第18話 大きな栗の木の下で 前編


 「・・・今日はもう、お開きにしましょう。

私もまだやることがあるし」



【力ずくで王女様に勝てばいい】


 その言葉に対し、

アリスはそれを承諾するでも否定するでもなく、

銅貨を数枚、机の上に重ねて置くと静かに席を立ち、店を出た。


 自分もそれ以上問い詰めることはせず、何も言わずに後を追う。


 アリスはゲームの誓約によって嘘はつけない。

その為、答えを求めるのは容易い。


 だがこの世界で、ルルティアは王、

そしてアリスはその国の英雄。


 王を負かしていいかなどと、リーフリリアの英雄様に聞くのは

無作法というものだろう。


 王に挑むなんて大げさには言ったが、

あくまで嘆願、懇願してみるだけ。


 人が良さそうな王様だ、不敬罪で打ち首獄門とはいかないだろう。



 『そもそもこの国じゃ、ゲーム以外で人は死なないんだっけか・・・』



 外は陽も沈み、月夜の明かりしかないというのに相変わらず温かく、

春の夜風のような柔らかな風が夜街の並木を撫でていた。


 昼までの賑わいは無い。


 変わりに街を覆う大勢の木々立ちが風と共に囁いている。


 等間隔で並ぶランタンや、

民家の入り口に揺らめく松明の明かりが通りの石畳みを淡く照らし、

その影を踏んで歩く。




 今夜自分が今夜泊まる場所は、

森の中のとあるログハウスらしい。


夜道を歩きながらアリスが話してくれた。



 この国の人間は城下町で暮らし

住民のほとんどは、町の離れの畑で農業を行い生計を立てており、

輸入、貿易も盛んで隣国に当たる小国とも友好関係を築いている為、

行商人の出入りも多く、平和で豊かな国らしい。


 また、国の半分を占める森林は半獣種カジュードと呼ばれる種族が

生活拠点しており、

自分達が向かっているのはその生活拠点区域である森の中だという。

今日出会った長耳の女性、リーファも半獣種カジュードだ。


 城下町と森林を、ビルの三階程の高さの外壁で囲んでおり、

それらをリーフリリアの王都と総称されているとのことだった。



「一つ聞いてもいいか?」


「なによ、どうせ私に拒否権なんてないわよ」


アリスは店を出てから話こそしてくれるが、隣に並ぼうとするたび

足を加速させ、全く気を許してはくれない。

パンツの色を聞かれたのが相当嫌だったのだろう。


 だが必要な工程であり情報だ。

誓約という縛りは、感情や個人の意思を無視できる。それも永続的に。


『それがどれだけ恐ろしく、

身の毛のよだつことかこの世界は理解出来ているのだろうか、まあいい』



 詮索を深堀しそうになる所で本題に戻る。


「森が見えてから気になってたんだが、

森の入口に柵が並んでいるのはどうしてなんだ?

牛かなんか飼ってるのか?」



街を抜け、街路樹が増えてきた辺りで気付いたこと。


 森と町を隔てるように、横一列に柵が打ち付けられていた。


柵の作りは木材で丈夫そうだが、所々朽ちている。察するに数年も前に作られたものだろう。

中でも気になるのはその形状だ。


 柵は細木で横一本。高さは腰元程で、超えるもくぐるも容易、

家畜がいても簡単に突破できるだろう。

朽ちている所を見るに、景観を守る為とも考えにくい。


 街から少しは離れただけなのに、

何か決定的に柵の向こうは決定的に何かが違うような、

そんな気がしてならなかった。


 あっても無くても同じような鍵の無い格子戸を開くアリス。


「ここから先は半獣種ガジュードの生活区域、

この柵は、その目印みたいなものよ」



聞けばリーフリリアの人間は半獣種ガジュード と不仲だという。


 だが、双方が互いにという訳ではない。


 半獣種カジュード側は人間を嫌っている訳ではなく、

人間側が彼らとの共生を心良く思っていない者が多いのだ。


 その理由は、

ゲームが存在する前の過去にあった血みどろの戦争において半獣種カジュードが大きな戦果をあげたことにある。


彼らは、人間よりも強い力、大きな体格、高い俊敏性を兼ね揃えており、

何倍もの軍勢に全く引けを取らなかった。


 リーフリリアを救った救世主達ではあるのだが、その先駆者はアリス。

その他加勢組に分類されるのがカジュードら。


 高い兵力を持つ、

スペードファルシオンの兵力をも打ち負かす力となれば、

本来、心強いことこの上ない。


だがそれが人間ではない種族という不確定要素が、人の恐怖心を煽る。


 ましてや牙や鋭い爪を持つと半獣種カジュートもいるとなれば、

それらはマイナスな印象になり、恐怖心に拍車がかかる。


 その大戦に勝利したのち

半獣種の要望によって、同じ王都内での生活が先代国王に認められ今日こんにちに至る。


 アリスや現国王のルルティアも、半獣種との共生を国民に訴えてはいるが、

英雄や王姫の言葉と言えど、自らの命の尊守の前では届きはしない。



 そんなうやむやな惨状と内情が、こうした差別出来ない差別の形。

 ―――高くない柵とし具現化されていたのだった。






 「見えてきたわ、中のものは好きに使っていいから。

鍵は開いてるし後は勝手に休んで。じゃあ私は行くから」




 彼女の視線の先には緑に囲まれ、木々の間から差し込む月光の輪を1人占めをしているログハウスが佇んでいた。




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