第六話 龍の住む丘 前編

龍の住む丘・・・・・は、どちらでしょうか?」


「城の裏手の小高い丘だけども、……どうして……」


 カノン王女がこちらを見てニッコリと微笑み、握る手に力を入れた。周りを見ると俺たちの逃走劇を呆然ぼうぜんと見守る街の人たち。その中には兵士として、俺と共に戦ってくれた仲間たちもいた。


 カノン王女は、『龍の住む丘』を本で読んだ知識などから行ってみたいと思ったのだろうが、ふたりだけで向かうと言うのはあまりにもまずい。


「ちょっと待って、……待ってくれよ」


 龍の住む丘・・・・・の入口まで来て、俺は慌てて呼び止めた。人目が少ない城の裏手にある龍の住む丘は、ザイン公国の人々にとっては人気がない。公国の人々にとって、住むことと食べることが重要で、景色を楽しむ余裕なんてないのだ。呼び止めるなら、ここしかない。


「どうかしましたか?」


 カノン王女は、後ろに手を回して、首を右に傾げた。凄く可愛いけども、今後のことを考えるとふたりでいると言うのは不味すぎる。


「いやさ、龍の住む丘が見たいならば、アリア王女も誘って三人で行こうよ」


 さすがにこれだけ言えば言いたいこと理解できるはずだ。カノン王女はハインリッヒ王子の婚約者だ。俺がカノン王女とふたりきりで丘を登ったことが知れたらザイン公国は、攻め滅ぼされかねない。


「なぜ、ですか? わたしはふたりきりで行きたいのですが……」


 いや、小首をかしげる可愛いポーズは、俺の心を鷲掴わしづかみにするが、それはあまりにも不味いだろう。さすがに空気を読んでくれると思ってハッキリと言わなかったが、気づかないならば、ちゃんと言わないとならない。


「いや、カノン王女には婚約者がいるよね。それもハインリッヒ王国の王子様が……」


 俺の声を聞いて、カノン王女は思い切りため息をついた。


「残念ながら、そうなんですよね。全く結婚したくないのですが、魔法学園卒業後に結婚することになってるようです」


 望まない結婚と知って、俺の心は高鳴るが……。首を振って気持ちを改める。そんなことが許されるわけがない。


「いやさ、結婚はルクセンブル公国のためにするんだろ? じゃあ、俺らだけでいる今の状況は、かなり不味いんじゃないかな。俺も男だしさ」


「そっかー、やはりそう言いますよね」


 うんうんと、凄く納得した表情で何度も頷く。


「分かってくれたか?」


 俺は少し残念だけども、内心ホッとした。揉め事だけは起こしたくはない。


「分かりました。……じゃあ、バレなきゃ大丈夫ですよね」


 天使のような輝く笑顔を見て、俺は嘘だろと心の中で呟く。今のカノン王女の微笑みは悪魔のささやきにすら感じられた。


 龍の住む丘を登って降りてくるまでに少なく見積もっても、2時間以上はかかる。それまでの空白の時間をどうやって説明するんだよ。


 今頃、アリア王女はいなくなったことに気がついて大騒ぎしているだろう。


「あー、絶対バレると思ってますよね」


「そりゃそうだろ。バレないわけがない」


「それがあるんですよね」


 カノン王女はくるっと回って小さくジャンプした。お淑やかと思っていたのは俺の気のせいで、実際はかなりお転婆なお姫様だった。


「とっておきの凄い魔法使いでもないと無理だよ」


「わたしが、そのとっておきの凄い魔法使いだと言ったら……?」


「そんなことあるわけないだろ。小さい時に黒水晶に触れたんだろ。その時に魔法力があれば光るんだ。昨日の話が本当なら全く光らなかったんだろ」


「わたしは後天性の魔法使いなんです。これ、絶対にみんなには内緒ですよ。お父様に知れたら、わたしの自由がなくなるから……」


 後天性の魔法使いなんて、いるはずがない。しかも、全員の記憶を奪う魔法と言えば、王国最高魔導士レベルだ。目の前にいる少女がそれほどの能力ちからがあるなんて、とても思えない。


「とりあえず、丘を登りましょう。頂上に着いたら見せてあげますよ」


 俺の手を引いて、嬉しそうに丘を登っていく。流石にそんな話があるわけがないと呼び止めようと思ったが、できなかった。


「思ったよりも、高いですね!!」


 頂上に辿り着くと、カノン王女は肩で息をしながら、俺に目線を合わそうと背を伸ばした。今ごろ捜索隊が出ていても全くおかしくない。俺は心配で心臓が押しつぶされそうだ。


「魔法力、……あるんだよな!?」


 ここでないと言われたら、俺の人生はきっと終わる。俺はわらをもすがる気持ちでやっとのことで声に出した。


「ないと言ったら……」


 うわ、本気まじか。そんな気はしていたが……、それヤバすぎるよ。土下座くらいでは、きっと許してくれないだろうな。


 暑くもないのに俺の額から汗が滝のように流れ出した。


「ごめん、今の……嘘!!」


 突然、カノン王女の身体がキラキラと光を放ち始める。押しつぶされそうな魔法力だ。……これは一体。カノン王女は空を見上げると右手の平を真上に掲げた。まさか、無詠唱で魔法を使えるのか。


 空がシャボン玉のように虹色に輝き揺らいだ。


「エンシェントドラゴン……来なさい!!」

 

 上空の空間が大きく歪み、亀裂が入ってくる。ガラスが割れるように音を立てて空間が割れた。


「嘘だろ……、ありえなねえよ!!」


 目の前に突然、現れた白龍。とても16歳の少女が召喚できる魔物ではない。


 ただ、輝くカノン王女の身体からはほとばしる魔力が溢れ出てくる。ここまで凄まじい魔力を感じたのは生まれて初めてだ。


「女よ、我をなぜ呼び出した?」


「見せたかったから、……じゃやっぱり駄目ですか?」


「我は戦うために現れたのだ。敵がいないのならば、呼び出すな」


 ドラゴンはカノン王女を睨んでから、俺に目を向けた。ギョロリと動く目に俺は思わず逃げ出しそうになる。


 こいつは味方にもなるが、敵についたら恐ろしい魔物だ。たった一撃でルッツ公国軍が壊滅したのだ。


 俺がドラゴンから目を逸らそうと、空を見上げると、大きな歪みがもう一度現れた。今度は虹色ではなくて、黒褐色くろかっしょくだった。


「カノン王女、他にも召喚したのか」


「違う、……これはわたしではないです。やはり……」


 カノン王女も、上空を見上げた。空の形がいびつに歪み、何か大きなものに変わっていく。正直、見ているだけで気味が悪い。


「なんなんだ、あれは?」


「危ないですので……絶対にわたしから離れないでください!!」




――――――――――――


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