第4話 気に食わないこと

 怒りが収まらない女性は、マリアの叔父であるパオル・ロッツの奥方との事だ。彼女は準男爵家の末っ子で、身分的には高くないが、それでも貴族の出と言う事で我儘でプライドだけは高い女だと、ソフィア先生がそっと耳打ちをしてくれた。


 ソフィア先生は優しい見た目とは違い、にこやかな顔をして、かなり辛辣でした。


 きちっとした治療が必要だとハーマン先生に促され、処分は後ほどと言う事にしてなんとか矛を収めてもらい、パオル夫妻には先に館に帰ってもらった。


「何があったのですか?」


 ハーマン先生にソフィア先生が事の顛末を聞いているようだ。


「ええ、それがですね――


 つい先ほど、そこの道をモニカ様が通られましたので、夫人がお声をかけようとしたんです。ですが、こっちには全く気付かなかったのか、ブツブツ言いながら、さっさと行ってしまわれましてね。まぁ、お急ぎだったのでしょう。ですが、夫人はすこぶる機嫌を損ねられたようでした」


 それで、腹立ち紛れに乱暴にプレイした事で、夫人のお気に入りのノッカー用クラブが折れてしまい、それでヒスを起こしてしまった。怒りが収まらないのか、花壇の花畑を折れたクラブで叩きまくったのだそうだ。その為、花壇は荒らされてめちゃくちゃになってしまっている。


 そりゃ、流石に精霊は怒るよねって思うわ。


 その時にたまたま近くを通った馬に災難が降りかかった訳だが、その事を夫人は理解してはいない。まぁ、理解出来る良識もないだろうけど。


「マリア、実はね……」


 僕はマリアにその時の事情を伝えて、雇い主の父親には、馬にも使用人にも罪はない事、そこで処罰が下りないようにとの配慮をお願いした。そこは、精霊うんぬんとかでは中々信じてもらえないだろうから、花壇にいた蜂がたまたま近くにいた馬に突撃したと言う事にしたわけだが。


「ああ。アキト様。お父様にはちゃんとお伝えしますわ。それと、もちろんアキト様の颯爽とした勇姿もですわ!」


「いやいや、そこは省いて……」


 マリアと言えば、僕が馬に飛び乗り、瞬時に馬の興奮をなだめたと、もうそれはあたかも勇者を見るような尊敬の目つきで見つめてくる。


 (あああ、ダメだこりゃ……)


 オロオロしながら涙目になっていた未だ年若い使用人は、僕とマリアに土下座する勢いで頭を垂れている。そんな彼を見ていて、僕は無性に腹が立ってきた。


「大丈夫だよ、君は決して悪くないから。はい、これでも舐めて落ち着いてね」


 そう言って、飴をいくつか渡した。使用人は不思議な顔をしてそれを見つめている。


「良かったら舐めてみて。甘くておいしいよ」


 恐る恐る口に入れたとたん、彼の顔がぱぁーっとなって頬っぺたを押さえる。それを見たマリアが激しく反応した。


「アキト様? 今、あの子に渡したのは何でしたの?」

「あ、あれね。あれはハチミツから作った甘いお菓子だよ」


 マリアもそれを欲しそうに使用人を見つめているので、使用人はあたふたと手に持った飴を渡そうかどうかで戸惑っている。そこでマリアにも一つ渡すことにした。そしてそれを口にしたマリアは……。口をもごもごさせながら……。


「ずるいですわ。こんな美味しいものを私には一つだけだなんて」


「あはは、後でちゃんと渡すから」


 そんなやり取りをしている所に、ハーマン先生が声をかけてきた。


「ところで、本当に助かった。診療カバンは部屋に置いて来てしまってたんだよ。こんな事が起きるとは想定してなかったもので。それにしても、あれはかなりの高性能のポーションだね。本当に初級だったのかい?」


 そこで僕が何か言おうとした所を横からマリアが口をはさんできた。


「それはですね。アキト様は何と! あの高名な大賢者アノマ様の一番弟子ですのよ」


 おい、一番っていつ言った。それに高名って言うけど、君は師匠の事を知らなかったでしょうにと、心の中で突っ込んでみる。


「いやいや、一番とかの大した者ではないです。ただ僕は引退した先生の身の回りのお世話をしているだけですから」


「ほぉ、そうですか。あのアノマ先生のお弟子さんでしたか。アノマ先生は今もお元気でおられますかな? 私は魔法医学専攻でしたので先生の魔法薬学の講義は受けてましてね。まぁ、優秀な生徒ではなかったので覚えてはおられないでしょうが」


 と、自分を謙遜するようには言ってはいるが、昔を思い出してか、とても懐かしそうだった。アノマ印の魔法薬だとしたら、確かなものだと納得してくれた。


 その後、館へ帰る道すがら、師匠の昔話をハーマン先生から聞くことになる。師匠は昔からかなりの破天荒だったらしく、武勇伝は数限りないらしい。


 ◇◇◇


「なぁ、アキト? あのハチミツ飴だけど、簡単にあげて大丈夫なの? やばくない?」


 ハルさんがそんな事を聞いてきたけど。


「え? なんで?」

「いやね。ハチミツや砂糖って高級食材じゃなかったっけ? それに……」


 それに、マッドニードルビーの蜜には魔力を高めると言う知られざる効果もある事忘れてない? と、心配してくれている。


 ハルさんが心配してくれてる事は分かる。だけど、生まれや育ちで、人を見下したり、理不尽に罪を被せたりってやり方がどうも気に入らない。だからと言って、僕には何もしてあげれないから。

 心配で震えあがっている使用人の少年を少しでも落ち着かせたかった。ただそれだけなんだ。


 甘いものは脳の栄養源だから。疲れた時や精神的に不安定な時にとても効果的だ。そして、甘いものは人を幸せな気分にしてくれるんだから。


「まぁ、師匠にもらった物だって言ったら何とかなるんじゃねぇ?」

「やれやれ、相変わらずアキトは安直だよね」


 ハルさんは、マリアの親は正真正銘の商人だし、そう甘くないよと言ってくる。


「まぁ、その時はそれで、逃げるだけさ」


 逃げるが勝ちってことで。と、安易に考えている僕の方を呆れた風に見ているハルさんだった。

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