第5.5話 ソフィア

「・・・良かったら、お聞かせいただけませんか?

 アカリ様が知る、物語の魔法を。」


そう尋ねたあの日から、私に映る景色は大きく変わりました。

アカリ様が教えてくれたのは、その世界の物語に語られるという、

魔法のことだけではありません。



そこには、とても多くの人々が暮らしていること。

地域によっては、この国の都よりも広い場所に、見上げるほど高い建物が立ち並び、

朝方の大通りは、仕事で行き交う人達に埋め尽くされること。


その仕事もまた、数多くの選択肢があり、

一定の年齢に達した人々は、その中から選び、あるいは選ばれるために、

自分と向き合いながら時間を過ごすこと。



孤児として神殿に引き取られ、そのお手伝いから始まって、

そのまま神官としての道を歩んできた私には、

仕事を選ぶということは、想像もつかないことでした。


・・・いえ、もしも私が願い、行動するだけの勇気を持ち合わせていたのなら、

別の道もあったのかもしれません。

アカリ様が聞かせてくださった、異なる世界のお話は、

私にそれを気付かせてくれました。



「やっぱり、食事だけは元の世界のほうが、どうしても美味しいかな。

 いや、ここでしか食べられないものを体験できるのは、

 楽しいとは思うんだけど、たまには慣れ親しんだものを、食べたくなるよね。」


・・・食べ物のお話は、この国よりずっと美味しいことが想像できるだけで、

私の心にほんの少し傷を作る気が、しないでもありませんが。


しかし、こんなことは周りの人達には話せないということで、

私だけにそっと打ち明けられるのは、

二人だけの秘密を作るようで、特別な気持ちにもなります。


なお、私が内緒で作ってみましょうかと話したものの、

材料やその保存方法、使える香辛料などの問題で再現は難しく、

アカリ様自身も料理に詳しくはないため、代替手段も分からないとのことでした。

・・・ちょっぴり、食べてみたかったです・・・



そうして、お仕事や食べ物のこと以外にも、たくさんのお話をして、

初めは『アカリ様』と敬う気持ちだった人は、

私にとって、かけがえのない存在となりました。


同じ言葉を、私にも向けてくれる時間は、

胸がとても温かく、そして熱くなります。

ずっと一緒にいようという思いを込めて、教えてくれたおまじないを交わす度、

幸せな気持ちでいっぱいでした。



・・・だからこそ、私は固く決めているのです。

どうしようも無い時は、自分を盾にしてでも、かけがえのない人を守るのだと。

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