第10話 闘技場

 ハルさんからの情報で何か強大な力を持った者がこちらに向かっている事を知った僕は、急を知らせようとテントから飛び出したのだが、ジーノさんもその異様な気配に気付いていたようだ。


 リーダーとジーノさんの二人はテントから出てきており、闘技場の方を見つめていた。僕はそんな二人に声をかけた。


「リーダー、何が起っているのでしょう?」

 リーダーは分らんといった風に頭を振って、「どう思う?」とジーノさんの方を向く。


「ただ巨大な何かがすごい勢いで例の闘技場を目指しているようだ、と言う事だけは分るんですが……」


「それはまさか、親フェンリルか?」


「だぶん、そうじゃないかと」


 するとすぐにリーダーは女性陣が眠るテントに声をかける。


「起きろ! 急いで、撤退の準備をするぞ」


 こういう事には慣れているのだろう。それを聞いたアイラさんとリンダさんは直ぐにテントから出てくると、てきぱきと自分たちのテントをかたづけだした。即座に撤退の準備は整った。


「よし、引き上げるぞ!」


 そうリーダーは皆に指示を出したのだが、僕は不穏な感情に支配されてしまい、そこから動くことが出来ずにフェンリルが来る方向をじっと見つめてしまっていた。


「アキト、何をしてる。フェンリルはそこまで来ているんだ。もたもたするな」


 そう叱咤するリーダーに対して僕はもやもやが止まらなかった。


「すいません、リーダー。はっきりとは説明は出来ないのですが、あの闘技場から、何やら異様な気配を感じるんです。違和感というか、何かがしっくりといかないと言うか、どうも引っかかるんです。それがどうしても気になって……」


 ああ、もやもやする。その感覚がどうしても気持ち悪い。何だろう、どこかで同じ感覚を持った事があったはずだ。まるで意識を妨害されているような。


「妨害?」


 そうだ! 何てことだ。あれは隠ぺいの術だ。あの闘技場には、なんらかの魔法がかけられている。


「リーダー! あそこに秘匿魔法がかけられてますよ。そうだ、あれは罠だ!」


 僕は何故それが早く解らなかったのかと後悔する。森ではこんなミスはしなかったのだが。初めてのダンジョンという事で様子が違っていたからだろうか? 師匠にくれぐれも注意しろとあれほど言われてたというのにだ。


「罠? アキト、それは何だ。なんで、そんな事が分かるんだ?」


「本来なら隠ぺい魔法なので、普通は感知とかでは分らないんですが、僕の師匠が自分の気配を消すときにやってたのを思い出したんです」


 だから師匠を見つけるのにいつも苦労させられていたわけだけど。それで、つい苦笑いしてしまった。それは、師匠と長年一緒に過ごすことで、身に着けた僕の特技みたいなものだったから。


 そんな昔の事を思い出しているその時だ。夜空が一瞬すごい閃光を放ったかと思うと、けたたましく激しい咆哮が響き渡った。しかし、その鳴き声は悲鳴のようにも聞こえた。


「なんだ、あの咆哮は!」


 だめだ! 最悪だ。あれは結界に捕らわれた者の苦痛の絶叫だ!


「リーダー! ごめんなさい。僕をあそこに行かせてください」


 僕は魔法バッグからバギーを取り出しそれに乗り込んだ。もうこの際、隠してなんていられない。僕はリーダーの制止を振り切り、闘技場に向かって飛び出していた。


 ◇◇◇


 <閃光の銀狼>のリーダーを務めるハイントマンは、アランからの依頼に流石に閉口した。


 昨晩、知り合ったばかりの有望な新人君に、ダンジョンでの戦い方を教示しながら、一階からの気楽なダンジョン攻略をするつもりでいたからだ。


 それなのにだ。こんな大変な状況に巻き込まれてしまった。


「昨日、冒険者登録した、そうアキトだったな。あいつをダンジョンに連れて行くつもりだったのか?」


「まぁ、そうなんですが。鍛えがいがあるかと思ったんですがね。これではちょっと連れて行けないかと」


「まぁ、そんなに心配する事ないんじゃないか? たぶん、大丈夫だろうさ。あいつは見た目ほど弱くねぇよ」


 アランの旦那は何気に不思議そうな顔をしつつ話し出した。


「あいつ、自分じゃ、水属性とか言ってたがな、あれは水属性の色じゃねぇな。色んな色が混在してるが不思議に混ざり合ってはいないし、それもだ、全ての色が澄んでいるんだよ。

 あんな奴、今まで見た事ない。人間というより、どちらかと言えばエルフか? いや、あれはもっと上位の何かかもしれんな」


 アランの旦那の言っている事を俺はこの時まで深く考えてはいなかったんだ。



 ◇◇◇



 僕はバギーを走らせながら、ハルさんに声をかける。


「ハルさん、精霊はどうなってる?」


「すごい騒ぎだよ。あっと言う間に相当数が消滅したみたいだ。だから、あいつらパニック状態で右往左往しちゃってる」


「くそ! なんてことを!」


 フェンリルが結界の罠にかかってしまった時に、奴の周りを取り巻いていた精霊や、この辺りを漂っていた精霊までもが巻き込まれてしまったことでの大混乱と言う事だろう。あの閃光は一瞬にして焼き尽くされた精霊たちの断末魔だった。


 エレアナはフェンリルの子供目当てで攫ったわけでは無かったって事だ。端から狙いは親の方だったんだ。子供は親をおびき出す為の囮にしたのだろう。


「兎に角、状況を把握しないと……。急がないと! フェンリル親子が心配だ」


 あの閃光はたぶん僕以外は見えてはいないのだろう。だから<閃光の銀狼>の人たちはフェンリルの咆哮しか聞いてはいないのだ。フェンリルが近くに現れたと言うだけで、危機に陥っているとの認識はないのだろう。慌てて出てきてしまったが、伝えるべきだったかなと少し後悔した。


 だが、まず何が起っているかをこの目で確かめないと、対処だってできない。僕はバギーの速度を最大にして闘技場へと突き進んだ。

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