第3話 少女、運命を知る

 しばらく号泣して、ようやく泣き止んだ私はジャックの父親に連れられて騎士団と一緒に騎士団の庁舎に来ていた。なんでも、親を失った私の今後の話をしたいらしい。


 本来、わざわざこんな王宮の騎士団の庁舎までくるのはおかしいのだが、喪失感でそこまで考える気力がなかった私はジャックの父親に抱えられるがままおとなしくついてきた。



 ジャックの父親は一つの部屋の前に来ると私を床に下ろした。そして、ドアをノックし入れという合図をもらうとドアを開けた。


 ジャックの父親に促され、私は部屋の中に入る。すると、そこには騎士団の制服を身にまとった男性が二人と、所属が分からないが立派な礼服を身にまとった男性が一人いた。


 その三人の中の一番手前にいた黒髪碧眼の男性がこちらへ振り向き、私の方へと近づいてくる。そして、床に片膝をつき私に視線を合わせると静かに口を開いた。


「…君がブラッズの娘のアデルか。私はこの国の近衛騎士団2番隊隊長、シルヴァン・ルヴェーチュラという。君のお父さんの上司だ。今回は君のお父さんを守り切ることができず、本当にすまなかった」


 そう言って目の前のシルヴァン隊長は手を胸に当てながら深々と頭を下げた。これはこの国でいう土下座のポジションで、隊長という位の高い人にさせるものではないし、一介の兵士に過ぎない父が死んだことに対し、こんな幼女に謝る必要もないのだから、顔を上げてくださいと直ぐに言うべきなのだが…私はそれよりも別のことが衝撃すぎて言葉がでなかった。


「…アデルちゃん?」


 何も言わない私が心配になったのか、ジャックの父親が気にかけるように私をのぞき込む。それによって我に返った私は慌てて口を開いた。


「あ、あたまを上げてください!貴方が謝る必要はないです。父が死んだのは、仕事を全うしたからだってわかってます。だから…」


 ああ。一体この優しい人になんて言えばいいんだろう。きっとこの人は父の死に対して誰よりも責任を感じているに違いない。そういう人なのだ。情が厚くて、仲間想いで、誰よりも責任感が強い。それが近衛隊長シルヴァン・ルヴェーチュラなのだ。


 私は彼をよく知っていた。正確には彼というキャラクターをよく知っていた。癖の少ない短髪の黒い髪に、海の底を移すような碧い瞳。それは私が前世で読んでいた小説のキャラクーであり、最推しの登場人物であった。


 緊張で何も言えなくなってしまった私に、ぽんと温かい手が頭に乗る。視線を上げればシルヴァン隊長が私の頭に鍛えられた大きな手を差し出していた。


「ありがとう。君はブラッズに似て優しい子なんだな。君の気持ちは分かったから、そう思い詰めた顔をしないでくれ。君にそんな顔をさせたら、ブラッズに怒られてしまいそうだ」


 そう言って困ったように笑うシルヴァン隊長。…う、推しの顔が良すぎる。突如現れた生身の推しに、父の死による悲しみなど吹き飛んでいた。まさかのお気に入りの小説の世界に転生していたという事実に驚きが隠せない。


 ふと、彼の隣に立っていた人物と目が合う。さらっとした茶色の長髪に、緑色の細めの瞳。その柔和な顔立ちは間違いない。彼は私の第二の推し―


「初めまして。私はこの王宮で執務官をしているベルナール・エノミンドと言います。…いきなり知らない場所に連れてこられて、突然大柄の男に頭を下げられて怖かったですよね。すみません、真面目なのはシルヴァのいいところなのですが、融通が利かないのが難点で。特に子どもに接するのは慣れていないんです。大目に見てやってください」


 そう言って微笑む彼の表情に私は思わず見惚れてしまう。これが『艶笑の美丈夫』の実力。男女を虜にする微笑みを持つ執務官という原作の設定はここでも健在のようだ。


 このベルナール執務官、実はジルヴァ隊長の最愛のパートナーである。この国では同性婚が認められていて、少数派ではあるが同性カップルも多数存在するのだ。シルヴァ隊長とベルナール執務官もいわゆる夫夫であり、私はこのカップルを激推ししていたのである。


 やばい。まさか推しカップルをこの目で見れる日が来るなんて…。ずっと封印されていた萌えの感情が今にも爆発しそうだ。


「…おや、また目に涙が溜まっていますね。…こんなに目が腫れて…相当泣いたのですね」


 ベルナール執務官がハンカチで私の目じりを拭ってくれる。ひえぇ!優しい、尊い。でも、これ、萌えが溢れた涙で、悲しみとかじゃないんです。ごめんなさい。お願いだからそんな痛ましい表情しないでください。申し訳なくなるので…。


「今後の話をしようと思ったのだが、…明日の方がいいだろうか」


 泣き止まない私を見てか、シルヴァ隊長はそう気を使って申し出た。しかし、私としては自分の将来がどうなるのかは早めに知りたかったので即座に答えた。


「いえ、聞かせてください」

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