第8話 少女の事情

 ダンジョンの内部は次元の歪みでもあるのか? 外観から見て感じる以上に広大な敷地になっているようだ。そして一階層には、荒廃した街並みが広がっている。


 その街並みは過密したスラム街のような住居が立ち並び、生活用水などの汚れた水が流れ込んでいる用水路もある。その用水路の中にはスライムの他にハンドボールほどの大きさのフロッグやドブネズミなどの小魔物が住み着いているようだ。


 流れ込んだ汚い水をスライムが浄化する事で、カエルなども生息出来るのだろうが、ぷにょぷにょとした生きものがウヨウヨと密集している光景は見るからに気持ちがわるい。


 それに、臭いもキツイときた。


『なぁ、アキト。鼻がもげそうだよー。これじゃ、俺様のこの汚れ一つない清潔な毛並みにくさい臭いが染みついて取れなかったらどうすんだよー』

 ハルさんは僕のポケットの中に入り込んで頭を抱えて丸まってしまった。


『ハルさん、後で浄化してやるから、もうちょっと我慢しような』


 それと、出来ればしっかり精霊の声を聞いててね。そうお願いした。


 臭いやらキモイやらとか、プリプリ言ってるハルさんを宥めながらも、僕は初めて入るダンジョンの景色がすごく珍しくて、キョロキョロと周りを見渡してしまう。


 複数の少年少女がその川にいるフロッグ狩りをしている。フロッグは小さな魔石と稀に足の肉をドロップする。それは子供たちのわずかな収入源となるのだ。


 リーダーは子供たちの集団を見つけると、一人の少年に近づいて行った。そして彼にコインのような物を手渡しながら、耳打ちをしているようだ。すると少年は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷くと、周りにいた子供たちに指示を出していた。


「あとは頼んだぞ」


 リーダーはそう言うと、その場を離れてこちらに戻ってきた。


「あれは?」


「ああ、あいつはここらの子供たちを束ねるボスだよ。あいつに伝えたら何とかしてくれるさ。さぁ、次行くか」


 その後、一階層を後にして、二階層への階段を上がって行く。二階層は先ほどのごみごみしたスラム街とは違い、庶民の民家のような建物が立ち並んでいた。だが、塀や壁が崩れ落ち、瓦礫が散乱している。一階同様、荒廃した街並みが広がっていた。


 ゴブリンやブラックウルフなどが二階層で出現する魔物のようだ。


「この二階層には、駆け出しのまだ年若くランクの低い冒険者パーティーが多く入っているんだよ。だからなるべく早くに注意喚起をしておきたいんだ」


 リーダーは彼らを心配していて早く知らせてあげたいようなのだ。だが、二階層の街並みが迷路のようになっていて、僕だけだったら絶対に迷ってしまうだろうと思えるほどの複雑な構造になっている。探すのは並大抵ではないよなって思っていると。


 ジーノさんにはどうも他の冒険者たちが今どの辺にいるのかが、大体の場所は分っているとの事で、盗賊職恐るべし。


 しばらく進んで行くと、突然、ジーノさんが止まった。


「待て!」


 進もうとする僕たちをジーノさんは手を広げて止めると、目を閉じ、狼耳をピクピクと動かし些細な音をも拾おうとしているようだ。そして先にある教会のような建物を指差す。


「あの建物の陰に複数の魔物がいる。あれはゴブリンの集団だな。やばいな、どうも人間の血の臭いもするぞ」


 誰かがゴブリンたちに襲撃されているかも知れない。僕たちは慌ててその建物の方に向かうと、魔物たちは壁などを殴っているのか、ドンドンという音が響いてきた。


「あいつら何してるんだ?」


 みどり色の肌をした醜悪な顔の魔物たちが、建物の壁をお粗末なこん棒でドゴンドゴンと殴りながら不気味な奇声をあげていた。


 ゴブリンの集団を見つけたアイラさんはものすごい勢いで飛んで行ったかと思うと、あっと言う間に瞬殺する。そして建物の隙間を覗き込むと、何かが動いたようだ。


「誰かいるのか?」


 そう声をかけると隙間に小さな物体が見える。よく見ると、それは身を屈めた小さな子供のようだ。


「もう、大丈夫だから出ておいで」


 リンダさんがそう声をかけると、何かがゆっくりと這い出てきた。

 それはまだ年行かない小さな子供だった。身体中が血だらけになっているようだ。顔は涙と血でドロドロの状態で、恐怖の為に引きつっている。その子は僕たちを見つけると、しゃくり上げ、泣き出してしまった。


 リンダさんはその子の顔を手ぬぐいで拭うと、「怖かったよね。もう大丈夫だからね」と優しく抱きしめる。そこで初めてその子が女の子である事が分かった。


「アキト、この子を診てあげて」


 僕はその女の子の拭かれた顔を見てアレ? と思った。


 すると、ハルさんが……。


『アキト、あいつ、さっきの態度の悪いクソガキじゃねぇ?』


 あ、そうだった。どこかで見たと思ったんだ。そう、この子って、今朝、資料室で出会った女の子じゃないか。


 ◇◇◇


 見た目ほど大きな怪我をしていないようで安心した。ゴブリンの集団に見つかり必死で逃げている時に、ゴブリンのツメに引っかかれたり、また、あちこちにぶつかったり、壁の隙間に逃げ込んだ時の擦り傷のようだった。

 ゴブリンに引っかかれた傷は化膿しやすい。充分に消毒してから初級ポーションを飲ませようとしたのだが……。


 ポーションを飲むように言うと、女の子は恐怖に引きつった顔をしてブンブンさせて拒否しだした。


「お、お金は無いです。ごめんなさい。ごめんなさい……」


 そう言いながら震えているのだ。大丈夫、お金は取らないからと、そう説得すると、恐る恐る飲み干した。


 傷の手当ても済み、女の子も落ち着きを取り戻して、ようやく話せるようになったところで、何故ここにいるのかを聞くことになった。


 ◇◇◇


 女の子の名前はリンという。彼女は親を亡くした事で、弟と一緒に修道院に隣接した孤児院に入れられたのはつい最近のことだ。まだ三歳になったばかりの弟は両親が亡くなった事を理解出来ず、それと孤児院で出される食事だけでは我慢できないようで、いつもベソをかいてはグズっている。


 そこで、少しでも弟に美味しい物を食べさせたいと、一人ダンジョンの一階層でフロッグ狩りをするようになった。


 そんな時、ダンジョンから帰ってくると弟がいなくなっていたのだ。ここの孤児院では、ある日突然に子供がいなくなるケースが頻繁にあったと言う。

 それは、自分たち二人を可愛がってくれた優しかったお姉さんやお兄さんも、ある日、挨拶もなしに居なくなった事があったからだ。


 リンは慌ててシスターの所に駆けこんだのだが……。


 ここの孤児院を援助してくれている支配者様のお嬢様が、その時に孤児院にいた子供を手伝いとして借りだしたという。ちょっとした手伝いだからすぐに帰ってくるからと言われたのだ。


「だけど、弟はまだ小さいの。そんな子供が役に立つはずないじゃん!」


 すぐに帰って来ない事を問い詰めると、シスターは言い難そうに、実のところ弟は里子にだしたと言うのだ。


「あの子はまだ幼いのですよ。あの子には親が必要なのです。支配者様は悪いようにはしないでしょう。神の思し召しです」


 そう言うのみだ。


「急に里子だなんておかしいよ! 勝手に私たちを引き離さないで!」


 そう必死に詰め寄ったのだけど、シスターの返答は「あの子の為です。神のお導きです」と言うのみで、仕舞には神への信心が足りないと逆に説教をする有様。リンは弟を取り返そうと街へと飛び出した。


 それで、あちこちで聞いて回った所、ダンジョン前に居た子供たちから、そのお嬢様が数人の子供を引き連れてダンジョンに入って行ったとの話を聞いたのだ。だが、その後お嬢様たちはダンジョンから出てきた時は子供たちは居なかったと言う。


「まさか! 弟はダンジョンの中に置いていかれたの?!」


 そこで、リンは冒険者ギルドで弟を探してほしいと訴えたが、誰も聞く耳を持ってはくれない。そこで、弟を助けたい一心でから無謀にも一人でダンジョンに入って行くことにした。


 しっかりしているようだが、彼女はまだ十歳にも満たない子供だ。話は前後しながらも必死で訴えてくる。


「お願いします! 弟を、エルンを助けて!!」


 リンは土下座する勢いで、私はどうなっても構わない、どうか弟を助けてと訴えてくるのだ。


 その話を聞いて、僕は何か釈然としないモヤモヤとした感情に支配されてしまった。このダンジョン都市で、何か恐ろしい事が起っているのではないか? そんな思いが強くなるのだった。

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