第7話 異世界渡りの召喚士少女

・・・目覚まし時計の音が鳴る。

今日は学校が休みだけれど、朝寝坊をしすぎれば次の平日に響くから、

こうしたほうが体調には良い。


アラームを止めて、ぱちりと目を開ける・・・・・・・・・

あれ、なんだろう。


長い長い夢でも見ていたような、信じられないほどの情報量が頭にあって、

自分が誰なのか、分からなくなりそうだ。


いや、まずは落ち着いて、深呼吸。

私は進道しんどうあかり、高校二年生。昨日まで普通に学校に通っていたし、

幼馴染みや同級生の顔だって、当たり前のように思い出せる。


だけど、それとは別に存在する・・・昨日までは無かったはずの記憶は何だろう。

異世界、召喚士、魔族の長、そして何より大切な存在・・・

頭に浮かべるほどに、これが夢や妄想の類いだとは思えない。

急にこんなことになる心当たりなんて・・・・・・



あっ・・・あったよ、心当たり。

ちょうど一年くらい前、私は急に寝込んでしまい、

一週間くらいは起き上がるのも辛いほどだった。


もちろん、親に病院へ連れて行ってもらったけれど、原因は分からなかった。

そんな時、幼馴染みで家が神社の子が、お見舞いに来てくれて言ったんだ。

『生気をだいぶ抜かれた感じがするけど、変なものに襲われたりしてない・・・?』


だけど、思い当たることは何もなくて、

こっそりお祓いもしてもらったけれど効果は出ず、

その子も首を捻っていたけれど、今になって話が繋がった気がする。


今朝になって生まれたもう一つの記憶では、私は異世界に召喚されていた。

その時聞かされたのは、『魂の一部を喚び出した』ということ。


つまり、元の世界には変わらず私は存在するわけで、

言葉通りに受け止めるのならば、残してきた人達への心配は無いと、

少しほっとしたのを覚えているけれど・・・

生気が抜かれたような感じって、そういうことだよね。

ばっちり影響あるじゃない、向こうの偉い人達。


・・・つまり、この記憶は本物だ。

異世界で一年ほどの時間を過ごし、召喚士としての力を磨き、

魔族の長を倒して帰って来た、もう一人の私の・・・



「ソフィア・・・!」

あちらの世界でかけがえのない存在となった、

私の召喚者でもある少女が、はっきりと思い出される。


ここに戻ろうとする時、彼女とはしっかりと手を繋いでいた。

それならば・・・!

異世界の記憶を必死にたどり、召喚士としての自分の力を、

今の私の中に満たしてゆく。


「――様、アカリ様・・・!?」

「うわっ!?」

はっきりとそれを意識できた瞬間、

自分ではない意思が、頭の中に流れ込んできた。


もう、疑いようもない。

あの世界でしたのと同じように、力を込めて言葉を紡ぐ。


召喚サモン、ソフィア!!」

そして、私が伸ばした手の先に、かけがえのない少女の姿が現れた。



「ソフィアっ!」

「ひゃっ!? アカリ様、ですよね・・・?」

思わず抱き付いた私に、驚きながらもソフィアが不安げに言う。


「ですよね? って何さ。

 そっちこそ、私の知ってるソフィアだよね?」

「は、はい・・・! 私は確かに、アカリ様と共に在ったソフィアですが、

 その、アカリ様のお姿や、雰囲気が少し・・・」


「ああ、あっちで結構長い時間を過ごしたからね。

 こっちの世界にいた私の本体・・・とでも言えばいいかな。

 時間が経った分、少し成長してるんだ。

 それに、服とかも向こうとは全然違うだろうからね。」

「それでは、本当にアカリ様なのですね。良かった・・・!」


「うん。慣れるのに少しだけ時間はかかったけど、

 向こうでのことは、ちゃんと覚えてるよ。

 ・・・ところで、ソフィア。

 ここには、神官として気を遣わなきゃいけない人なんて、誰もいないんだけど。」

全く、ここに来た時点で分かっているだろうに、本当に慎重なんだから。


「確かに、そうですね。

 それでは、アカリ。改めてよろしくお願いします。」

「うん。こちらこそよろしく、ソフィア!」

あちらの世界では、二人きりの時にしか出来なかった呼び名を交わす。

安心したのか、こちらに体を預けてくるソフィアの感触が心地よい。



「ねえ、私が召喚士になることを決めた時、

 話したことを覚えてる?」

「はい、もちろんです。

 もしも叶うのなら、戦いが終わった後、今度は私を呼んでいただき、

 アカリ様の住む世界を見てみたいです・・・と。」


「叶っちゃったね。私が召喚士になって、

 ソフィアが知っている召喚の知識を全部教えれば、

 呼ばれた時の逆が出来るかもなんて、凄いことを考えるんだから。」

「凄いのはアカリです。本当に素晴らしい召喚士になって、

 国を救うという使命を果たし、私の願いも叶えてしまったのですから。」


「それが出来るよう、上手くバランスを取ってたのは、

 一体どこの誰なんだか。」

「それでは、私に外の世界のことを教えて、

 欲張りにしてしまったのは、一体誰なのでしょうね。」

「もう!」

誰の目も気にすることなく、こんな風に軽口を言い合えるのも、

私達が望んでいた時間だろう。

二人はもう、国を救うために召喚された者と、

その補助を担う神官ではないのだから。



だけど、一つだけ話し合っておかなければならないことがある。

お互い、その話題を避けてしまっているのを、薄々感じているだろうけど。


「ねえ、ソフィア・・・

 あの時、私があんな風に出来るって、考えていたの?」

「もしかしたら・・・とは少しだけ思っていました。

 でも、確信なんてありません。

 アカリを守りたかった。それが全てです。」


「あの時私は、イグニを全力で召喚して、茨を焼き払おうとしてたんだけど、

 ソフィアは一人だけでやろうとしたよね。」

「アカリ、それであの攻撃を防げたと、本当に思っているのですか?」


「うっ・・・ちょっと分が悪いとは、思ってたけど・・・」

「そうですよね。私はあの行動が最善だったと、今でも思います。

 ・・・でも、ごめんなさい。

 アカリに何も言わず、勝手に決めてしまいましたね。」


「うん。守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、

 ソフィアが一人でいなくなっちゃうのは、これ以上ないくらい悲しかったよ。」

「はい・・・呼び戻してくれる間、

 強く伝わってきました。アカリの思いが。」


「・・・私も、一人で先走ってた可能性が無いとは言えないんだよね。

 ねえ、ソフィア。もっと話そう。

 もし次に同じようなことがあっても、二人でちゃんと決められるように。」

「はい・・・でも、一つだけ前提が変わったことを覚えておいてください。」


「前提・・・?」

「今の私は、アカリの身体を借りているような状態です。

 だから、もしもアカリに何かあれば、私も消えてしまうのですよ。

 どうか自分のことを大切にしてくださいね。」

私の胸に手を当てて、ソフィアがちょっと微笑んで言う。


「もう、ずるいこと言うなあ・・・」

もちろん、我が身可愛さでそんなことを言う人は、

他人を守るために、命を投げ出したりしない。


私が何を一番大切にするか、理解した上で、

自分自身を盾にして、私に私自身を大切にしろと言うのだ。



「うん、ソフィアが危なくならないよう、気を付けるよ。

 だけど、こういうのも悪くないかな。

 私達は本当の意味で、ずっと一緒になれたんだからね。」

「っ・・・! はいっ!」

笑いかければ、見る見るうちに顔を赤くしながら、こくりとうなずく。

そんなソフィアが愛おしくて、もう一度ぎゅっと抱き締めた。

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