第3話 邂逅

 翌朝、しっかりと装備を確認し、しかし不自然にならないようにして町長の屋敷に向かった。

 途中でナハト達三人と合流し、トーレス以外は近くで待機することにした。

 こういう時に魔導士は軽装で助かる。帯剣程度ならともかく、完全武装で屋敷に行くなど考えられないからだ。


「帰りはなんともなかったのか?」


 トーレスからの問いに対してノードが答える。


「そうだな、また来るかもしれんと思っていたが、何もなかった」


 黒マスク達の目的はなんだったのか。今は考えても仕方がない。まずはこの後の町長の面会に集中しよう。

 町長の屋敷に着き、門兵に言う。


「ゼバーシュ伯爵の息子アティアスだ。指定した時間に来たぞ。町長に面会したい」


 トーレスは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに元に戻す。


「ようこそいらっしゃいました。申し受けております。それでは応接室でお待ちください」


 門兵に連れられて三人は屋敷に入る。


 ◆


 応接室は三十人ほどが十分会議できそうな広さがあった。

 椅子に座り待っていると、まだ少女と言っても良いほど——十五、六歳くらいだろうか——の小柄な使用人がお茶を持ってきてくれた。


 メイド服を纏い、少し緑味がかった濃い色の髪を肩上くらいで切り揃えていた。


(変わった色の髪だな……)


 見たことがない色の髪が妙に気になった。

 そして透き通るような白い肌。笑えばさぞ可愛いらしいだろうに、と思ったが全くの無表情で、まるで人形のようにすら思えた。


 彼女は三人の前にお茶を置き、抑揚のない声で一言「どうぞ」と言い退出した。


 ――彼女にとっては普段と同じ、たった一分にも満たない時間だった。


 しかしこの出会いが彼女の運命を変える出会いになるとは、そのときは夢にも思わなかった。


 ◆


 しばらくするとシオスン町長が応接室に入ってきた。


「いや、わざわざこの辺境のテンセズまで、伯爵ご子息様にお越しいただけるなど恐縮です」


 甲高い声で言うシオスンは、五十歳くらいの小太りの男だった。頭の髪はあまり残っておらず、脂で光っていた。


「なに、近くに来たからついでに寄っただけだ。特に査察をしたりするつもりもない」


 アティアスはシオスンと握手しながら答える。


「なるほどなるほど。この町はいかがですかな? ごゆっくりしていただければと思います」

「そうしたいのは山々なんだが、どうもあまり歓迎されていないようでな。――昨晩、歩いているときに何者かに襲われた。近頃の街の治安はどうなんだ?」


 と、少し目を細めて問う。


「なんと! アティアス様に狼藉するような輩がこの町に居たと? 治安に関する報告は上がってはおりませんが……」


 少し考えてシオスンが続ける。


「ですが、そういえば確か最近子供が行方不明になったとの話が来ておりますな。兵士に命じて調査をさせておりますが、全く手がかりもなく……。神隠しにでも遭ったのかと……」


 特に動揺するでもなく、しかしシオスンの態度に不自然な感覚はなかった。


「そうか、わかった。その件は俺も町で噂になっているのを聞いている。たまたま事件に巻き込まれただけかもしれんが、俺も気になるんでな。この町に立ち寄ったついでに、しばらく調べてみようと思っている」

「アティアス様が直接ですか? それに昨晩襲われたとのこと、今後もなにかあるかもしれません。……この町の兵士の中から数名、護衛をおつけしましょう」

「気持ちはありがたいが結構だ。このノードは腕も立つ。よほどのことがない限り大丈夫だ」

「左様ですか……」

「とはいえ、俺たちだけでは調べるのも難しい。何か新しい情報があったら教えて欲しい」

「承知いたしました」


 シオスンは深々と頭を下げる。


「では今日はここで失礼する。……ああ、そういえば……」


 先程のことを思い出し、アティアスは続ける。


「先ほどお茶を持ってきてくれた使用人だが……見たところ、まだ子供じゃないのか?」


 一瞬、何のことかと考えたシオスンが答える。


「……ああ。あれは私の養女でしてね。私は子供が作れませんので、身寄りのない子供を引き取って育てております。ですが、今は使用人が足りておりませんので、手伝ってもらっておったのですよ」

「そうか……。まぁこちらの家のことには口は出すまい」

「ありがとうございます」


 シオスンが深々と頭を下げる。

 と、何かを思いついたようにシオスンが口を開く。


「……おお! 先ほど護衛は不要とのことでしたが……もしよろしければ、あの子に貴方様の身の回りのお世話をさせますがいかがですかな?」


 シオスンが提案してくる。

 アティアスは四男とはいえ、この町テンセズをも治める伯爵家。恩を打っておくことでシオスンの地位を盤石にすることを目論んでいる、と言うところだろうか。

 アティアスは少し考え答える。


「ふむ……一度会わせてもっても良いか?」

「どうぞどうぞ。……連れて参ります」


 シオスンはそう言い残すと、笑顔で応接室を出ていった。


「……どう思う?」


 待っている間、アティアスは小声でノードに耳打ちする。


「特に変なところはなさそうだな。それにしても、お前何を考えてる? どうするつもりだ?」

「どうって……どうにもしないさ。ただ何となく彼女が気になっただけだ」

「そうか、変な気は起こすなよ」


 ノードはアティアスの好奇心に釘を刺す。


 ◆


「お待たせしました」


 しばらくするとシオスンが戻ってきた。

 背後に先ほどの使用人の少女がメイド服のまま立っている。先ほどと同じく無表情。やはり十五か十六歳程度に見える、まだあどけない顔立ち。

 緑がかった髪はこの国では珍しく目立っていた。多くの者が黒髪か赤髪、もしくはノードやトーレスのように金髪の者がいるくらいだった。


 そして、先ほどは気付かなかったが、この少女を最も特徴付けていたのは濃いルビーのような赤い目だった。


「……髪もそうだが、赤い目とは珍しいな。見たことも聞いたこともない」

「そうでしょうとも。私もこれ以外には見たことがありません」


 シオスンはそのまま続けた。


「私のところに来るまでも孤児として転々としていたようで、私もこれの生い立ちなどはわかりません。ほれ、挨拶を……」


 促すと少女が深々と頭を下げ、口を開ける。


「はじめまして。私はエミリスと申します。五年ほど前からここで養っていただいております」


 少し低めだが、はっきりとした声でエミリスと名乗る少女は言った。


「ああ、はじめまして。俺はアティアス。この地域を治めているゼバーシュ伯爵の息子だ。とはいえ四男だから大したもんじゃないがな」

「いえいえ、謙遜なさらなくてもお噂はお聞きになっておりますよ」


 口を挟むシオスンにアティアスは答える。


「どんな噂だか。……まあいい。この娘に個人的には興味はあるが……」


 彼女の外見から、生い立ちなど気になるところは多くあった。とはいえこの場で細かい話をするわけにもいかない。

 考え込むアティアスにシオスンが切り出す。


「それであれば、当面アティアス様にお預けしますので直接お話しになってください」

「ふむ……」


 アティアスがどうしようか思案するが、構わずシオスンは続ける。


「お気になさらずとも構いません。……おい、準備してこい」

「……はい」


 アティアスの返答も待たずに、シオスンは少女に命じる。

 彼女は相変わらず無表情のまま、応接室を出て行った。


(さてどうする……?)


 もしシオスンが人身売買に絡んでいるなら、少女を近くに置くというのは、こちらの動きを監視される可能性がある。

 しかし何かあった時には巻き添えになる場合もあることを考えると、果たしてどうだろうか。

 養女とは言っていたが、どんな関係か直接聞き出す必要がある。

 いざとなれば屋敷に戻ってもらえばいいだろう。

 そうアティアスは考えた。


「……わかった。しばらく借りよう」

「いえいえ、しばらくと言わずいつまででも構いませんですよ。……おっと、もうこんな時間ですか。申し訳ありませんが、今日のところは失礼させていただいても? 私も忙しいものでして」

「わかった。俺たちも帰るとしよう。先ほども言ったが、行方不明の子供について何か情報があればすぐ教えてくれ」

「かしこまりました」


 そう言いながら退出していったシオスンを見送る。

 アティアス達が身支度を整えて帰ろうとすると、屋敷の入り口に――身の回りの物だろうか――大きめの鞄を持ったエミリスが待っていた。メイドの格好のまま。


「ちょっと待て。外でその格好は目立つからやめてくれ。普通の服はないのか?」

「無いことはないのですが……よろしいのでしょうか?」


 彼女は困惑た顔で答える。

 無表情だった彼女の感情が顔に出たのは初めてだった。


「ああ、問題ない。俺は冒険者としてこの町に来ているから、目立つのは避けたい」

「承知いたしました。すぐ着替えてまいります。5分だけお時間をくださいませ」


 改めて普段着と思われる落ち着いた茶色のワンピーススカート姿になった彼女を連れ、アティアス達は屋敷を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る