第6話 急襲

「まずは自白させたいんだけどな」


 シオスンの屋敷に向かいながら、アティアスはノードに話す。


「そうは言っても、簡単に口を割るとは思えんが。……悠長にやってるとチャンスを逃すぞ?」

「まぁやるだけやってみるさ。もしミスったらあとは頼む」

「期待しないでおくよ」


 ノードは呆れつつも、いつもなんだかんだとうまくいくアティアスに、今回も任せることにする。


 そのうちシオスンの屋敷に着いた。

 アティアスが門兵に言う。


「毎日すまないな。シオスンに急ぎ伝えたいことがあると、取り次いでくれないか?」


 門兵は毎日同じ顔で覚えてくれていたようだ。


「アティアス様、承知しました。急用があるとのこと、お伝えしてまいります」


 門兵は急ぎ足で中に入って行った。

 しばらく門の前で待つと、門兵が戻ってくる。


「シオスン様がお会いになられます。中へお入りください」


 そう言って先導する。

 案内された場所は昨日と同じ応接室だった。シオスンが来るまで待つ。

 今日はお茶は出ないようだ。



 十分ほど待つと、ノックのあとでドアが開く。

 シオスンが一人で応接室に入ってくる。昨日と変わらない、落ち着いた顔だ。


「アティアス様、お待たせしてしまい申し訳ありません。……おや? あの子は連れておられないので?」


 昨日と同じ調子で飄々と話しかけてくる。あの子とは、もちろんエミリスのことだろう。


「ああ、時間もないからな、単刀直入に言う。……彼女はな……死んだぞ?」


 もちろん嘘だが、そのほうが相手の動揺を誘えると考えたのだ。


「なっ⁉︎ ご、ご冗談を……」


 シオスンは目を見開き驚きの声を上げる。


「昨晩、俺の寝込みを襲ってきた。……あんな素人で俺をなんとかできると思ったか?」


 目を細めてアティアスが言うと、シオスンは戸惑いつつ返す。


「何かの間違いでは……? エミリスはそんなことをする子では……」

「とぼけなくても良い。殺す前、彼女に吐かせた。……お前の命令だと言っていたよ」


 アティアスが睨む。

 実際には、彼女はシオスンの命令であることを口に出しては言わなかった。シオスンに対して良く思っていなかったにしろ、養ってもらっていたという恩はあったからだろう。

 シオスンはそれを聞きしばし呆然としていたが、突然笑い出した。


「はははっ! あれなら上手くやるかと思ったが、そうはいかんか。……まぁ良い。気づかれたなら、もうここからは帰せないな」


 その声を聞き終わる前に、待ってたとばかりにノードが剣を抜き、シオスンに切りかかる。

 だが、シオスンの首に剣が届く直前、ノードは咄嗟に動きを変える。


 ――キィン!


 金属音が響き、ノードの剣が何かを弾く。

 弾かれたものが床に転がった。


 ――ナイフだった。


 どこからかナイフが投擲され、それをノードが剣で弾いたのだった。


「ちっ! しくじったか⁉︎」


 ノードは舌打ちをして再度シオスンを狙おうと振り返るが、その一瞬のうちにシオスンはソファごと消えていた。


「ふはは、ワシが何の準備もしてないとでも思うか?」


 どこからか声が聞こえる。

 よく見ると、シオスンのいたソファの床が隠し扉のようになっていたようで、ソファごと床下に逃げたようだった。


「くそっ! 一旦引くぞ」


 アティアスが叫ぶが、それに呼応するように落ち着いた声が聞こえる。


「今のをよく躱したな。……だが、素直に逃すと思うか?」


 ナイフを投擲したと思われる黒いマスクの男が部屋の死角から現れた。最初から気配を消して隠れていたようだ。

 また、入り口からは次々に同じ格好の男達が入ってきて、じりじりとアティアス達を部屋の隅に追い詰める。


「やるしかないな……」


 アティアスも剣を抜いて構える。

 集中しながらも人数を数える。相手は7人か……。


「一昨日は世話になったな」


 ノードが話しかけたが、無言で三人の男達が飛びかかってきた。部屋の隅を背にしているので、同時には三人が限界なのだろう。


「ふっ!」


 気合いを入れてノードが剣を振るが、相手は二人がうまく連携して防御する。

 アティアスも一人を相手に斬り合う。

 腕は互角。

 ただ圧倒的に人数差がある。

 それに以前の夜のような魔法での奇策は使えない。


「ノード! 少しだけでいい、時間稼げるか⁉︎」

「いつも人使いが荒いぞ!」


 答えつつも、ノードは一歩アティアスの前に出て、三人の刃がアティアスに届かないように剣を振るう。

 ノードの方がリーチがある分、相手も近づき辛いようだ。


「すまん!」


 アティアスは集中し、魔法を使おうと詠唱を始める。


「……荒れ狂う炎よ、爆炎となりて焼きつくせ。……爆ぜろ!」


 ノードが作ったほんの少しの時間で、アティアスが魔法を発動させる。


 ――ドォン!


 一瞬鈍い音がしたあと、男達の真ん中……つまり攻撃している三人と、残りの四人のちょうど間で光が爆裂した。


「――ぐっ!」


 近距離の爆発でアティアスとノードも共に衝撃を受ける。だが、目の前の三人が陰になり直撃は避けられた。火傷はしてしまったが仕方ない。

 現在アティアスが使える最も強力な魔法。

 切り札でもあるが、後に置いておく余裕はなかった。


 ――煙が晴れてきた。


 応接室とその周辺の部屋は穴が開いて繋がり、崩れかけていた。


(……やったか?)


 そう思ったが、ゆらっと立ち上がる男達がいた。ダメージは受けているようだが、五人が立ち上がりこちらに構えた。


(……くそ! あれでたった2人しか倒せなかったのか)


 アティアスが魔法を使えることは知られている。そのため、抵抗できるよう中に何か着込んでいたのだろうか。


「なかなか強力な魔法を使うな。だがこのくらいでは俺たちは倒せん」

「くっ……」


(どうする……?)


 その時だった。


 ――ドン!


 と、先ほどと同じような爆音が少し離れたところから響いてきた。


「なんだ⁉︎」


 男たちが一瞬動揺する。

 それを見逃さず、瞬時にノードが飛び出し、男二人を切り捨てる。


「ちっ……」


 残りは三人。人数差が減り、今ならかなり有利に戦える。

 先ほどの爆発音は気になるが、今はこちらが先決だ。アティアスも踏み込む。


 ――いける!


 そう思い剣を持つ手に力を込めた。


 ◆


 ——少し時は遡る——


「何だ⁉︎ 今の音は⁉︎」


 ナハト達はシオスンの屋敷の前で爆音を聞いていた。それは紛れもなく、アティアスの魔法によるものだった。

 音を聞いた門兵は、何事かと慌てて屋敷の中に入っていく。

 それを見てチャンスとばかりに、後を追ってナハト達も屋敷に突入する。


 屋敷は広い。慎重になりながらも辺りを探る。

 ふいに人の気配を感じ、身を隠し様子を窺う。

 三人の黒いマスク男を連れ、慌てて廊下を行くのは、紛れもなくシオスン本人だった。


「アティアスの奴め、目立つことしやがって……! せっかく大人しくしてたのに台無しだ」


 ぶつぶつ独り言を言いながら怒っている。こちらには全く気づいていないようだ。

 ナハトはトーレスに目配せした。トーレスは頷き、魔法を使う。


「爆ぜろ!」


 ――ドン!


 シオスンの至近で爆発が起こり、シオスンと黒マスクの男達が吹き飛んだ。

 アティアスと同じ魔法だが、トーレスのそれは専門の魔導士ということもあり、無詠唱でも充分な威力があった。

 それと同時にナハトとミリーが飛び出す。

 剣が一閃し、黒マスクの男達をあっという間に切り捨てた。


 シオスンは先ほどの爆発で気を失っているようだ。

 すぐにナハトが後ろ手に縛りあげながら、トーレスとミリーに声を掛ける。


「アティアス達は大丈夫か? こいつは俺が押さえておくから行ってやれ」


 頷く二人は最初の爆発音がしたほうに走り出した。


「アティアス、待たせてすまない!」


 アティアス達と対峙する黒マスクの背後から声が聞こえて、黒マスクは動揺する。


「トーレス! ミリー!」


 アティアスは声を上げる。

 黒マスクは完全に形勢が逆転したことを悟ったが、ここで引くわけにはいかない。


「お前だけでも!」


 ナイフをアティアスに向け、全力で突進する。


「がっ!」


 だがその切先は届かない。

 ノードによって腹部を切り裂かれていた。


 同時に残る男たちも、素早く動いたミリーによって切り捨てられていた。

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