第5話 作戦

「——と、いうわけだ」


 翌朝、宿の食堂に集まったアティアスとノード、エミリスの三人は同じテーブルで朝食を食べていた。

 そのなかで、周りに聞かれないように、アティアスは小声で昨晩の終始をかいつまんで説明したのだ。


「いつも思うが、お前は甘すぎる」


 それを聞いたノードはパンを口に運びながら呆れたように答えた。

 そもそも張本人であるエミリスが同席しているのだ。

 彼女は気まずそうにしつつ複雑な表情を見せていた。さすがにこの状況では、昨日のような無表情ではいられないようだ。


「雨降って地固まるって言うじゃないか。エミーのおかげでシオスンの動きがちょっとでもわかったんだからな」

「……その雨で風邪引いて死ななきゃ良いんだけどな。……まぁお前が良いなら俺はかまわない。だが気をつけろよ」

「わかってるよ」


 ノードはエミリスに向かって話しかける。


「俺もエミー……って呼んで良いか? エミー、俺はアティアスが赤ん坊のころからの付き合いだが、こいつは昔から本当に馬鹿正直で良いヤツなんだ。付き人である前に、そこは尊敬してる。だから……こいつを絶対に裏切るなよ。……もしそうなったら、俺は絶対に許さない」


 それに対し、一晩経って吹っ切れたのか、彼女は真剣な目ではっきりと答える。


「アティアス様は……こんな私を信じている、と仰りました。ですから、私も……それにお応えすることをお約束します」


 彼女の声に迷いはなかった。


「そうか……なら俺も信じるよ。……頼むぜ」


 そもそも昨晩その場で首を刎ねられる覚悟だったのだ。

 ならばそれまでの自分は一度死んで、残った命を彼に委ねてみても良いと思った。


「はい。必ず……」


 ◆


「!?!??」


 朝食の最後に、何気なく皿に置かれていた茶色い小さなカケラを口にしたとき、エミリスは驚いて目を丸くした。

 それを口に含んだまま、動きが止まる。


「どうした?」


 不思議に思ってアティアスが問う。

 彼女はしばし固まっていたが、ハッとして、恥ずかしそうに答える。


「あ……いえ……初めて食べたもので驚いてしまいました」

「ああ、これはチョコと言うものだ。何年か前から出回るようになったな。まだ生産量が多くないからそんなには食べられないが……」

「チョコ……ですか。今はこんな食べ物があるんですね……」


 あっという間に自分の分を全部食べてしまった彼女は、名残惜しそうに余韻に浸っていた。


「気に入ったのなら、俺の分もやろうか?」

「よっ、よろしいのですか⁉︎」


 アティアスの言葉に彼女は目をキラキラさせる。


 今まで見せたことがない彼女の表情を見て、思わずその可愛らしさに引き込まれてしまう。

 とはいえ、どちらかと言うと妹ができたような、そう言う感覚だった。アティアスには姉はいるが、妹はいない。自分が末子なのだ。


「ああ、俺はもう食べ慣れているからな」


 彼女は貰ったチョコを口に入れ、改めて感動していた。


「んー、美味しいです……」


 結局、かなりの量があったにもかかわらず、彼女が一人で全部食べてしまった。

 これまで見たことのない笑顔で満足そうにしているのを見て、少しは気がまぎれただろうことに安堵する。


 ◆


 朝食後、三人は改めてアティアスの部屋に集まり、今後の相談をしていた。人が増えてきた食堂では聞かれる心配があったからだ。

 部屋の椅子は2つしかなく、エミリスは一歩引いたところで立っていた。

 ベッドにでも座るようにと言ったが、慣れてますので、と断られたのだ。


「俺が生きているということは失敗した、ということだ。つまり、それが分かったらすぐに俺たちを消そうとしてくるに違いない」


 アティアスとエミリス、いずれも口封じのために消さねばシオスンの立場が危ういのは間違いない。

 当然、ノードも一緒にだ。時間が経てば立つほど話も広がりやすく、放置はできないだろう。


「それはそうだろう。なら、仕掛けてくるのを待つか、こちらから仕掛けるか、の2つになるな」


 ノードが提案を出してくる。

 どちらを選ぶにしても、のんびりしている時間はなさそうだ。


「ひとつ気になっているのは、一昨日の夜に俺たちを狙ってきた奴ら、シオスンの息の掛かった者だろうか?」


 アティアスが前から気になっていた疑問を投げかける。

 力のある商人は自衛のための部隊を持っているものだ。シオスンは町長でもあるので衛兵にも守られているが、裏の仕事には使えないだろう。

 であれば、私利のために自由に動かせる部隊が別にいてもおかしくない。


「俺はそうだと思うぞ。他に考えにくい」

「……そうなると、ほっておくと近いうちにそいつらから狙われる……か」


 アティアスが考えながら呟くと、ノードは自分たちから出向くことを提案する。


「いつくるかわからんのを待つより、攻めたほうが楽じゃないか?」

「……俺もそう思う。少なくともエミーにやらせようとしたのは間違いないわけだ。問い詰める事くらいはできるだろう」


 アティアスはノードの考えに賛同し、自分から出向くことを考えていた。

 彼女は聞きながら少し俯いている。昨晩のことが頭をよぎったのだろうか。


「……エミー、君は気にすることはない。主人の命令に従っただけだろう?」


 アティアスはそんな彼女に優しく言う。

 行為は問題だが、彼女の取れる選択肢は他になかっただろうことも理解できた。


「はい……。お気遣い、ありがとうございます……」


 少し気を取り直したようで、表情が緩む。

 アティアスは話を戻す。


「……さて、なら早いほうがいいだろう。向こうに準備の時間を与えるほうが危険だ。このあと、すぐにでもシオスンの屋敷に行こうと思う」


 それに対して、ノードは怪訝な顔をして答えた。


「危険じゃないか? 流石に何の準備もしてないと言うことはないだろう」

「その時はその時さ。せめてあいつの首くらいは刎ねてやる」

「せめて協力者が欲しいが……。何とかならないか?」


 ノードの尤もな意見にアティアスは考える。


 ナハト達に協力して貰えば、かなりの戦力になるだろう。実力はわからないが、少なくともそれなりにレベルの高いパーティに思える。

 しかし、大人数で押しかけると明らかに怪しまれる。アティアス達だけならばエミリスが躊躇して手を出さなかったのかもしれない、とも考えるだろう。

 まず自分でそれを探りにくるはずだ。

 そのタイミングに最もチャンスがあると考えた。


「大人数で行くと間違いなく警戒される。俺たちだけで何事もない顔で行くほうが困惑するだろう。あいつが手駒を動かす前に、その場で問い詰めて捕えるのがいいと思うがどうだ?」


 アティアスの作戦に、ノードも少し考えこんで同意する。


「確かにな。向こうにはそれなりの戦力があるはず。衛兵も奴のことだ、せいぜい中立だと考えた方が良いだろう。奇襲するしかないか……。それとも……一旦街を離れて援軍を手配すると言うのは?」

「どうせ、俺たちが町から出られないように衛兵達に手を回してるだろう。もしくは町を出たところを暗殺しようとするかもしれない。俺ならそうする」

「……確かにな。仕方ない、覚悟を決めるか」


 ノードは納得した様子で頷く。


「助かる。……エミーは、ここで待っていてくれ」

「はい。私は邪魔なだけですから……。でも、ご無事をお祈りしています」


 協力したいと思うが、なんの力もない。それが悔しくて涙が溢れた。

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