第13話 お見舞い
流石に濡れた制服のままでは寒かったので、とりあえず家に帰って服を着替えた。そしてそのままベッドにダイブし、枕に顔を埋める。
「やり直してぇ~正確には昨日の夕方辺りからやり直してぇ~」
俺は自分の行動を後悔していない。誰にも理解はされなかったが、間違ってはいなかったはずだ。
しかしそれはそれとして、現状がヤバすぎることもまた事実。どうにかして脱却したいが、どうにかできる方法は時を巻き戻すぐらいしかない。
「美住には全然連絡つかないし……」
何度かメールを送っているのに、返信は一切ない。気づいていないということはないはずだが……なぜ何も反応がないんだ。
まあ、美住はメールの返信がまめなタイプではなさそうだが、必要な連絡ぐらいしてくれてもいいのに。
そういえば、さっき教室にいなかったんだよな。いつも俺が登校する頃には、既に席に着いていて、儚げに窓の外を見ているイメージなんだが。
「……何かあったのか」
思えば、俺を保健室に運んですぐいなくなったというのも妙な話だ。俺と顔を合わせづらくて帰ったんじゃないかと思ったが、それも事実を知った今では意味が異なってくる。
恥ずかしいから顔を見せられなかったわけじゃない。俺がどんな目に遭うかわかっていたから顔を見せられなかったんだ。
そうなるとあいつは、もうこのまま俺とは会わないつもりなのかもしれない。
「……やっぱり、こっちから直接会いに行くしかないか」
いつまで経っても鳴らないスマホを鷲掴みにしてポケットに突っ込み、俺は家を飛び出す。
もう俺の評判を取り戻すことはできないだろう。だからといって、このままで終わっていいはずがない。美住とは話したいことが山ほどある。
曲がりなりにも俺たちはパートナーだ。強引に俺を引き込んだからには、一方的に解消なんて認めてやるわけがない。
────と、思い立ったはいいものの……一体どこへ行けば美住に会えるのだろうか。
学校に居なかったということは、自宅に居る可能性が最も高いということになると思うが、俺は美住の家の場所なんて知らない。
昨日は自転車で学校に来ていたが、あれは多磨野先輩の事故を回避するために用意したかのような口ぶりだったので、普段は徒歩なのだろう。ならば学校からそう遠くない範囲に住んでいることになる。
それがわかれば結構絞られる気はするが、学校はなにも草原のど真ん中にポツンと建っているわけではない。
周りには無数に住宅が並んでいるし、それら一つ一つを回って美住を探そうなどとは無謀を通り越して愚行である。
美住という苗字は珍しいので、表札だけ確認すればわからなくもないはずだが、それにしたって膨大な時間がかかってしまう。俺は今すぐ美住と会って話をつけたいんだ。そう何日も時間を割くつもりはない。
学校に行けば住所を知る手段もあるか……? いやしかし、いくら何でも今あの場所に戻る気はしないな。どっちにせよ、今時個人情報なんてそう簡単に教えてくれるとは思えない。
「仕方ない。あの手でいくか」
俺はスマホでこの街の地図を出し、そこら辺にあったベンチの上に置く。そしてそのすぐ横に座り、目を閉じた。
今、画面上には学校に徒歩で通えそうな範囲の地図が映し出されている。俺は視界を閉ざしたまま人差し指を突き出し、適当に振り下ろしてみた。
◆◇◆◇
「────で、私の家に辿り着いたってこと?」
ベッドの中で、鼻の上まですっぽり毛布にくるまった美住が、俺を不服そうな目で見つめてくる。
「相変わらず君の強運はオカルトの域だね。そんなことで私の住所を探り当てるなんて」
「お前の予知夢も大概だと思うけどな」
幸運を自在に操ることなんて不可能であり、便利に利用してやることも難しい。これは一か八かというか、上手くいったら儲けものぐらいのつもりだった。
だから指を差した場所に、本当に美住の家があるとは思わなかった。思わず表札を二度見したぐらいだ。
「何しにきたの? 学校は?」
「……色々揉めてさ。飛び出してきた」
「ああ……じゃあ、あの未来は君の幸運でも変わらなかったんだ」
俺が工藤や園田に糾弾される未来を、彼女は既に知っていたようだ。確かに回避すべき不幸が夢に出るというのなら、あの光景は確実に見ることになるだろう。あれは俺の人生においてぶっちぎりで最悪の瞬間だった。
「お前の方こそ、学校はどうした?」
「風邪引いたみたいでさ。今日は休むことにした」
仮病……というわけでもなさそうだ。毛布で隠れていて見えづらいが、彼女の頬は僅かに紅潮していて、小さく咳も出ている。原因は間違いなく、昨日濡れた下着のまま午後を過ごしたことだな。
「ごめん……私のせいでこんなことになって」
「何の話だよ。むしろ俺が早まったせいだろ。自業自得だ」
「……心配しなくても大丈夫。責任は私が取るから」
「責任? どういう意味だ?」
「君の居場所は私がちゃんと取り戻してあげるって言ってんの。元はと言えば私が君を巻き込んだのが原因だし、その始末はちゃんとつけるよ。わざわざ私の所にこなくたって、それぐらいはちゃんと……やるから」
熱にうなされているせいか、彼女はいつもと同一人物とは思えないほど弱気だ。あるいはこっちが彼女の本心なのかもしれない。
「俺は……そんなつもりでここに来たわけじゃない」
「別に気にしなくていいって。元々これは私の問題なんだから、君を巻き込むべきじゃなかったんだよ。反省してる。申し訳ないと思ってる。皆にはちゃんと私から説明しておくから」
「いや、だから俺はお前にそんなことをしてほしいわけじゃ……」
「だったら、君は何しに来たの?」
美住の冷たい問いかけに、言葉が詰まる。何を答えていいのかわからない。自分の中にちゃんと答えはあるはずなのに、それをまだ言葉に出来る段階にはない。
「安心して、もう帰っていいよ。私の言葉なんて、もう聞きたくもないかもしれないけど、最後にもう一度だけ私を信頼してほしい。明日からまた、君がいつも通り学校に通えるようにする」
「……何をするつもりだよ。俺がやったことの責任を、全部お前が引き受けるつもりか?」
「実際そうだし、何も間違ってないよ。私は変わり者だからね。誰からも信頼なんてされてないけど、トラブルメーカーとしての信頼は厚いから、どうとでもなると思うよ?」
どうやら彼女は、俺が怒ってここに来たと思っている。学校での居場所を失くしてしまったこと、人間関係を破壊してしまったこと、それらの責任を取れと迫っていると解釈している。
「……なんだよ。俺はそんなことのために体張ったわけじゃ……」
思いのほか荒々しい口調が己の口から飛び出すのを聞き、俺は自分が苛立っていることを自覚した。
俺はこいつが、俺を信じていないことに苛立っている。俺は美住のことを信じたのに。命を懸けられるくらい信じたのに。こいつは俺のことをそれほど信じていない。
そんな温度差を突き付けられた気分だった。所詮俺は美住にとって、偶々運良く都合の良い能力を持っていただけの男でしかない。そう言われているような気がした。
「────っ……はぁ……」
油断すると、風邪で弱っている彼女を怒鳴りつけそうになるが、そこは堪える。見事に変人の仲間入りを果たした俺にだって、病人を怒鳴りつけてはいけないという常識の持ち合わせぐらいはある。
「……コンビニで何か買って来る。欲しい物はあるか?」
とりあえず、ここは一旦外の空気でも吸って頭を冷やそうと思った。風邪を引いている美住のために、見舞いの品を用意するというちょうどいい大義名分も見つかったことだしな。
「別に……そういうのいいって」
しかし、返ってくるのは素っ気ない返事だけだ。
「じゃあ俺が適当に買って来るぞ。いいんだな?」
「……漫画」
「は?」
「漫画雑誌買ってきて。『月刊てらす』ってやつ』
「……はいはい」
適当に思いついた物を答えたのだろうか、漫画を要求する美住の声はやけにぶっきらぼうで、あんまり欲しそうではなかった。
しかし注文を受けたのなら買って来る他あるまい。俺も一度コンビニで何か甘いものでも食べて、考えをリセットしよう。今日は朝から色々ありすぎて、感情の起伏が激しくなってる気がする。冷静にならなくては、酷いことを言ってしまいそうだ。
そういうわけで俺は、頭を冷やすまでの時間稼ぎと、風邪の見舞い品の購入を兼ねて、最寄りのコンビニへと向かうことにした。
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