エクストラ

「そ、そろそろ、朝御飯にしようかな。

 こっちは今、朝なんだよ。」

「わ、分かりました・・・」

ぎゅっと抱き合ってから、少しの時間が経って、

落ち着いてきたら、二人とも恥ずかしくなったので、そそくさと朝食の支度へ。

いや、お腹が空いてきたのも本当だけど。


「そういえば、この世界はあちらよりも、食事が美味しいんでしたよね。

 手が込んだものも多いとか。」

「うん、そうだよ。今日は私しかいないし、

 簡単なものにするつもりだけど、楽しみにしてて。」

料理は得意ではないけれど、

冷蔵庫にあるもので朝食を作るくらいなら、私にも出来る。


なお、父親が単身赴任中で、母親も今はそちらにいるため、

それ以外に手段が無いとも言う。



「えっ、食べ物を冷やして保存する設備・・・!

 アカリは、こちらの世界の貴族なのですか?」

「いや、こっちでは全然珍しくないんだよ。」

早速、冷蔵庫の中を確かめようとしたら、

ソフィアの驚きの声が聞こえてきた。


そういえば、向こうでは氷の魔法でも使わないと、

食べ物の保存なんて出来なかったから、驚くのも無理はないか。



「えっ、捻るだけで火が・・・!

 アカリ、この器具には魔法か召喚術の仕掛けがあるのですか?」

「いや、この中には、燃えやすい空気みたいなものが入っててね・・・」


「アカリ、燻製肉はまだ分かりますが、そんなに惜しげもなく卵を・・・!?」

「ああ、こっちでは高価なものではないからね。

 よし、今日はソフィアの歓迎会ということで、一人二つといこう!」

「ええええっ・・・!?」


「な、なんですか、この白くてつやつやした良い匂いのする、

 温かいものは・・・!?」

「これはね、この国でたくさん採れる穀物を炊いたもので、

 主食として一番有名なんだよ。ソフィアの口にも合うといいな。」


うん、我が家の朝食作りは目下、

異文化コミュニケーションの場となったらしい。


「す、すみません。珍しいものが多すぎて、取り乱しました・・・」

そして、盛り付けなど諸々を終えて、二人で椅子に座る頃には、

しゅんと肩を落とすソフィアの姿があった。



「いや、気にしなくていいからね?

 あっ・・・でも、ちょっと懐かしかったかな。」

「懐かしい、ですか?」


「うん。私が向こうに呼ばれたばかりの頃、

 知らないことばかりだったから、ソフィアにたくさん教えてもらったなって。

 だから、分からないことがあったら、気にせず私に聞いてね。」

「あ、ありがとうございます・・・

 今更ですけど、私や国の者達は、アカリに大変な思いをさせていたんですね。」


「ううん・・・大変な時もあったのは確かだけど、

 あの人達が必死だったのも今なら分かるし、

 ソフィアと出会えたことは、本当に良かったと思ってるよ。」

「アカリ・・・ありがとうございます。」


「さ、冷めちゃうから、食べよっか。」

「は、はい・・・」

また少し、二人で顔を赤くしながら、いただきますを言う。


「あ、あの、アカリ・・・」

「うん?」


「これって、食べる順番とかあるんですか?」

「ううん、場所によってはそういうのもあるけど、

 今は二人だけのご飯だし、好きなように食べていいんだよ。」

うん、ソフィアは神殿で育った子だったし、

そういうところ、厳しかったのかも。



「ふわあっ! 凄くお肉の味が濃くて、

 それなのに柔らかくて食べやすいです!」

「ふふふ、そのお肉を卵の黄身につけて、

 ご飯も一緒に食べてごらん?」

「えっ、一緒に・・・? もくっ・・・

 ~~~~!!」


うん、私はいたいけな少女に、

何かの一線を越えさせてしまったのかもしれない。


「あ、アカリ・・・これはいけません。

 私がどうにかなってしまいそうで・・・」

「う、うん。私にとっては慣れた食事だけど、

 ソフィアの口にも合ったようで良かったよ。」

目をきらきらさせながら言うソフィアに、ちょっとだけ圧されつつも、

楽しんでくれているようで、ほっとする。


「そういえば、向こうでは何度か、

 こっちの食事が恋しいとか言ってごめんね。

 やっと、ソフィアにも食べてもらえて良かったよ。」

「いいえ、私で良ければいつでも聞きますので、

 辛いことは隠さないでください。

 ・・・それに、この美味しさを知ってしまうと、

 アカリがそう思ったのも当然という気がしてきました・・・」

「あはは・・・そこまで共感してくれるのは、嬉しいよ。」



「しかし、燻製肉一つ取っても、私が知っているものとは全く違います。

 何がこんな差を生み出すのでしょうか。」

「うーん・・・この国も、昔は向こうと同じようなものだったらしいけど、

 あえて言うなら、もっと美味しくしようって思う人や、

 美味しいものを食べられるなら、少し多くお金を出しても買うよって人が、

 多くいるからかな。」

「作る人も、買う人も、ですか・・・」


「私の想像だけどね。

 あっ、もう一つ、大事かもしれないことがあるけど・・・」

「な、なんでしょうか。」


「この国では長い間、戦いは起きていないんだ。

 だから、そういうことに集中できるのかもね。」

「・・・! 確かに、戦いで命の危険があるようでは、

 食べ物の作り方に集中するのは、難しそうです。」

召喚されていた私も、その国で生まれ育ったソフィアも、

それを間近で感じていた身でもある。


「あの国も・・・いつかはこんな食事が作れるようになるでしょうか。」

「簡単にそうとは言えないけど・・・魔族との戦いが無くなるのなら、

 いつの日か、そうなっているかもしれないね。」


こちらの世界にはたくさんの国があって、

その全部が、食事を美味しく食べられるわけではないことも、私は知っている。


だけど、頑張ってきたソフィアが、

生まれ育った国の未来に希望を持つことは、何も悪いことではないだろう。


そして、そんなソフィアに、

こちらの世界に来てみたいと思わせてしまったのは、他ならぬ私だから、

これからも美味しいものを食べさせてあげたいなと、強く思った。



「これが、私の住む町だよ。」

食事の後、後片付けを済ませて、

こんな洗剤が向こうにあったなら、洗い物に苦労する人が減るだろうと、

ソフィアがまたまた驚いたりしつつも、ようやく落ち着いたところで、

私の部屋に戻り、窓の向こうに広がる町並みを眺める。


「アカリが話してくれた通り、あの国とは本当に違う景色なのですね。」

それを珍しそうに見つめながら、ソフィアが言った。


「向こうの世界も、国都には立派なお城や神殿があったり、

 遠征に出ればどこまでも草原が広がってたり、いろんな景色があったけど、

 こっちもそうなんだよ。町並みが特徴的なところもあるし、

 綺麗なお花が咲く場所や、人気のある動物が見られる場所、

 伝統的な食べ物が有名な場所なんかもあるね。」

「そうなんですか・・・!

 もっとたくさん、アカリが生まれた世界のことを、知りたいです・・・!」


「もちろん、連れて行くよ。

 ソフィアにも見せたいなって思うものが、たくさんあるんだから。」

「はい、楽しみにしています・・・!」

窓の向こうに見える景色は、この町一つからしても、ほんの少しでしかなくて、

この国の中で、名所と語られるような場所だけを挙げたとしても、

数え切れないくらいになってしまうだろう。

それに、今は国の境を越えた旅だって、当たり前になっているのだから。


無限と言えるくらいに、私達の前に広がる道を、

これからもソフィアと一緒に歩んでゆこう。

隣できらきらと輝く笑顔を見ながら、私は幸せを噛みしめていた。

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異世界渡りの召喚士少女 孤兎葉野 あや @mizumori_aya

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