第19話 大きな栗の木の下で 後編

「ここの鍵は開いてるから、明日、出るときも開けっ放しで出ていいから」



 アリスは家の中へ、土足のままスタスタと入って行き、

置き去りにされたユウマは玄関前で屋根を見上げた。



 「近くで見ると立派な家に見えるけど、

誰か住んでたりしないよな・・・」



 ここは半獣種ガジュードの生活区域。

先住民がいるかと警戒したが、家の中はおろか見渡す森にも

人の気配は全く感じられない。


 視線を常闇へと投げるが、

鬱蒼と生い茂った木々が悪戯に

ざわざわと囁き返すだけ。



 「ここ何年も誰も住んでいないわよ・・・今はもうね。」



 まともに返事を返してくれるのはアリスだけだ。



 半獣種には、

ネコ科のような夜を得意とするものも多く、

鋭い牙や爪を持って狩を行う者もいると聞いたのを思い出して、

少しだけ怖くなった。


 ましてや人間と不仲と聞いて、

その人間が彼らのテリトリーで一夜を過ごすというのだから

異世界の優雅な夜とはいかないだろう。



 『爪や牙を持った仲の悪い異種族の縄張りで寝るって

普通に考えたら怖いことだよなぁ』


 自分の思考が何故か、不自然に引っかかる。



 アリスは、玄関に置いてあったカンテラに慣れた手つきで火をつけると、

そのまま部屋の中央から垂れた燭台に火をくべた。


 明かりにつられ中へ入る。


靴を脱ぐべきか一瞬躊躇い、最初の二歩はつま先立ちで入った。


中は質素な作りでこれまた質素な家具が置いてあった。


 石膏で組まれた暖炉。


その前に置かれた木目調のロッキングチェア。


フローリングに敷かれた目に優しい深緑のカーペット。


4段式の木タンス。



 「おぉ・・・」



思わず感動が声に出る。

いかにも海外の家といった趣だ。

厳密には異界だが。


 きっとアウトドア好きや、旅行好きなら堪らないだろう。



 だが同時に不自然に思った。

部屋があまりに小綺麗なのだ。


 どれも埃をかぶっていない。

小姑こじゅうとのように人差し指を走らせ、

確認するが埃一つ付いていなかった。


 それだけじゃない、出窓に寄せた配置のベットは大きく膨らみ、

シーツも新しさを伝える白が燭台の明かりにぼんやりと光って見える。



「何年も住んでないにしては綺麗すぎやしないか?」


「そう?まあ住んでなくても掃除くらいするわよ」


「まぁ、それもそうか」



 この世界ではそういうものなのかもしれない。



「だからって盗んだり、物色ぶっしょくしたりするのはやめなさいよ?

言っておくけど、この世界では盗みは重罪よ」


「盗まんわ、俺をなんだと思ってる!」


 アリスは嘘を付けない。彼女が住んでいないというなら

それは彼女の持ち得る理解の中で、真実なのだろう。




「じゃあ私は帰るから」



 彼女をここにとどまらせる理由もなく、

簡単な挨拶をしてアリスとの別れを済ませる。


 金髪少女は振り返ることもなく森の闇へと返って行った。



「さてと・・・」



 アリスの姿が見えなくなったのを確認する。

そして真っ先に四段式のタンスを開け中を確認した。



「ほぉ」


 中には女性モノの衣類が何着も入っていた。

スカート、ワンピース、セーター、下着まで全て女性モノだ。

サイズは10歳以上だろうか、アリスのモノにしてはサイズが小さい。



 「誰も住んでないんじゃないのかよ・・・

誰か住んでたら完全に不法侵入だぞこれ・・・」



 ため息交じりに、手に掴んだ布物をタンスに戻し、

カンテラを持ち替える。


そのまま全体を探るように、部屋の隅を確認した。

 


「異音なし、異臭なし、もの影なし、戸締りよし」



 家の四隅まで一通り見て、誰もいないことを確認したユウマは、

部屋中の空気を取り込むように、大きく一息つき、


 思いっきりベットに全身を投げた。


 

 全身が羽毛布団に飲まれる。


 抵抗する力も、体勢を変えようとする意志も、

重力に沈むベットの奥底に落ちていった。


 抜けていく力の入れ違いに、入ってくるのは、圧倒的な疲労感。


 ユウマはここに来てから体と神経をずっと使っていた。


 知らない世界、慣れない情景、

元いた世界とは縁のない物や行動。


 どれをとってもこの疲労感の理由に値する。


 その中でももっともな理由は―――



「もーう無理だ・・・あんな行動派人間やるの、俺には合わん」



 ハートレリアの中庭に落ちてから、

ずっと行動を起こしてきたその行動が全ての要因だった。


 行動を起せたのは、«ここはなんなのだ»

という疑念ぎねんがあった為であり、

警戒心からくる好奇心のみが体を動かしてこれた。



 もともとユウマは何でもやってみようというタイプではない。


 ありとあらゆるゲームにおいて、効率厨とまで言われた男だ。


 部屋に籠って自分の「これだ」と、決めたゲームの課題を、

何度もシュミレーションし、極めることは慣れているが、


 情報のない不確かな問題を、

手当たり次第に行動し、やみくもに答えを探すことには不慣れなのである。


 端的に言えば、超インドア人間なのである。


 課題について最善の答えを導き出すのは専門分野だが、

課題とは何なのか、といった漠然とした出された定義に

ついて考えるのは専門外。


 探究心はあって探求心はないのだ。



「とりあえず疲れた。

とりあえず明日は最低限のことをしてぐうたらしよう。まずは城に行って―――」


頭の中を整理する前に、まぶたは落ちていき、

体のブレーカーもすとんと落ちた。

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ゲーム・イン・アリス かのえらな @ranaeru

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