第2話 運命の扉は開かれる

「鐘が鳴ってる!ジャック!」


 リンゴーンリンゴーンという低音が町全体に響き渡る。私はその音にハッと顔を上げた。慌てて近くにいたジャックの元へと駈け寄ると彼の手を取り玄関へと駆け出す。


「行こ!騎士団が帰ってくる!」


 皆、この時をずっと待っていた。わあっと駆け出していく子供に交じって私たちは外へと向かう。


「嬉しいのは分かるけど、慌てすぎて転ぶなよ」


 はしゃぐ私にそう注意をするジャックは相変わらずクールだ。年はそこまで変わらないはずなのに彼の方が大人に見えるのはなぜだろうか。


 でも、顔には出していないが彼も騎士団の帰還が嬉しいのは確かなようだ。私がリードをして走っていたのに、いつのまにか彼が前を走っていたのだから。


「うわぁ、人がたくさん…」


 町の入り口には既に人だかりができていた。道を挟むようにして長い行列が町の奥まで続いている。


 私とジャックは大人たちの足の間をすり抜けて列の前へと移動した。これで騎士団の帰還の様子を見ることができる。


 騎士団の帰還はこの町の最大イベントだ。騎士に従事する人が多い分、騎士の帰りを待つ家族多い。命がけの仕事だからこそ、騎士が遠征に行くたびに家族たちは彼らの無事を祈りながら帰りを待っている。だからこそみんな、帰還した瞬間に彼らの無事を確認し安心をしたいのだ。


 ざわざわと人々が町の入り口を見守る中で、再びリンゴンと鐘がなる。そして、入り口の門が開かれた。


 その瞬間、馬に乗った騎士の姿が現れる。町は一斉に拍手で包まれた。


 歓声の中、帰還した騎士たちが町の奥へと向かって歩いていく。その中には人だかりの中にいた家族を見つけ、再開を喜ぶ騎士の姿もあった。


 次々と騎士が家族を見つけ再開を喜ぶ中、私は必死に父親の姿を探していた。そんな中、隣にいたジャックがこちらに歩いてきた騎士に向かって叫んだ。


「父さん!」


 騎士は彼の声に反応しこちらへと視線を向ける。そして、ジャックの姿を確認すると嬉しそうに彼に駈け寄った。


「ジャック!」


 がばっとジャックの身体を自分に引き寄せ、力強く抱きしめる。瞳には涙が滲んでおり、息子に会えたことを心から喜んでいるのが伝わってきた。


「元気にしてたか?」

「うん」


 涙声でそうジャックに尋ねる彼の父親に、ジャックはくぐもった声で頷いた。そんな二人が羨ましくて、私は自分も早く父親に会いたいと姿を探す。しかし、騎士が全員門を潜り抜けたというのに、父の姿はどこにもなかった。必死にあたりを見回していると、ジャックの父親がハッとしたように私に視線を向けた。そして、一瞬視線を地面へと伏せた後、ジャックから静かに身を離し、私の方へと近づいてくる。そして、私の前で地面に片膝をつくと視線を合わせてこう言った。


「君がアデルちゃんだね?」


 ジャックとは騎士団の帰りを待つ間に仲良くなったけど、彼の父親とは面識がない。だからなぜ私がアデルだと分かったのか不思議だったが、真剣な眼差しだったのでこくんと静かに頷いた。


「やっぱり…。そのお守りで分かったよ」


 そういって彼が示したのは私が大切に握っていたお守りだった。彼は腰に下げていた革袋から何かを取り出すと、それを手のひらにのっけて私へと見せた。それは私が父親にプレゼントしたお守りだった。


「これだけしか持って帰ってこれなかったんだ。…ごめんね」


 震える手で差し出されたお守りを受取る。どういう意味だ。なぜ彼が父親が持っているはずのお守りを持っているのだ。これだけしか持って帰ってこれなかったって、本当は何と一緒に持ち帰るつもりだったんだ。


 一番恐れていた現実に私は目を背けたい気持ちでいっぱいになる。嘘だ。嘘だと言ってくれ。これもどっきりか何かでしょう?父親は生きていて、でもちょっと帰りが遅れててこの人が先に帰ってきただけだよね?


 期待を込めて目の前の彼を見る。しかし、彼の顔は悲愴に溢れていて父親がもう帰ってはこないのだということを静かに物語っていた。


「…嘘だ。…かえってくるって、絶対に帰ってくるって、約束、したのに…」


 渡したお守りを嬉しそうに受け取ってくれた父。絶対に返ってくるからねって、そう言って優しく微笑んでくれた父。色んな父の姿が脳裏に浮かぶ。


 受け入れたくなかった。もう会えないだなんて、思いたくなかった。ようやく家族として受け入れることができたのに。ようやく本当の娘らしく甘えられるようになったのに。こんな早くにお別れが来るなんて思いもしなかった。


 ぎゅっと二つのお守りを握りしめる。溢れた涙がお守りを濡らした。赤黒く変色したお守り。きっと父の最後は穏やかなものではなかった。そう思うと余計に胸が苦しくなる。


 ふと、温かいものに体が包まれた。固く大きな体。震える私の身体をぎゅっと抱きしめ、優しく慰めるように背中を撫でてくれている。その優しい温もりが、自分の知っているものと違うものであることを実感して、私はさらに泣いたのだった。

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