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真っ暗な世界の中にデルタと私だけがいる。デルタは私に気付いていない。声をかけるとデルタは振り向き私を見つめた。

「メイラ・・・さん・・・?」

もう少し近くに寄りたいけど、それは出来ない。

「殴ってはいけないよ、親友だろ?」

「ユアは私の意思を破壊させようとする危険な存在だ。除去して当然だ」

 私は笑った。こいつもなかなか強情なやつだ。いや、そもそもボリジンなんてものはみんな、どこか頑固で寂しがり屋なのかもしれない。

「人間が嫌いになったか?」

 このことをずっと、デルタとユアに尋ねたかった。私が残してきてしまった二人には、人間の敵でいて欲しくなかった。 デルタは動揺していた。

「そうなりきれていたら、こんなに苦しんでいません。まだ頭に浮かぶんです。あなたのことや、誰かの為に薬を買いに来ていた人々のことが。 だが、もう信じるのが・・・怖い。 それに私は、あまりにも多くの人を殺してしまった」

 もう何もかも遅いといった声はあまりに弱々しかった。こんな風に憔悴しきったデルタは見たことがない。

「妙に沈んでいるんだな、デルタらしくない」

「あなたのせいだ」

 私はデルタの足にしがみついている青年に目をやった。ありとあらゆる部分が壊されている。修理してやりたいが、ここじゃできない。

「この青年はお前に似ているな」

 デルタが自身の足元を見た。少し首を傾げる。否定の意思表示だろう。

「少なくとも彼は助けたい相手を助けることができたのです・・・彼の顔を見るたび、あなたを思い出す」

「君なら一発で勝負をつけられたのに、こんなにしたのは、怒りが抑えられなかったんだな」

 私はあえて挑発するようにニヤニヤした。するとデルタが急に怒鳴った。

「そうだ!悪いか?私はあなたにすごく怒っているんだ」

私は確信した。デルタはやはり変わり始めている。

「どうしてあなたはそんなに馬鹿なんだ!無能なんだ!なぜそんなにお人好しなんだ!」

 私は何も言い返さずただ罵詈雑言を聞いていた。

「あなたは勝手だ、あなたは・・・」

 やがて言葉が出てこなくなったのかデルタは黙りこんだ。その次に生まれたのは小さな呟きだった。

「私はあなたに生きていてほしかった」

 重くのしかかる沈黙に続き、私の笑い声が響くと、デルタは目を吊り上げた。

「何がおかしいのです!」

 私は頬がしめるのを隠して、また笑った。

「いや、そんなにも慕ってくれてたんだと思うとね。愛こそすべて也、だな」

 こんな風にちゃかすことももうできないと思うと少し寂しい。しかし、泣いている場合ではない。私にできる最後の事を成すまでは。

「君たちのような友人に出会えて誇りに思う」

デルタにそう言った時、暗闇の中にユアの姿が出現した。ユアは顔だけをデルタに向けて寂しげに微笑んだ。昔のような空気が一瞬流れて切なくなる。

 私たちの前に映像が浮かび上がった。

その中で、二つのシルエットがだんだんと露わになっていく。デルタがユアを殴っている。みんなが映像を眺めている。

「彼は君を壊すことはしなかったぞ。本当に大切なことは何か、本当に君に必要なのは誰なのかよく考えてみろ」

 シュルシュルと、映像とユアの姿が縮んで、小さく破裂して消えた。

「君達は知らないだろう。あの市場ははるか昔、ライナが無理やりに占領した土地だったということを」

 その時大勢の人間が死んだ。当時ライナは戦に狂ったように周辺の国を攻めたてていたのだ。 伝説は代々語り継がれ、ライナへの敵対心の元凶になっていった。 その争いが差別を生み出した。もともと少数民族だったわけじゃない。

「私はな、あの場所に悪者なんていなかったと思うんだよ。 彼らはライナを悪者だと思った、ライナは彼らを悪者だと思っていた。要は世界をどこから見るかだ」

「ならば、あなたのような優しい人が死んでも構わないというのですか?そんな世界ならば私はいらない」

 なんて言葉が返ってきて、思わず微笑んだ。ライナと彼らに足りなかったものは、互いを自分と同じ、心の持ち主だと感じられる時間だったのかもしれない。

 「だから、みんなで変えてくれ。信じる者が救われる世界に」

 ああ、本当は、内から外へとアプローチをかけることは禁止されているのだが。

 私は想像した。この場所では体を持つことができないかわりに思い描いたことが全て現実となる。私はデルタの目の前で、デルタの涙を拭っている。

「たくさん苦しめて悪かったな」

 囁いた。

「私は死んでない。今もずっと君たちの胸の中で君たちのことを見てる」

 私はデルタの、機械の硬い胸を撫でた。少しでも柔く、優しくなれるように。


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