4 「レナルド、私に釈明することがあるでしょ」





 レインズ公爵邸を出て、魔術師の拠点──通称魔術城に到着したところで、とうとうシェノンは口を開いた。


「レナルド、私に釈明することがあるでしょ」


 隣を歩くレナルドは、魔術騎士の制服を身に付け、襟には太陽と鷲の徽章、腰には魔術具の一種でもある剣を帯びている。

 一方のシェノンはというと、騎士団の制服には似ているが、黒色の衣服を身に付けていた。

 シェノンは騎士団には属していないが、騎士団が引き受けるような討伐などの任務を受けることがよくある。そのため、動きやすく汚れがもっと目立たない黒いデザインのものだ。

 魔術城お抱えの魔術師専用の衣装部による専用の服で、この服はシェノンしか着ていない。

 その服が着替えとして用意されていたのだ。

 しかも、皺はしっかり伸ばされているが新品ではない。

 そこから導き出される事実は……。


「ない」

「嘘つかない。私の服、私の家にあったものでしょ」

「そうだ」


 ないと即答したくせに、悪びれもせず肯定されてどんな表情をするのが正しいのか。あまりに堂々としているものだから、シェノンはちょっと困る。


「不法侵入でしょ。騎士団に勤めてるくせに。いや法的にっていうなら、犯罪者でもない私に『これ』つけてることもそうだけど」


 袖を軽くまくり、すかさず手首の魔術具を示してやる。


「大体どうやって入ったの」

「魔術で」

「トラップが発動した気配ないんだけど……」


 不在中に鍵をかけると同時に張られる魔術トラップが発動すれば、シェノンに分かるようになっているが、そんな気配はなかった。


「一時的に無効化して入ったからな」

「あーそう」


 あっさり言ってくれる。


「あれを無効化ねぇ。この八年間も訓練を怠らなかった証拠か……」


 家に侵入された云々を忘れ、シェノンは感心する。


「……聖王の祝福があるから、出来て当然だとは思わないのか」

「どうして? 生まれたときから将来有望なのは約束されているのは間違いないと思うけど、才能に驕れば細かなところに綻びが出る。あれが無効化できるほどなら、技術だけ見ても一流でしょう」


 本当に大したものだとシェノンが褒めると、レナルドが思わずといったように口元を綻ばせた。


「相変わらず、俺にそんなことを言うのはシェノンくらいだ」


 周りがざわっとして、いつも自分が遠巻きにひそひそされているときとは違うと思ってシェノンが興味本位で周りを見ると、ちょうどすれ違った魔術師全員がレナルドの方を見ていた。

 視線を引き付けられたように。


「隣の魔術師は誰だ?」

「レインズ騎士団長と親しげだが……」


 そんな中、やはりシェノンに向く視線が出て来はじめる。


「あれは──魔王の魔術師だ」

「例の魔王の祝福を受けているという魔術師か」

「姿を消していたのに」

「死んだはずでは」

「今現れたのはやはり何か関係が」

「連行されているのか」

「──いずれ災いの元になると思っていたのだ」


 好き勝手なこそこそ話をいつものことと聞き流していたが、気になる内容があった気がしてシェノンは耳を澄ませる。

 しかしその瞬間、傍らで異変が起きる。

 ぐん、と空気が重くなったのだ。

 雰囲気的にも、実際に感じる空圧的にも。重い魔力が、周囲に滲み出る。

 その発生源が隣だと感じ、シェノンは何事かとレナルドを見上げる。


「レナルド?」


 レナルドは無表情だった。

 青い瞳から、心なしか光が失せる。鋭くなった眼差しに感じるのは──怒りか。

 苛立ち、癇癪、そのように軽く流せるものではない怒り。

 レナルドから滲み出る魔力が殺気に限りなく近い雰囲気と混ざり、周囲が本能的におののく。

 そんなレナルドに、シェノンは違和感を覚える。違和感というより、異様さのような、歪みとも言えるような──胸騒ぎにも似たものだろうか。シェノン自身も計りかねていた。

 八年前のレナルドと八年後のレナルドの様子に大きな違いがある。そんなことはもう分かっているけれど、今度は何が原因だというのか。

 いや、それはともかく、まずそうだ。雰囲気的に察して、シェノンはこの場を離れた方が良さそうだと魔術を準備する。

 エトの執務室は上だ。飛ぶか。物理的に飛ばすか。


「何を! している!」


 シェノンが魔術の下見で見上げた吹き抜けから、人が降ってきた。

 その人物はシェノンとレナルドの頭上に迫り、白い光で描かれた魔術式を降らせた。

 魔術式はシェノンとレナルドのみを捉え、効力を発揮する。

 発動までの時間は瞬きの間だったが、シェノンは魔術式が降ってきた時点で、発動される魔術を読み取っていた。

 空間移動。一般的に、仕込んでいない限りそう簡単には使えない難度と規模の魔術は正確に働き、シェノンとレナルドを一瞬で別の場所へと移動させた。


「エト、そんなに大声を出したの何十年振り?」

「うるさい」


 降ってきたのはエトで、移動した先はエトの執務室だった。

 エトは険しい顔で、レナルドを見据えた。


「レナルド、騎士団での訓練以外で外傷内傷問わず怪我を負わせれば、学院時代のような罰では済まないぞ」


 レナルドの魔術学院時代を結局ちらとも見ずに眠っていたシェノンが首を傾げる隣で、レナルドが不機嫌を露にする。


「あいつらがシェノンについて根拠もない下らないことを言っているのが悪い。俺が正そうとして何が悪いんですか?」


 驚いたことに、レナルドはシェノンに言われたことを聞いて、あんな風になっていたらしい。

 なんだ、それなら単純だ。


「悪い」


 シェノンが断言すると、レナルドが即座に見てくる。

 何が悪いのかと睨むような眼差しに、シェノンは怯まない。


「もう魔術師になったんでしょ。それなら感情で行動するのはやめておきなさい。──そもそも私がどうこう言われるのは自然なことで、レナルドがつっかかる必要はない」


 魔王の祝福を受ける身だから仕方ない。慣れた様子であしらうシェノンに、レナルドが何か言いたげに口を開いた。

 それを封じるべく、シェノンはさっさと話題を切る。


「それよりエト、昨日は時間取ってもらったのにごめんなさい」


 エトはため息をつきつつ椅子に座っていた。眼鏡の奥から、シェノンをじろじろと見る。


「無事のようだな」

「無事って、物騒ね」


 その「無事」に込められている意味によっては、冗談ではないのでやめてほしい。シェノンは苦虫を嚙み潰したような顔をする。


「昨日、目の前で意識を奪われて連れ去られていった光景を見させられれば誰でもこうなる」

「まあ、結果、何もありませんでしたじゃないけどね」


 だとすればここにレナルドはいない。レナルドは現状エトに用事はないわけで、単純にシェノンの用事に付き合っているのだ。

 そこで、エトの目がシェノンの手首のブツを見つける。


「レナルド、お前、何をシェノンに使っているのだ」

「言ってやってエト」


 シェノンの他力本願に聞こえる言葉に、眉を吊り上げていたエトは怪訝そうにする。


「シェノン、どうして抵抗しない」

「……私が抵抗も抗議もしなかったとでも思うの? してこれですけど?」


 投げやりに言うと、エトに哀れむような目を向けられた。

 やめて。でも代わりに頑張ってほしい。シェノンが目でレナルドの方を示すと、エトはレナルドに再度苦言を呈し始める。


「レナルド、それは犯罪者の拘束に使うような魔術具だぞ。さすがにどうかしている」

「そうだそうだー」

「どうかしていて結構です。俺は俺の把握範囲内にシェノンを留めておきたいので」


 レナルドが堂々と言い放つので、シェノンはため息をつく。

 レナルドの精神は鋼か何かなのだろうか? 元々図太い類いだったが、変な方向に強固になっている感が否めない。

 一方でエトが黙り込んでしまったと気づいて、シェノンは不思議に思う。


「……シェノン、任務はどうする。元々魔術師として復帰するために来たのだろう」

「え? エト、諦めるの早くない?」


 規則に厳格なエトだ。レナルドに説教してくれるかと期待したのに、してくれたはしてくれたが、やめるのが早すぎる。

 どうして……? エトの態度にシェノンは疑問を抱くが、エトは「どうにかするのが困難と分かっていて固執する趣味はない」などと言う。


「任務ねぇ……」


 シェノンはちらっと隣を見る。


「城内で片づけられるものはまだしも、首都外は間違いなく無理そう。レナルドと話つけないともれなくレナルドがついてくるっていう効率の悪さだから」

「……レナルド、シェノンほどの魔術師がいれば、騎士団一隊が出るほどの任務でもシェノン一人で行くことができ、その分他に人手を回せる。魔術師は今特に人手不足だと知っているだろう」


 今特に。エトがレナルドに行動範囲に関する説得を試みてくれているところだったが、その文言が気になりシェノンは口を挟む。


「何か問題でも起こってるの?」

「起こってない」


 レナルドが即答した。

 ところが彼の即答は、シェノンにとっては今日だけで鵜呑みに出来ないラインに達しているので、シェノンは無言でエトの返答を待つ。


「レナルド、ここで隠したとして何になる」


 エトはため息をついて、気の毒そうな目でシェノンを見た。


「シェノン、間が悪いときに目覚めたな」

「間が悪い?」

「魔王復活の兆しが出ている」


 シェノンは、目を見開いた。

 一瞬、呼吸さえも止まった。


「魔国からの魔物の流出の明らかな増加、瘴気が出る地の拡大が起こっている。魔王の影響が復活しているのではないかと推測されている。これで竜が封印を破り目覚め始めたなら確実だな」


 重々しい声は、最早シェノンの耳にろくに届いていなかった。シェノンの手は、無意識に喉のあたりをさする。


「……それは、本当に、間が悪い」


 あと十年くらいは寝ていたかったかもしれない。

 どうにか返答した声は、少し掠れていた。









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