第3話 失言のせいで

 勝手に茶封筒の中を見て、裕貴ゆうきの家族構成に戸惑ったものの、早く手渡し、自分の教室で着席しなければならない芽生めい

 書類を元通り茶封筒に戻してから、階段を3階まで一気に駆け上り、A組に着いた。


 他クラスの生徒である芽生が、前のドアを開けるとA組の生徒達の視線が集中しそうで、後ろのドアを静かに開けた。

 教室の中は、既に着席し、背を向けている生徒が多く、誰が誰か余計に分からなかった。

 

「あの……富沢とみざわ君はいますか?」


 緊張しながら少し遠慮気味に尋ねた芽生の声は、何人かのさわがしい生徒達の声によりかき消された。

 このままでは遅刻しそうに思えた芽生は、深呼吸してから、出せる限りの大声でのぞんだ。


「富沢君、いますか?」


 騒がしかった教室が、一瞬にしてシーンとなり、芽生に全視線が集中した。


「僕だけど、何か……?」


 知らない女子から名前を呼ばれ、意外そうに裕貴が席を立ち、芽生がいる後部のドアに近付いた。


(わっ、ホントにあの富沢君だ~! 遠目からでもそう思っていたけど、近くで見ると、めちゃ王子っぽい! 話し方も、他の男子と違って、なんていうか、そう、上品な感じ! 他の生徒達も見ているし……あ~、緊張する~!)


「校門の所で、これをあずかったので……」


 茶封筒を手渡すと、その時やっと自分が忘れ物をしていた事に気付き、ハッとなった裕貴。


「忘れていたんだ、助かったよ! ありがとう! ところで、君は誰……?」


 微笑ほほえむ裕貴のひとみの優しさと、口からのぞく白く整った歯並びに目を奪われ、ドキッとした芽生。


(あ~、マンガの世界から飛び出した王子様みたい! こんな人が今、目の前にいて、私と話しているんだ~! ……なんて、見れている場合じゃない! 私、遅刻しそうなんだから!)


「D組の河口です。じゃあ、急ぐので……」


 茶封筒に封をしてない事に気付いた裕貴は、慌てて自分のクラスに戻ろうとしている芽生を引き留める為、壁に手をかけた。


(えっ……!? これって、壁ドン……? マンガとかドラマみたい! マンガとかなら、この後、愛の告白とか、キスっていうシーンだけど……まだ、そんな心の準備出来てない……)


 ドキドキしながら、裕貴を見上げた芽生。


「確認していいかな? まさかと思うけど、この中の紙、見た?」


「いえ! あっ、富沢君が何組なのか知らなかったから……あの、お母さんの情報とか見てないし、それに、そういう同姓同名の人って、いそうだし……」


 苦しまぎれで言い訳をしているうちに、墓穴ぼけつったような状態になっていた芽生。


「そこまで知ってしまったんだ。そうか……それじゃあ、仕方ないな」


 いつの間にか笑顔が、裕貴から消えていた。

 完全に失言だったと、その時点でやっとさっした芽生。


(仕方ないって……何? まさか、私、警察に連行されるとか……? アメとムチとか、天国から地獄じごくみたいな……)


 ビクビクしながら、裕貴の次の言葉を待っていると、クラスの生徒達が2人を囲む異様な雰囲気ふんいきに気付き、ざわつき出した。

 A組女子に多い裕貴の取り巻き達にとって、芽生とのやり取りは見ごせなかった。


「王子~、その子誰なの?」


「どうして、壁ドンしているの~?」


 悲鳴を上げたり、ヒステリックな状態になる取り巻き女子達。


「みんな、静粛せいしゅくに! 紹介するから。彼女は、僕の大事な姫君!」


 壁にかけていた手を今度は芽生の肩に回し、クラスメイト達の方へと向かせた裕貴。


(え~っ……!! 私が、富沢君の姫君って……? それに、富沢君の手が私の肩に! 知り合って、もうスキンシップなんて早過ぎるけど、私、富沢君に一目れされてしまったとか……? まさか、そんなわけないと思うけど……でも、壁ドンされて、姫君って呼ばれるなんて……そういうのも有り? あ~、また天国に引き上げられた!)


 予期せぬ急展開に、一人舞い上がりそうな芽生。

 そんな芽生とは正反対に、絶望感に追いやられる裕貴の取り巻き女子達。


「うそ~!!」


「そんなのイヤ~っ!!」


「信じない~!!」


 彼女達は、耳をふさいだり、目を閉じ、裕貴の言葉を全否定しようと試みていた。


「あの……」


 頭の中では勝手な妄想もうそうが加速しつつも、現実的には付いて行けていない芽生は、真相を裕貴に確かめようとした。


「どうやら、君には厳重げんじゅう見張みはりが必要なようだから。取りえず、こういう関係にしておいた方が手っ取り早い」


 取り巻き女子達がなげき悲しんでいる騒がしさの中、裕貴が芽生にコッソリと耳打ちしてきた。


「でも、私、誰にも口外しないのに……」


「そう願いたいけど、君が信用できる人物だと分かるまでは、僕が、お目付めつけ役をさせてもらうよ」


 予鈴も鳴り、返す言葉も無いまま、トボトボとD組に向かった芽生。

 

(姫君なんて言われて、すっかり浮かれてたけど……結局、富沢君は私に対して、見張りとか、お目付け役にてっするだけ。私、そんなに信用されてないんだ……まあ、初対面みたいな感じだし、中の書類の内容見ちゃったし、当然といえば当然なんだけど……)


 こうして、芽生が王子から寵愛ちょうあい……ならぬ、王子風男子である裕貴から監視かんしされる日々がまくを開けたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る