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《6年後のステラの手記》


  なぜ今日筆をとったのか、理由はいくつかある。僕は今、自分の部屋の勉強机で、このレポートを書いている。机の上にはプナキアに貰った3人の写真が飾られてある。奇跡的に1枚残っていたらしく、僕がまだほんの小さい頃に撮ったらしいので記憶にはない。

 そして百合の花を生けた花瓶。大学の入学許可証はすぐ左の壁に貼り付けてある。 右側の壁には窓があり、今日もせわしなく行き交う人々が見える。

 窓の外を見る。復興作業が進み、今では都市化がますます進んでいる。 昔と変わったのは、人間とボリジンの両方の姿が見受けられるようになったことだ。そんなの、以前はありえなかった。

 デルタ隊が人間との共生をスローガンに再始動しはじめたのは、僕らがこの大都市ベリルに亡命してきたすぐのことだった。焼け野原と化していたベリルで、男が膨大な数の号外をばら撒いていたのを覚えている。

 ボリジンと人間の間の溝は埋まり始めているが、もちろんそれは並大抵なことではなかった。 デルタもユアも、恨みを抱いていた人間の集団に何度も殺されそうになったらしい。しかし、彼らは諦めなかった。自分達に出来る贖罪は世界を新しくすることだと信じ続けた。だからこの世界があり、今がある。

 ロマさんは僕の身元保証人になってくれた。それにシャイニーさんとプナキアも一緒だ。2人は僕と同じ家に住んでいる。大家はロマさんだ。 彼が金銭的に豊かだったことを、僕は知らなかった。

 だらだら書いてしまいそうだ。ここで整理して・・・1人ずつ詳しく説明していこう。


 

 ロマさんはさまざまな地域の復興に尽力を尽くしている。その成果は僕たちの目に非常にわかりやすく現れており、僕らが亡命して来てすぐの時とはまるで別世界のような賑わいが、ベリルに生まれている。どうやら今度、ベリルの市長に立候補するらしい。信頼の篤いあの人ならきっと大丈夫だ。

ロマさんは娘とともに故郷の村に住み、デルタ隊と協定を結んだ。週に一度、僕の家近くの、和平議事堂に集まって会議をしている。


 そして次に彼の娘さんのことだ。 実は昨夜、その女性は僕のもとにやってきた。

 涙を流してごめんなさいと言われても、僕には彼女が誰なのかもまるで分からず、「女性を泣かせている」と道行く人から睨まれ、とりあえず部屋の中へと通した。 そこで僕は記憶操作薬について知った。 女性は、「本来なら母と来るはずだったの」と、さらに涙を溢れさせた。それとなく触れるべきでない空気だった。

 彼女は僕に教えてくれた。記憶操作薬も、人間とボリジンの抗争のことも、彼女たちが僕に仕掛けたという呪いのことも。 父さんの言葉と行動の一つ一つが、やっと理解できた。拳を握った。父さんの苦悩の全てを理解したような気さえした。

 そういえばベリルにやってきてしばらくしてから、プナキアからも似た様な説明を受けていた。あの時は何のことだかさっぱりわからなかったけれど。

 僕が記憶操作薬の呪いよって狂人になってしまうのを防ぐために、父さん達は僕の記憶を丸ごと全部消すしかなかった。だけど僕は、父さん達に育てられた時の記憶を思い出した。それと同時に僕の体が、呪いを思い出している可能性がある。あるいは、いつか思い出すかもしれない。

 呪いは僕の体にまだ残っているかもしれない。


 今思えば幼かった頃の僕に、攻撃的な衝動があったのはそのせいだろう。当時はそんなこと思いもしなかったから、必死だった。それを思い出すと少し笑えてくる。

「僕は、父のようになろうと思って生きています。辛く苦しいことがあっても、その人の命を背負っていると思ってここまでやってきました」

 再び記憶を取り戻した僕が、今までその呪いの影響を受けずに済んでいるのはきっと、僕が父さんのように生きたいと願っているからだと思った。もちろん、ただの勘でしかないけれど。

 父さんは命をかけて僕に教えてくれた。あんなに強かったのに、僕を守る以外では誰のことも傷つけたりしなかった。

 その女性は、僕が何度も大丈夫だと言ったので、少しは安心したらしいが、申し訳ないという気持ちが強いらしく、また必ず来ると言っていた。今夜も来るかもしれない。実を言うと・・・彼女と会うのを少し楽しみにしている自分もいる。なんだか浮ついた気持ちだ。


 少し前、教育についての書物を読んでいて、目を引いた部分があった。人格は、元々の性質と同じぐらい、それ以上に育った環境によって変化するのだという。溢れる程の愛情に満たされた子供は、悪魔から天使へと変わることができるというのだ。

 あの日常が、あの日の出来事が、みんなの気持ちが、父さんを守れなかった自分への不甲斐なさが、僕に大きな影響を与えた。

僕の呪いが解けたという証明はできない。

 もしいつかそれが訪れた時には、父さんの言葉や全てを思い出すつもりだ。そうすれば大丈夫な気がするのだ。

 シャイニーさんは父さんを亡くしたショックからしばらく立ち直れず、踊り子の仕事も辞めていた。 しかし、穏やかな日々がゆっくりと彼女の心を癒していった。 きっと今でも、父さんの死を辛く思っているだろう。仕事に復帰できるぐらいには、頭の中で感情を整理できたというだけで。

 僕らにはもっと多くの時間が必要なのだろう。いや、どれだけの時間を重ねてたとしても、父さんがいない事実は変わらないし、悲しみは癒えないかもしれない。

 僕が全力でサポートすると言いたいところだけど、 僕だって似たようなものなのだ。 時々どうしようもなく体が動かない時がある。

 みんな、少しずつ自由にはなってきているが、余裕はまだまだ生まれそうにない。

 プナキアはというと、2年修理から返ってこなかった。人間で言うところの、入院をしていたのだ。それぐらい傷が深かったのだと思うと、あの金髪のおじさん、ユアがどれだけ強かったのかということがわかる。 そして、プナキアがどれだけの思いであの日、僕を守ってくれていたかということも。

 今ではすっかり良くなって、僕らと同じ家に住んでいる。父さんを失った僕に、もしもプナキアがいなかったら、僕は辛くて寂しくて、どうなっていたかわからない。それこそ呪いの通りになっていたかもしれない。


 そして、


 何度も記したことだが、父さんは死んだ。今でも振り向けば隣に父さんがいる様な気がする。そういう時は寂しくてたまらなくなる。夜は悲しくて眠れなかったりする。

 あの時、もし自分が何か別の行動をとっていたとしたら、父さんは今も生きて、僕らと一緒に生活しているのではないか。そんなことばかりが頭に浮かんできてしまう。いくら考えても仕方のないこととわかっていても。


 最後に僕の事だ。僕は復興しつつある大都市ベリルで、ベリル大学の入学試験に合格した。僕の歳で大学生になる人はあまりいないらしく、みんなから優秀だと褒められた。

 今は春休みといった期間で、あと一ヶ月すれば大学生になる。 専門は、ロボット工学だ。

 そして、(これは今日この手記を書き始めたきっかけの1つなのだが)僕は明日17歳になる。

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