第13話 ずっと一緒③ 【side ハクタカ】

「私達は西の港町から船に乗って王都まで戻る予定だ。ちょっと遠回りになるかもだけど、どうせ暇だろう? せっかくだからハクタカ達も乗って行きなよ」


カルルが、まるで自分の船の様にそう言うから。


『久しぶりに船釣りをするのも悪くないな。夕飯は懐かしい魚料理にしよう!』


そんな食い気を出し、軽い気持ちでそれに同意したのが全ての間違いだったと思う。

船と聞いて小さな漁船のようなものをイメージした俺は停泊していた船を見て、やらかしたと密かに頭を抱える。


目の前に現れたのは、三本のマストがそびえたち、そこに張られた真っ白な帆が美しい、優美で豪華な帆船だった。

小回りを重視したため、決して大きなものではないが、まぁ、トレーユの、仮にも見目麗しい第四王子様の船だもんなぁ……。


先に連絡を受けて待機していたのだろう。

中からはこれまたトレーユの部下と聞いて納得の、きちっと制服を着た一人の騎士が颯爽と降りてきて、トレーユと年寄りの魔導士の姿になったカルルに向かって恭しく頭を下げた。



騎士の名はミストラルと言って、以前魔王討伐の際にこの船の護衛を務めたこともあるのだと、カルルが小声で俺に教えてくれる。


ミストラルはこの辺りでは少し珍しい漆黒の髪と揃いの鋭い切れ長な目が印象的で、まるで人に懐かない黒猫に似ているなと思った時だった。


「アリア! 元気そうで安心したよ!」


ミストラルが突然アリアに向かって眩しく破顔した。


そして。

ミストラルはそのままアリアの手を取ると、その手の甲に甘やかに口付け、さも自然に自身の胸にアリアの手を愛おし気に抱いて見せたのだった。







◇◆◇◆◇


夕飯は希望していた通り魚だった。

魚ではあったのだが……


それは王子様が召し上がるに相応しい格式高い料理ヤツだった。


「今さらだ。細かいマナーは気にしなくていい」


トレーユはそう言ってくれたし、カルルは


「へぇ? 驚いた。意外とちゃんとしてるじゃないか」


と、使うフォークを間違えなかった俺を嫌味ではなく褒めてくれたのだが……



「食った気がしねぇ……」


船尾から船底で見つけた竿をコッソリ垂らしながらそう独り言を漏らせば、同意するように肩に乗っていたシューが子猫の様な声で鳴いた。



ちなみに。

俺がある程度マナーを心得ていたのは、決してお貴族様方とテーブルを囲むために教育を受けたからではない。

あくまで、給仕する側として仕事を習った事があるからだ。


一方で同席を許された、ミストラルは伯爵家の三男というだけあって当然マナーは完璧で、アリアの椅子を引いてやる様も悔しいくらいに様になっていた。


そんな事を考えていると、今さらながら昼間ミストラルがアリアの手に口付けた光景を思い出し、酷く胸がムカムカしてきた。


アリアが嬉しそうに、楽しそうに笑う事は何でも嬉しかったはずなのに。


ミストラルが気安くアリアに触れた事も、余りに親し気なあの男の立ち振る舞いも、それに気分を害するでもなく楽し気に笑っていたアリアにも。

腹が立って仕方がない。



「何だよ、アレ?!」


苛立ちのあまり握っていた釣竿を思わずへし折りそうになった時だった。


「そんなに怒気を振りまいていても釣れるものなのか?」


声がしたので振り返れば、水夫に化けたカルルが馬鹿に楽し気な顔をして立っていた。


「いや全く」


そう言ってフンとまた海の方を向けば


「さっさとこっち方面にも本気を出したらどうだ? 本気になれていない奴ほど後で辛い目を見るぞ?」


カルルがシューの喉を撫でながら、そう言ってまたニヤリと嗤った。


カルルの言葉に同意するように、シューがブンブン尻尾を振るから、それが頭をバシバシはたいて地味に痛い。


「別にそこまで空腹という訳じゃないんでね」


いろいろ癪に触ったから、すっとぼけてそう返せば


「何でも卒なくこなす君も、なかなか可愛らしい臆病なところがあるじゃないか」


そう嗤ってカルルが海中に向かって魔法で作ったのであろう、光る小さな星クズを撒いた。


何だろうと思って見れた次の瞬間、光につられた魚が針にかかったのが分かった。



久しぶりの大物を釣り上げる感覚に、一時むしゃくしゃしていた事も忘れ夢中になって糸を巻く。


逃げられないよう緩めたり引いたりを繰り返すうち、糸を引く勢いが一瞬弱まり、その瞬間力を込めて竿を思い切り振り上げれば。

大きく立派な魚影が宙を舞った。


甲板に上がった大きな魚のしっぽを持って、どうだとそれをカルルの目の前に突き出して見せれば


「ほんと、キミは色恋事以外は何でも器用にこなすよね!」


そう言ってカルルがまた俺の事をディスった。



少しして、はしゃいだカルルの声を聞きつけた船員たちが、何事かと少しずつ集まって来た。

カンテラの灯りの元、ナイフで手早く魚を捌けば、誰かが塩やら油やらを持って来てくる。

シューに頼んで上手い事それを炙れば、周囲にうっかりいい匂いが立ち込め、それにつられた誰かが魚に合う酒を持ってきた。


すると他のつまみも持ち寄る者も現れて……。

気づけば甲板の上、うっかり酒盛りが始まった。





満天の星空の下、ほろ酔いの火照った体に心地よい潮風に目を細める。


夕飯を用意してくれたコックには心底申し訳ないが、残念ながら俺にはこの安い酒とシンプルに焼いた新鮮な魚の方が旨く感じるんだよなぁ。

正直な所、アリアもそうなんじゃないだろうか?

アリアにもコレを食わせてやりたいが、アリアはもう寝てしまっただろうか?


そう思った時だった。

甲板にアリアがひょっこり顔を出した。

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