第七話 龍の住む丘 中編

 俺はカノン王女から離れないように気をつけながら、ゆっくりと首を上げた。


 黒褐色の物体が空に張り付くように伸びたり縮んだりを繰り返しながら、何かの姿を形成していく。カノン王女も俺と同じく頭上を見上げ厳しい表情をした。


「エンシェントドラゴン、仕事ができました!! あの空間をあなたのブレスで消し去ってください!!!!」


「あれはなんだ。我も知らないものだ」


 ドラゴンは面白いものを見るかのように一度見上げた後、了解したと、もう一度こちらを振り向いた。身体が眩いばかりの光を帯びていく。光が首に移動した瞬間、天に向かって光が放たれた。ルッツ公国で放たれた光と全く同じ眩いばかりの光だった。


「うわあぁ、光で目を当てていることができない、……あれ……でも、おかしい……あまり衝撃波は来ない!?」


 数メートル先は砂埃すなぼこりが吹き荒れ、岩が衝撃波で吹き上がっているのに、カノン王女の側だけは風すらも吹いていなかった。


「カノン王女、もしかして……!!」


わたしから離れなければ、大丈夫です。周囲三メートルに絶対防御のバリアを展開しています!!!」


 俺は驚いた。エンシェントドラゴンのドラゴンブレスの衝撃波さえ通さない魔法を無詠唱で展開するなんてありえないだろ。でも、俺は再び空を見上げて思った。


 さすがに、これだけの力だ。大きな爆風とともに空にあった物体は消えてなくなっただろう。


「……倒したのか!?」


 カノン王女は小さく首を振った。ドラゴンブレスを放ったエンシェントドラゴンは、空に消えていく。空には黒褐色の物体が先ほどよりもハッキリとした姿であった。


「わははははっ。エンシェントドラゴンのドラゴンブレスか! ……そんなもの効かぬな……!!」


 けたたましく嘲笑う笑い声が響き渡る。その声は男のようであり、また女のようでもあった。


 カノン王女が空に浮かぶ黒褐色の物体をじっと睨む。最初見た時には、ただの黒褐色の板だったのに、目や鼻や口のようなものがついている。なんともおぞましい光景だ。人ではない何か……だ。


「……魔王……、やはり滅んでなかったのですね?」


「わしのことを知っているのか。流石はエンシェントドラゴンを操る姫だな。わしは千年の呪いからやっと、蘇ることができたのだ」


 魔王……、神話ではなく現実にいたのか。


「勇者が命まで賭けて、葬り去ったはずなのに……」


「……詳しいな。そうだ……勇者にわしは殺された。でもさ……本当は少し違うんだよ」


 気味の悪い笑い声が周囲に木霊する。カノン王女は俺の方を向いた。その顔には絶望では無く、何かを待っていたような表情をしていた。


「そろそろ……、来ます!!」


「いったい、……何が来る?」


 カノン王女は俺の問いかけには答えず、驚くようなことを言ってくる。


「後ろから、ぎゅっと抱きしめてくれますか」


「えっ、なななな、なんで……」


 カノン王女の突然の申し出に俺はびっくりする。婚約者もいるのに、後ろから抱き締めるとか駄目だろう。


「お願いします!!」


「わっ、分かった……!!」


 俺は慌ててカノン王女の背中に抱きつき、後ろから腰に手を回した。


「今から話すことを聞いてください!!」


「……わ、分かった……!!」


「あの生命体に、魔法は効かないと思います。あれだけのドラゴンブレスが無効化されたんですから……」


「嘘だろ!!……じゃあ、今の世界であいつを止められる者は……、誰もいないんじゃ……」


 カノン王女が頷いた。魔法国家ハインリッヒ王国には、魔導士はいても剣士はいない。勇者がいない今、倒せるものはいないのだ。それでもカノン王女は諦めてはいないようだった。


「今、わたしのリミッターを解除しました!! きっと絶対防御の魔法を維持することはできないでしょう。しっかりと捕まっていてください!!」


「分かった。リミッター解除って……!? 大丈夫か!!」


 リミットを解除したら、勝てるのだろうか。俺はカノン王女を信じるしかない。


「何をヒソヒソ話をしてるのだ。お前らみたいな虫ケラ、すぐに殺してやるからな」


 黒褐色の塊が明らかにハッキリとした形に形成されていく。


「魔王!!!! あなたを復活させることは許しません!! ……行け、空から飛来し、流星群、……魔王を倒して……!!」


 カノン王女が魔王を睨みつけた。手でボールを投げつけるようなポーズをした。


「メテオ スウォーム!!!!」


 空から大きな物体が飛来してくる。周囲が大きく振動し、地響きが起こる。


「まさか、小娘……古代魔法を!! ……無詠唱で唱えられるのか……!?」


 隕石がハッキリと目視できるほど近くに目迫って来た。暴風が吹き荒れ、大きな岩さえも飛んで来る。あまりに大きな地響きに丘に亀裂が入り、カノン王女と俺を支えていた地面が崩れた。


「うわっ、落ちる!!」


 落下する俺とカノン王女。


 カノン王女が俺を前から抱きしめる。王女の身体は暖かく、そして柔らかい。このまま落下していけば、落下の衝撃で助かることはないだろう。


 まあ、カノン王女となら、一緒なら死ぬのも悪くない。


 落ちていく速度は上がっていき、そのまま……落ちていくように思えた。だが、……現実は逆だった。速度は上がらず、むしろ、落下速度は落ちていき、やがて空中で止まった。


「どうしてだ!?」


「しっかりと捕まっててください。……飛びます!!」


 一気に上に強い力で引っ張られる。これはもしかして、俺たち空を飛んでるのか。


 目の前の割れ目から一気に外に出た。変わり果てた光景を見て驚いた。さっきまであった丘は完全に崩壊していた。


 轟音を立てて、隕石が飛来する。……魔王を巻き込み地面に落ちた。


 大爆発が巻き起こり巨大な火の塊が上空に噴き上がった。落ちた場所から少し遅れて衝撃波と爆風が広がっていく。全てを薙ぎ倒し近くの木々、大きな岩さえも爆風と衝撃波に吹き飛ばされた。


 カノン王女は俺にぎゅっと抱きついた。こんな時だけども無茶苦茶に柔らかい。女の子のいい匂いがした。


 大きな爆風に俺たちも吹き飛ばされる。


「うわわわああああっ……!!」


 どこまで飛ばされるんだろうか。このままだと地面への激突は避けられない。


 カノン王女の温もりを感じながら、吹き飛ばされていく。なんとかカノン王女だけでも助かって欲しいと、俺はカノン王女を抱きしめた。数百メートル吹き飛ばされ、俺から地面に叩きつけられる。


「……痛ってえ!!」


 確かに痛かったが魔法の力だろうか。数メートルくらいの高さから落ちたくらいの痛みしか感じなかった。辺りを見回すと、俺たちは龍の住む丘の入口のところにいた。今、カノン王女は俺の手の中にいる。柔らかくていい匂い。こんな身体にあれほどの魔力があるなんて。


 城を見ると完全に崩壊していた。


「うっ、んんん……」


 カノン王女がゆっくりと目を覚ます。寝顔も本当に可愛い。カノン王女をじっと見ていると俺の後ろで声が聞こえた。


「これは……どういうことですの! 隕石が落ちたと思ったら……!!」


 今一番聞きたくない声だ。ゆっくりと振り向く俺。そこには般若のような顔をしたアリア王女の姿があった。




――――――――



初めから、もっと読みやすいように訂正していきたいと思います。


応援いつもありがとうございます。

今後もよろしくお願いします。

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