42 デルタ

 42

右手を失って散々痛めつけられた騎士が、どのようにして戦闘に勝つか。それはどんな辞書にも載っていないだろう。敵をガラクタの角へと追い詰めて、私は嗤う。

「もう終わりか?つまらないな」

 その姿には今や無数の傷がつき、人工皮膚は所々剥がれている。まだ抵抗してくるところが、笑えるというものだ。

 逃げ場を完全に奪った私は、目を合わせるようにして大きくかがんだ。力任せに顎を掴むと、意思の消えかかった瞳がこちらを見つめてくる。もう意識すら消えたか? 汚れた髪を乱暴に掴む。

「今頃、あの人間たちはどうなっているだろうな?」

 囁いた。

 私は左の掌を奴の顔に覆い被さるようにして広げた。シミュレーションし、とどめを刺す可能性を統計する。少し力を入れればいいだけだ。もう抵抗する力もなかろう。そう思った。

「まだ、終わってないだろ」

 奴の手が小刻みに震えながら、私の掌を締め付けた。上体がかすかに傾き、立ち上がろうとしている。その瞳には戦意が戻って来ていた。まだ余裕があったことに私は密かに驚いた。

「どうした?来い」

  奴は口角を上げた。

ああこれは、私がなりたかった姿なのかもしれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る