第3話 リュートを弾く
部屋を出て、階段を下りていると階段の踊り場に一枚の肖像画が飾ってある。
僕はその余りの美しさに息をのみ、その絵から目が離せなくなった。それは某有名美術館に飾られていた有名な絵画のような憂いを帯びた笑みを浮かべ、どこか寂しそうに遠くを見つめている。
この女性は、何気にマリアに似ている気がする。僕は溜息を漏らしての、マリアに問い掛けた。
「これは素敵な絵ですね。この美しい
僕の問いに、マリアはその絵をじっと見つめて。僕が美しいと評した事がとても嬉しかったのか、誇らしげな表情で答えてくれた。
「はい、この絵は私のお母様なのです。お母様はこの絵の様に美しく、また、とても優しく気高く聡明な方でした。誰からも愛され、私の自慢のお母様でしたの」
その美しい女性はやはりマリアの亡くなった母だったようだ。女性の瞳と同じ色の美しいドレスを身にまとって、優し気に微笑んでいる。
◇◇◇
その後、マリアは従者に頼んで馬車を出してもらい、見晴らしの良い高台まで行くと言う。
馬車に乗っている間、彼女の事情を色々と聞く事になった。今年、受験を控えているらしく、それに向かって勉強に励んでいるとの事。
目指す学校は貴族たちも多く在籍する寄宿学校で、難易度もかなり高い。その上、今年はこの国のこ皇太子も入学予定なので、すごい倍率になっているのだそうだ。魔法が苦手なマリアはそれ以外でアピールしないといけないのが、かなりのプレッシャーなのだと言っていた。
僕は、前の世界でも学校には行けなかったし、この世界での知識は全て師匠からの講義か師匠の持つ書物からなので、ちょっと羨ましいなぁって思ってしまったのだが、彼女にとっては相当にきつい事なのだろうから、その事は言わないでおく事にした。
そんな話をしていると、目的の場所に着いた。そして僕たちは高台に立ち、下に広がる景色を眺める。
「この高台から見る景色は、お母様が大好きだったものです」
マリアはそう言うと、大きく両手を広げ、そこでいっぱいの空気を吸い込む。僕も彼女の横に立って同じように大きく深呼吸をした。そよ風が頬を撫でて、とても気持ちいい。
高台から見る景色。そこには僕が夢にまで見た世界が広がっていた。
青く澄んだ湖は鏡の様に周囲の風景を映し出し、湖畔に建つお城との調和がより幻想的な美しさを映し出していた。
そして青く澄んだ空は、遠く遠く何処までも続いていたのだ。
『なぁ、アキト、ここであれ弾いてくれよ』
ポケットから出てきて肩に乗っていたハルさんが急にそう言ってきた。ハルさんも広がる風景の美しさにあてられたのだろうか? 食い物以外にも興味を示す事もあるんだと少し驚く。
そこで僕はカバンからリュートを採りだすと、ポロンとつま弾く。
「アキト様は楽器を演奏できるのですか?」
マリアは目を輝かせ僕を見つめてくる。
そこで、僕はリュートを奏でながら唄い出した。どこまでも美しい、それでいて物悲し気な幻想的ケルト風の曲。昔やっていたゲーム内で流れていたものだ。
弾き終わると、ハルさんはニヤニヤしながら耳打ちをしてきた。
『礼には及ばんよ』
『はい?』
『よ、色男。ほら横を見て見ろよ。これを完落ちって言うのか?』
僕の横でマリアがお祈りするように両手を結んで真っ赤になっている。
「アキト様、素敵でした……」
夢見るように、うるうるとした瞳でこちらを見つめてくる。
『いやいや、ハルさん、言葉の使い方間違ってるから……』
僕は何かやらかしたのかもしれない。いやいやいや、やらかされたのだ。絶対に僕は無実だ!!
◇◇◇
あまり帰りが遅くなってはいけないと、もう一度聞きたいとせがむマリアを説得して帰る事にしたのだが、帰りの馬車の中では何故か僕の隣に座り、腕を組んでぴったりと寄り添ってくる。
『ハルさん。覚えておけよ……』
ハルさんはと言えば、すでにポケットの中に入り、狸寝入りを決め込んでいるようだ。ネズミだと言うのに。
館へ帰るとソフィア先生が出迎えてくれた。先ほどとは違い、先生はとてもスポーティな装いをしている。
「旦那様に頼まれまして、ハーマン先生と二人でパオル様ご夫婦のノッカーのお相手しておりました。ですが、お嬢様がお帰りになるのが見えましたので……」
良いタイミングだと抜けてきたらしい。ノッカーと言うのはゲートボールのようなスポーツで、割と手軽に出来るので、今、上流階級の人々の間でとても人気のようだ。
パオルと言うのは、ここの主であるリカルドの腹違いの弟で、たまに遊びに来てはお金の無心をするとの事で、マリアはこの叔父が嫌いなようだ。それとハーマン先生はお抱え医師なのだとか。
「きゃー!!」
すると突然悲鳴が聞こえた。どうも今までソフィア先生が居たノッカー場の方から聞こえてきた。
僕たちは慌てて、悲鳴が聞こえた方向へ走って行く。そこには、一頭の馬が興奮した状態で三人の男女の側で暴れていた。
使用人が何とか馬をなだめようとしているが、馬は興奮して我を忘れているようで近づくこともままならない。
「アキト、あの馬に精霊が悪戯してるようだよ。それで嫌がって払いのけようって暴れているみたい」
「ハルさん、ありがとう。それなら何とかなるよ」
何か精霊が嫌がる事を誰かがしたのだろう。そこで馬にちょっかいを出して、馬を仕向けたんだろうけど。
精霊には人間のような理性的な感情や、善悪の判断基準も無い。その行動によって、相手を殺してしまうかも? とか、成立要因を考えたりもしない。
有るのはそうしたいと思う意思のみ。それゆえ、ある意味
そこで僕は周りの精霊をなだめるようにと、全身から魔力を発散させた。すると周りの空気が一変する。
ヒーリング、それは妖精であるエルフ族の専売特許で混乱を鎮圧させる優しい効果……。
――そう言えば、師匠から【先祖返り】と言われた僕だけど、かなり後になって聞かされた事だが……、それは、僕にエルフの血が入っているのではなく、逆なのだ。
先祖に人間がいた事で、先祖返りで人間の見た目に生まれたエルフなのだとか。
それもだ、黒髪だった事で忌み子そして大いに気味悪がられ、生まれて直ぐに殺されそうになった赤子を師匠が引き受けた。そう言う身も蓋もない秘密を後に明かされる事になるわけだが、この時はまだ知らない――。
ヒーリングによって、精霊だけじゃなく馬も少しは落ち着いたようで、僕は馬に飛び乗り、ホーホーと声をかけ馬をなだめると、ようやく静まってくれた。
そこで使用人に馬を預えて、襲われていた人たちの方へと向かった。
その中の一人の女性が倒れている。その倒れている女性は頭から血を流しているようで、抱え上げている男性がタオルのような物を当てがっているが、かなり出血しているようだ。
馬の後ろ足に蹴られたのかもしれない。これは大変だと、マジックバックから初級ポーションを取りだし、抱え込んでいる男性に手渡した。
「初級ポーションです。使ってください」
「おお、ありがとう。助かるよ」
男はそれを受け取ると女性にそれを使う。使い方が手慣れているようなので、常日頃、薬などを使う環境にある人なのだろうと思った。
ポーションを使うと、出血は止まったようなのだが、女性は恐怖の為か泣きじゃくっているようだ。
だが初級ポーションでは怪我の治療が出来ても、殴打による骨折やそれに伴う衝撃の恐怖心は拭えない。
そして、女性は痛みが収まった事で怒りが沸騰して興奮してしまったようだ。それでわれを忘れて怒鳴り始める。
馬を殺せだの、馬の担当の使用人を処罰しろだの、汚い言動の大声で騒ぎ出し、手がつけられなくなってしまった。
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