で復活できるのだろうが、人はそうはいかないからな」


 今のところは、ギルドマスターが王都から帰ってくるのを待つしかないのか、とは思うのだった。


 ◇◇◇


 ダンジョン都市の富裕層が住まう地域、その一角に、ひときわ威圧的な存在感を放つ巨城がそびえ立っている。その姿はまるで王城のような豪華さだ。


 外壁は重厚な石造りで、正面玄関には鎗を持つ甲冑を着こんだ門番が配置され、重厚な鉄製の門扉は城塞のような堅牢さを誇っている。その門扉の先に、富と権力の象徴である広大な庭園が広がっていた。


 館内部は、広々としたホールを中心に、数多くの部屋が配置されており、それぞれの部屋は、豪華絢爛な調度品で飾られ、贅を尽くした空間となっている。


 その館の中にある一室、豪華なベッドで一人の少女が静かに眠っている。


 まだ夜明け前の時刻、少女が眠る大きな部屋はひっそりと静まり返っていた。その部屋に、いつの間にか、一つの影が人知れず入り込んできた。その人物は黒いローブを身に纏い、大きなフードを深々と被っているため、その顔はまったく見えない。


 謎の人物は、ベッドの上に横たわる少女に音も立てず近づいて行くと、静かに膝まづいた。


「マイマスター。申し訳ございません。フェンリルの捕獲に失敗いたしました」


 少女はベッドから起き上がると、ベッド脇に置いていた水差しをその男に投げつける。男はそれを察知していたのか、軽やかに避けた。床に落ちた水差しは粉々に砕け散り、中に入っていた水が撒き散らされる。大きな音を発てたのに関わらず、館の中の警備として配備されている者たちは不思議な事に誰も部屋には入って来ないのだ。


「その上、闘技場の雑兵たちも冒険者たちによって制圧されました。魔物たちは念のため放っておきましたが、売品どもは処分しそこねました」


 男は跪いて頭を下げたまま話を続ける。


「いかがいたしましょうか?」


 水差しを投げた事で少しは怒りが収まったのだろう、一つ溜息をつくと、少女はベッドの上で腕を組んで何かを考えだした。


 冒険者どもを一時追い出しておけば良かったかと少女は思ったが、まぁ、バレたものは仕方がない。それにしても、どうしてこの計画がバレたのか不思議に思う。ここの冒険者たちはあの闘技場へはだったのだ。


「あの役立たずが」


 もみ手でペコペコしていた副ギルドマスターのキツネ顔を思い出す。そして昨日ギルドで見かけた一人の少年の姿がやけに気になるのだった。


「仕方がないわね。ここが潮時でしょう。すぐに例の準備を始めなさい」


「イエス、マイマスター」


 そう言うと男は、音もたてずにスッと闇に消えて行った。

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