第2話 馴れ初めは、忘れ物から

 芽生めいにとって、それまでの裕貴ゆうきは、違うクラスにいる一際ひときわ目立つ男子という印象だった。


 裕貴は、男女問わず在校生から注目を浴びる存在。

 芽生が通う公立中学校では、車で送迎される生徒などいなかった。

 それも、親ではなく、お抱え運転手付きベンツでの送迎は、尚更なおさら、目立たないわけがない。


 友人達との登校時にも、ベンツに乗って颯爽さっそうと現れる裕貴に遭遇そうぐうする事が有った。

 百音ももねは、彼の名、に対し、成金なりきんさが名前からしてにじみ出ていると皮肉を言いつつ、裕貴が現れる度に注目していた。

 茉白ましろは、周りの女子達と同様、『王子』呼びをしていた。

 成金を連想させそうな彼の名より、『王子』呼びの方が、芽生には共感できた。

 

 彼のサラサラ髪、気品やはなの有る端正たんせいな顔立ち、成長中だが既に175cmほどの高身長に加え、帰国子女を連想させる慣れたエスコートぶりは、まさに貴公子や王子と呼ばれるに相応ふさわしい。


 しかも、文武両道で、体育大会では記録を塗り替え、毎年優勝の実績を誇る英語スピーチ大会では、ネイティブのような流暢りゅうちょうな発音に、聞きれる生徒達が続出。


 非の打ちどころがない、きらめく王子的な男子。


 その裕貴が、近辺の庶民しょみんの子達が通う公立中学校に存在するのは謎だったが、女子達にとって、かなりのモチベーションアップとなっていた。


 恋人いない歴は年齢と同じ、少女漫画のような恋にあこがれる芽生もまた、裕貴に、ヒロイン役の自身が恋する王子様像を重ねる妄想もうそうをしていた。

 あくまでも妄想の中限定で、現実では、とりえの無い自分には手の届かない存在と割り切っていたが……



 そんなある日、女子達の憧れの王子である裕貴と、急接近するきっかけとなった出来事が起こった。

 

 その日は例により、母親は早朝から出勤し、目覚まし時計のセットをし忘れた為に、あわや遅刻という状態で家を飛び出した芽生。

 丁度その頃、近所に住んでいる幼馴染おさななじみの村尾むらお風太ふうたも、登校中だった。


「芽生、そんなノロいと、遅刻するぞ! リュック持ってやるから、しっかり走れ!」


 体育会系男子で、幼い時から芽生をいている風太は、芽生のリュックを軽々と奪い取って前抱きで肩にかけ、先に走って行った。


「ありがとう、風太!」


(風太って、こんないい人だったんだ! さすがは、ハードで有名な野球部男子! リュック2つでも速い! わっ、背中が一気に軽くなった! これなら、余裕で走れそう!)


 リュックの重みが無くなった分、走りやすくなった芽生。

 運動神経は下から数えて指折りに入る芽生だが、それでも、数分の余裕が有る状態で三ツ星中学校に到着した。

 

 校門の前には、いつも裕貴が乗っているベンツが停車していた。


(富沢君も、今、登校?)


 ベンツの中は空で、オロオロと門の辺りを行ったり来たりしている黒スーツの初老男性に気付いた芽生。


(あれは、富沢君の運転手さん。困ってるような感じだけど……)


 急いでいたが、見過ごせずに声をかけた。


「あの、どうしたんですか?」


「坊ちゃんが忘れ物をしましたので、お届けに参りましたが、私は学校内に入る事が出来ないので。申し訳ありませんが、この書類を坊ちゃんに渡していただけますか?」


 運転手が、芽生に書類の入った茶封筒を手渡した。


「分かりました。じゃあ、急ぐので」


 駆け足するような手足のかまえで、急いでいるアピールをした芽生。


「お嬢さん、ご親切にありがとうございます。よろしくお願い致します。」


 芽生に深々と頭を下げ、運転手は安心しながら車に戻った。


(二つ返事で引き受けたけど、富沢君って、何組?)


 三ツ星中学校は、各学年8クラスずつ有る。

 芽生のクラスである3年D組には、裕貴はいない。

 他の7クラスを回っていると、遅刻確定になる。

 高校受験を控えている芽生は、帰宅部という事も有り、内申点ないしんてんかせぐため遅刻だけはけたかった。


 幸い、書類の入った茶封筒に封がしてない事に気付いた芽生。


(封してないんだから、中の書類、見て確かめよう! クラスだけ見るのは、このさい、不可抗力だよね)


 少しの罪意識と、早く済ませて教室に入りたい気持ちで、芽生は、茶封筒から書類を出した。

 中に入っていたのは、芽生は提出済みの家族構成など情報が書かれた書類だった。


(富沢君は、A組なんだ……)


 既に他の生徒達は教室内に入っていて、この時間帯に階段を上っているのは芽生だけだった。

 そんな状況下、その紙に書かれた内容が気になり、つい下の部分まで視線を動かした。


(富沢君のお父さんって、噂で聞いてたけど、富沢グループの社長さん! ベンツ送迎が出来るわけだ! お母さんは、専業主婦? あれっ、苗字みょうじが違う。夫婦別姓? あっ、この名前、知ってる……)


 ほんの好奇心から知ってしまった裕貴の重大な秘密により、自身の生活まで180度変わろうとは、その時はまだ想像すらしていなかった芽生。

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