第11話 ならず者たち

 闘技場の側まで来た所でバギーを降りて徒歩で近づいた。あからさまに近づいては自分の存在を気付かれてしまう。


 闘技場の周りは何らかの隠ぺいの術が張り巡らされているだろうし、侵入者を感知する魔法もあるかもしれない。充分に気を付けないと。


 こういう時は盗賊職の隠ぺいスキルが有効なのだが、そこまで完璧ではないけれど、それなりに気配を隠す術は持ってはいる。


 そこで自分とハルさんにも隠密の魔法をかけ、見つからないようにそっと近づき、結界には充分に気を付けながら、塀の隙間から中を確認する事にした。どれだけの者が闘技場の内外に居るかの詳しい状況を把握しておきたいからだ。


 石造りの闘技場の壁を見上げると、そこには数多くの窓があり、あちこちに風化して壁が崩れ落ちている。


「石造りだと、足場はいっぱい有って助かるよね。これだと、よじ登りやすいや」


「ええええ!? この壁をよじ登っちゃうの?」


「まさかー」


 僕はそう言うと、地面から少し身体を浮かせると、すっとそのまま静かに上昇する。壁の所々にある足場へ乗っては、確認しやすい場所を探しながら上昇して行き、闘技場の全体を見渡せる場所を見つけ陣取った。


「ここからだと、中がよく見えるかな……あっ……」


 闘技場で起っている光景を見た事で、僕は思わず言葉を失ってしまった。


「ひでーな。なんだアレは!」


 ハルさんもそこに広がる悲惨な状況に、見るに堪えないのか俯いて顔をクシクシしている。


 内部は円形の闘技場で、その周りを八万人ほどを収容が出来るであろう観客席が取り囲んでいる。その闘技場の真ん中に檻が置いてあった。その檻の中にはまるでボロ雑巾のような毛玉がある。


 もしかしたらあれは子フェンリル? 本来は真っ白だった毛は、血と泥に塗れて赤黒く変色している。鎖に繋がれた状態でぐったりとしていてビクともしないのだ。生きているのか死んでいるのかさえ分らない。


 そしてその檻の前には、なんと、バチバチとした激しい放電の中に閉じ込められ、それから逃げようと、必死に声なき叫び声を上げようとし、もがき苦しんでいる大きな白き狼が囚われていた。


 良く見ると親フェンリルの四方には結界装置のような魔道具が設置されている。子フェンリルを助けようと、その罠に落ちてしまったって事だろう。


「何てことしてくれたんだ! 師匠はこんな事の為に結界装置を開発した訳じゃなかったのにな」


 闘技場へと入場する門の前に数人の男たちがいる。この結界装置にフェンリルが捕らわれるのを見張っていた者たちなのだろう。だが、どうもエレアナの部下とは言えない見るからに低俗な感じがする。それは、どう見てもならず者としか言えない雰囲気だからだ。


「アキト! 俺様が見てきてやるよ」


 ハルさんは僕のポケットからぴょんと飛び出したかと思ったら、あっと言う間に観客席の間を掻い潜りすごい勢いで走って行く。


『あ、ハルさん待って! 戻って来てよ。危ないから~!』


 僕は慌てて止めたが、僕の制止の声を無視してハルさんは速度を上げた。


『大丈夫だよ! 偵察は任せて。あいつらの話を聞かせてやる』


『もう、ハルさんたら。向こう見ずなんだから。充分に気を付けてね』


『了解! だけど、アキトだってさ、人の事言えないけどね』


 ハルさんにも隠密の魔法をかけているので、そう簡単には見つからないとは思う。男たちが中へと入る時にハルさんも気配を消してサッと一緒に入って行った。


 ◇◇◇


「馬鹿だよな。まんまとお嬢の罠にはまってやんの」

「最強の神獣ってか? 情けねぇな」


 闘技場から中へと入った二人の男は雑談をしながら通路を進み、階段を降りた先の部屋へと入って行った。ハルさんはこっそりと後をつけ、壁に空いた穴を見つけるとそこに入って、今現在の部屋の状況を報告してくれた。


 この闘技場の地下は、出場する選手の控室になっているようだ。その控室を奴らの詰所にしているようで、数人の男たちが賭け事で遊びながら酒を飲んでいる。


『―――中はこんな感じだ。アキト、聞こえてる? 今は壁に開いた穴の中にいる。その都度状況を連絡するよ。オーバー?』


『聞こえてるよ。くれぐれも無茶するんじゃないよ。オーバー?』


『了解、たぶんさ、今の俺様は誠に残念だが、ドブネズミにしか見えないだろうからさ』


『ネズミ捕りには引っかからないように。決して拾い食いしちゃだめだからね』


 ハルさんは自分の姿を灰色野ネズミに擬態しているようだ。このネズミは病原菌を持っているため、噛まれると感染症の危険がある。その為にこのネズミがいるだろう場所にはネズミ捕りがあちらこちらに仕掛けられている事が多い。もちろんエサ付なので、食いしん坊のハルさんが引っかからないか心配なのだ。


『バカにすんじゃねぇ! あんな不味そうなエサに俺様が引っかかるかよ。もちろん後でおやつは要求するがな。あ、奴ら、仲間に報告するみたいだ。じゃあ後でな』


 ◇


「よお、ご苦労。どうだったあの獣は?」


「ああ、めちゃくちゃ暴れてたけどな。あれだと、その内に大人しくなるんじゃねぇ?」


「夜が開けたらお嬢が来るだろう。それから<服従の証>を刻んもらえりゃ大人しく従順になるだろうよ」


「それにしても怖えよな。あんなスキル持ってちゃ。誰も逆らえねえってもんだ」


「ああ、だよな。知られたら誰も普通に近づかんわな。まぁ、こんな裏界隈だと重宝されるって訳だが。そう考えちゃ、まだガキだってのにお可哀そうに」


 男たちは『ヒヒヒ』と言うような人を子馬鹿にしての下品に笑いあっている。


「それで、お祭りはいつ頃だ?」


「そろそろだ。例のキザ野郎が下手打ちやがったが、魔物やガキ共も集まってきたからな。今回はオモテの大物もいるから盛大に盛り上がるってものだ」


「ボスも大喜びだろうな。ふはぁぁぁぁ~! それじゃ、交代まで少し休ませてもらうかな」


 一人の男が大欠伸をしながら、ガタンと椅子から立ち上がったのだろう。


「おい、寝る前にあいつらの様子を確認しておいてくれ」


 別の男が声をかけたようだ。


「はいはい。じゃあな」


 そう言いつつ、部屋を出ていく足音がする。


『アキト。今の男について行ってみるわ』

『よろしく頼む』


 しばらくコツコツと男の足音が聞こえてくる。足音が止まり、ガチャリという音の後、重いドアを開ける音がした。


「臭えな。ああ、嫌だ嫌だ」


 男はそう言いながら中を少し歩いたかと思うと、すぐに重い扉を閉めて去って行ったようだ。


『アキト、この部屋は薄暗くって中が見えない。中へ入って調べてみるよ』


『男はどうした?』


『もう居ない。この部屋にカギをかけてどっかに行った。カギは部屋の横に置いてった。不用心だよね』


『カギを開けて入れる?』


『いや、隙間なんていっぱいあるから、俺だったら何処からでも侵入し放題だって』


 ハルさんはカギのかかった部屋に入って行ったようだ。


『うわ!』


『どうした! ハルさん!!』


 突然ハルさんの小さい押し殺したような叫び声が聞こえて僕は慌ててしまった。


『ここは牢屋だ!鉄格子の小部屋が並んでて、そこにかなりの数の魔物が閉じ込められてるよ』


『魔物?』


『ああ、俺っち、見るに忍びねえよ。鎖に繋がれた大小様々な魔物がここには閉じ込められてるんだ』

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