第6話 最後の召喚

「ソフィア・・・・・・」

最後に彼女が、全てを注ぎ込んで私を包んだらしい結界は、

とどめの攻撃の余波さえも、跳ね除けてしまう。


だから、茨に貫かれ、血塗れになった姿へと、

私は手を伸ばすことも叶わない。


ああ、ソフィアの顔から生気が抜けてゆく。

「アカ・・リ・・・ごめ・・さ・・・」

私にしか聞こえないだろう、消え入るような言葉を残し、

その瞳はついに閉じられた。



「ふは、は・・・召喚の要が命を落とせば、

 異界の者は此処にいられまい。お前達は、全てを失ったのだ。」

魔族の長が、嘲るように笑って言う。

やっぱり、こいつは分かっていた。私の召喚士はソフィアだって。


周りの騎士団や神官達も、茨に縛られて動ける者はいないようだ。

悔しそうに歯噛みする表情が、何人かの顔に見える。


・・・だけど、そんな何もかもが、

もう頭の片隅くらいでしか、感じられないや。



ソフィアの結界が消える。

術者が命を落としたのだから、当然のことだ。


その魂が、天へと昇ってゆくのが見える。

召喚士は精霊と契約を交わし、力を借りる者だ。

繋がりの強い霊的な存在なら、視認することは造作も無い。


私をこの世界に召喚したのは、国の力を挙げた大掛かりなものだけど、

直接的な召喚者はソフィアだ。私達は繋がっていた。

いや、


これが形式的な召喚による、仮初かりそめの関係であったのなら、

こんな時にどうなっているかは分からない。

だけど私達は、たくさんの時間を一緒に過ごした。


どうすれば魔力の繋がりが強くなるか考えて、二人だけの時に手を繋いだ。

最初はお互い顔を赤らめての実験だったけれど、だんだんとそれが心地よくなって、

隣り合って過ごす夜は、手を繋ぎながらたくさんの話をした。


やがてそれだけじゃ物足りなくなって、抱き合って眠ることが増えた。

互いに触れ合う感触が心地よくて、悪い夢を見る夜が減った。

それでも不安な時は、眠れなくなりそうな時は、

二人だけのおまじないを、何度も交わした。


だから、一人でいなくなるなんて、許さないよ。

私にはまだ、あなたに触れた感覚が残っているんだから。



「ソフィアあああああっ!!!」

私の全身全霊をかけて、ソフィアの魂に手を伸ばす。

空へと消えてゆこうとしていた、かけがえのない存在が近づいてくる。


そして分かった。私が何をすべきなのかを。

召喚サモン、ソフィア!!」


「な・・・!!??」

先程まで勝ち誇っていた魔族の長も、悔しがっていた騎士団や神官の人達も、

呆気に取られているのが視界の端に映る。



「ソフィアっ・・・!!」

「アカリ、様・・・?」

見慣れた姿で、私の傍に戻って来たソフィアに、

ほっとした気持ちでいっぱいになる。


「っ! アカリ様、もう時間がありません。どうかその前に!」

「・・・!」

しかしソフィアの言葉に、自分の手をじっと見れば、

いつの間にか、透き通り始めているのが分かった。


術者が命を落とせば、その術は遅かれ早かれ消える。

さっきの結界がそうだったように。


私を召喚したソフィアが、こうなってしまった以上、いずれ訪れる運命だった。

こうして、まだこの世界に留まっていられるのは、

国都の神殿にある、膨大な量の魔力触媒のおかげだろう。


ソフィアに出会うことができたのは、

この世界に、この国に呼ばれたおかげでもある。

だから、仕事は最後までやり抜くとしよう。


「ソフィアを傷つけた覚悟は、出来てるよね?」

「この国を蹂躙した報いを、受ける時です!」

あっ、私のほうは、口に出たのが完全に私怨だった。

まあいいか。私達はもう、一つの存在みたいなものだから。


私に残る全ての魔力を、ソフィアに注ぎ込む。

召喚の維持という制約から解放された、全力の聖なる光が輝き出す。


「やれるものなら、やってみるがいい!」

魔族の長が、黒いもやと茨を再び放つ。

だけど、先程よりも威力が落ちているのが、はっきりと分かる。

こいつもまた、さっきの技に全てを懸けていたのかもしれない。


「これで・・・!」

「終わりです!」

放たれたソフィアの光が、迫る黒いもやと茨を消し去り、

その勢いのままに、魔族の長を呑み込んで、一際強い輝きを見せる。


やがて、それが消えた時、残されたものは何も無かった。



「や、やったぞ!!」

「おおお・・・!!」

魔族の長が消えたことで、茨から解放された騎士達が、

まだ立ち上がれずとも、喜びの声を上げる。


「ま、待て! アカリ様とソフィア神官が・・・!」

先程よりも随分と透き通ってきた、私達の姿を見て、

神官の人達が慌てた表情を見せる。


「皆さん、急な別れになってごめんなさい。

 今までありがとうございました。」

「皆様、力及ばず此処で消えることをお許しください。

 どうか、神殿の方々には、私は本懐を遂げたと・・・」


最後の戦いを共にした人達が、別れの言葉を叫ぶ。

中には、涙を流している人もいるようだ。

だけど、それもだんだんと、感じられなくなってゆく。


「ソフィア・・・」

「はい・・・」

最後に、互いの手をぎゅっと握り合い、

私達はこの世界から消え去った。

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