第7話 アランさんの依頼

 ダンジョンでの隊列は、ジーノさんが索敵をしながら先頭を歩き、そのすぐ後ろをアイラさんが行く。僕とリンダさんが並んで歩き、殿しんがりはリーダーのハイントマンさんが後ろからの襲撃に備えて慎重に進んで行く。


 <閃光の銀狼>はレベルの高い者達のはずだ。だが低級の魔物しかいないはずの一階でさえ、ジーノさんは慎重すぎる位に注意を払い進んでいるようだ。


 それは、打合せでのリーダーの一言にあった。ギルドでの打ち合わせの際―――。


「立ち入り禁止にしてた閉鎖エリアに忍び込んで、フェンリルの子供をさらったらしい」


 お揃いの甲冑を装備したあの連中が、檻に閉じ込めた白い子狼を担いで逃げるように走っている所を、ある冒険者が目撃したようだ。もしかして、あれはフェンリルの子供か? まさかとは思ったが、念のためと考えアランさんに報告に来た事で発覚する。


 アランさんが言うには、あの時にエレアナがギルドに来たのは、荷物持ちに連れて行った者が自分たちの貴重なアイテムを持ったまま逃げて行った。我々が被害者だが、孤児院の子供のようだからあまり大事にはしたくない。ギルドの方で対処しろと言うことだった。


 それを聞いた副ギルはそれをそのまま鵜呑みにしてアランさんに丸投げしたとの事だ。


 その後、フェンリルの子供の事を知ったアランさんは、ギルマスが留守である事をこれほど呪った事はなかったと言う。


 そもそもフェンリルは本来ダンジョン内に生息する魔物ではない。


「ギルド職員以外に知る人はそう多くはないのだが。フェンリルはダンジョンが生み出した魔獣じゃないんだ。フェンリルはここが都市を築く前の太古の昔に、ダンジョンに侵入して、そのまま居付いたと言われる大精霊であり神獣だとも言われている」


 そこが、階層に留まったままの魔物ではないのだとか。


「あの、もしかしたら、フェンリルはこのダンジョン内を自由に移動する事が可能なのですか?」

 との僕の質問に、リーダーはそうだと頷く。各階層での目撃談もあるそうだ。


「ただし、好戦的な生き物ではなく、人間が関わらなければあちらから襲ってはこないんだ」


 そこで、ギルドは冒険者たちにフェンリルとは絶対に関わるなとのお達しを出し、下手に怒らせないようにフェンリルが寝床にしている所は立ち入り禁止の閉鎖エリアとした。


「それなのに、あの馬鹿娘が……」


 子供を失ったフェンリルは、子供の匂いを辿ってダンジョン内を探しまわっているはずだが、どの辺にいるか分からないのが問題だ。怒りの為に我を忘れている可能性もある。


 エレアナがフェンリルの事を知っていて、奴らが子供をダンジョンから連れ出したりしていたら最悪だ。それを知った親はもしかしたらダンジョンを出てくる可能性もあるからだ。


 もし、フェンリルがダンジョンから出てきたら、この都市の安全は保障はできない。それほど、フェンリルが暴れればドラゴンと同じぐらいに大災となってしまう。


「リーダー、それって一大事じゃないですか。ギルドは動かないんですか? 大至急ダンジョンを閉鎖するとか、中にいる人に危険を知らせるとか、連れ去った人は分ってるんでしょ。そいつらを捕まえて取り返せないんですか?」


 僕は不思議に思った。ギルドからの公の依頼ではなく一個人から一冒険者パーティーにこっそりと依頼するような案件なのだろうかと。僕のそんな疑問に……。 


「そこなんだ。それが出来ればこんな隠密での行動はしてねぇよ。あの副ギルは長官の腰ぎんちゃくでな、長官に面と向かってモノは言えないときた。この都市の一大事だと言うのにだ」


 早々にフェンリルの子供を返せればいいのだが、あのエレアナがおいそれと返すはずもない。どうすればいいのか頭を抱えていると言う事だ。


 長官の娘エレアナと言う少女は欲しいと思ったものは手に入れないと気が済まない娘で、それも、かなりのヒステリー持ちである。それが、ギルドとしては一番頭の痛い状況になっていた。エレアナの怒りを買ったことで、ダンジョンで行方不明になったり、処刑された者までいる。そんなことが続けば多くの高位の冒険者がこのダンジョン都市に居つくはずもない。


 それを聞いていたジーノさんは怒りで吠えだした。


「いくら権力者の娘でも、やって良い事と悪い事があるだろ。自分で自分の首を絞めてる事も解らないのかよ。下手すりゃこのダンジョン都市だけでなく、この国までを危険に晒す行為だってなんで解らないんだ!」


「あんな世界の仕組みどころか一般常識さえ理解するおつむがない子供に、下手に権力を持たせる馬鹿な権力者ほど愚かな者はいない。それに、周りと言えば、そんな権力者に媚びへつらって、おべっかを使う奴ばっかりなんだよな」


 リーダーのその言葉に、ジーノさんは、クソ!と一言吐き捨てた。


「ねえ、リーダー。もし私たちがフェンリルと遭遇したら、私たちだけで勝てる算段でもあるの?」


 リーダーはリンダさんの質問に対してのそれを否定した。


「いや、アランの旦那からは、もしもフェンリルに出会ったら逃げろと言われている」


 アランさんは<閃光の銀狼>以外にも数パーティーのリーダーを呼んでいたようで、その会議での話し合いで各自の役割を割り当てられたそうだ。回復役が不在であることで<閃光の銀狼>は五階層までの低層にいる者たちへ忠告して回る事に決まった。


「俺たち以外のパーティーが各階層の転移のオーブへ向かってはいるんだが、一人でも多くの者達に危険を知らせる事が今回の依頼という事だからな」


 だが、決して討伐ではないので、命を一番に優先してほしいという事をくれぐれも言われたのだそうだ。


 そしてリーダーは僕の方に顔を向けて、君には無理強いはしない。抜けてくれても構わないんだと済まなそうに言ってきた。


 僕は少し考えたが、ここは着いて行くべきだと思った。それはフェンリルは精霊獣の類と聞いたからだ。


 精霊が実体化するほどの強大な力を持った神獣であれば、かなりの知能があるはず。それだったら、もしかしたら会話が成り立つ可能性もあると僕は踏んだからなのだ。

 もしかして精霊術が使える僕なら会話が出来るかもしれない。


「いえ、僕も連れてってください。僕の治療の知識がお役に立つかもしれませんし」


「アキト、ありがとう! 感謝する。どんな事をしても君は私が守るからな」


 アイラさんは剣を握りしめて、腕を自分の胸に打ち付けた。

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