41 ユア

41

にゅっとボディから出してきたアームで俺の剣をなんとか受け止めながら、チビのボリジンは耐え続けている。

 気に入らない。苛立ちが腹の中を占めていく。

「守るとか」

 剣が当たるたびに火花が散る。

「できもしねえこと言ってんじゃ、ねえよ」

 こんなに残虐な気持ちになったのは初めてかもしれない。金属のぶつかる派手な音が立つたび、チビの細いアームが頼りなくぐらりと揺れ、パーツが空に飛び散っていった。

「何もできやしないくせに・・・っ」

 みるみるうちに増えていく傷を見ても、胸のもやつきは晴れない。かといって攻撃を止めることもできなかった。

「『にげて』じゃねえよ!一人じゃ、戦えもしないくせに・・・ッ」

 なぜ、脳裏に浮かぶメイラさんの顔をかき消せないのだろう。思考が、彷徨って、ここから離れていく感覚だけがした。


 決して誰にも言えないような悲惨で残虐な光景。

 そういうものを見ていると、人間もボリジンとなんら変わらないと思うようになった。それからだ。この道が、人間を絶滅させるという道が、本当に正しいのかわからなくなったのは。

 

 なぜ俺はあの時、デルタを殴り壊さなかったのだろう。それは、後悔と言うよりは、純粋な疑問だった。あの時、デルタの目がゆっくりと力を失っていくのを見ていた。虚しさが募り、自分が何をやっているのかわからなかった。


 俺はメイラさんが嫌がるようなことはしたくない。したくなかった。

三人で市場へ向かう前夜、俺は彼女に頼まれていた。かき消えた火より遠くを見つめている彼女の姿は、ただ世界に身を任せているようにも、勇ましく強かにも見えた。

「君は本当に正しいことを見極める力を持っている」

彼女は、既にシャットダウンしているデルタを、母のような優しい微笑みで見ていた。

「デルタが間違った道に進みそうになったら、君が正しい方へ導いてやってくれないか」

 今思えばあの時、俺にはそんな力はないんだと言えばよかったのだと思う。

「デルタは何もかも完璧だ。そう作られている。だから、一人でつっぱしりやすい。こいつに意見ができるのは、君だけだと私は思う」

 俺は何も言わなかった。


バキっと折れたアームが床に落ちた。胴体に数えきれないほどの傷が刻み込まれ、俺自身がやったとは思えないほどボロボロだった。

「しまった・・・!」

 人間二人が、チビの後ろにいない!

 あまりに夢中になってしまって、人間どもを逃してしまったのだろうか。焦って周囲を見回すと、少し距離が空いた先の洞窟の穴からあの子供の泣きそうな顔が見えた。もう一人の痩せこけた男が、子供の手を引っ掴んで、少しでも洞穴から離そうと躍起になっている。

 ぎりっと歯を軋ませたが、もう人間のことなんてどうでも良くなってきた。それよりも、この無能なチビを跡形も無いほど破壊してやる方が、よっぽど有意義じゃないか。

もう一度、目を向けると、チビは予想に反して、怯えた仕草一つしていなかった。俺は、剣を目一杯高く持ち上げた。

「お前、ムカつくんだよ」

振り下ろそうとした、その時だった。小さな影が間に滑り込んできたと思えば、それはチビを守るようにして両腕を広げたのだ。黒い瞳がきらりと光を反射させ、弱々しく雫をこぼすのが見えた瞬間、俺は子供の額寸前で、刃を引き留めていた。

 子供の前髪が一、二本、さらりと落ちていった。俺の息は上がっていた。それは恐怖からだった。自分がしたことを目の当たりにし、その全てを理解したからだった。

「俺は・・・何をしているんだ」

 子供が鋭い目で見上げるのも、ボロボロなチビも、ひどく俺を惨めにさせた。

これじゃ、あいつらと同じじゃないか。

足から力が抜け、すとんと膝をつくと、ボロボロになった剣がカランと音を立てて落ちた。その音はまるで、俺自身を空っぽだと嘲笑うようだった。

子供がプナキアに駆け寄り、涙を流してしゃくりあげる。そしてびっくりするぐらい小さな掌で、チビの体をグッと抱きしめた。

 その子供の隣に痩せこけた男がしゃがみ込んで何かを囁く。子供の絶望を掬い上げようとしている。俺はその情景をぼんやりと視界に入れていた。

 ああ、と思わず声が漏れた。俺たちがやってきたのは、こういうことなのだ。

目を瞑る。この闇が晴れる日など永遠に訪れないのかもしれない。

俺の足元に、触れた体温があった。

「・・・おじさん」

 近寄ってきていた子供が俺の背を撫でている。

「何してる、俺は・・・お前の仲間を、ぶっ壊したんだぞ」

 すると、痩せこけた男が口を挟んだ。

「いや、プナキアは壊れきってない。ちゃんと治るさ。あんたが加減をしたからな」

 俺は言葉を失い、目を伏せた。機械の軋む音がしたのと同時に、チビが電子音を放った。何とか言葉を紡ごうとしていた。

「ステラ・・・様を・・・助け・・・」

 怒りを向けるべきは自分自身だった。


「ああ、もうやめる。もう誰も傷つけたりなんてしない」

 俺だけがデルタを止めることができたのに、そうしなかった。結果、メイラさんのように、何の罪もない人々を大勢殺した。今では俺達が差別者だ。

 数度深呼吸をして、ようやく腹を決めた。

「にげろ」

 痩せた男が、子供とボリジンを大急ぎでバイクに乗せた。

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