7.アレスの本音

 魔剣からは、再び禍々しいオーラが発せられている。

 呪いに苦しめられているのだろうか?


『ぐあああああああああ! 頼む!!』


 コスモの脳内に訴えかける魔剣であったが、コスモは迷っていた。

 正直、危ない目にはあいたくない。


『くっ! 大事な仲間が死んでもいいと言うのか!』

「!?」


 コスモが後ろを振り返ると、遠くに立っているユリと目が合う。

 ユリはコスモのことを本当はどんな風に思っているのか。

 本当に仲間だと思ってくれているのだろうか?

 それは【剣聖】を持つコスモですら分からない。

 人の心を覗くスキルは、持ち合わせてはいないのだ。

 だが、友達のいないコスモにとっては、やっとできた友達なのは確かであった。


『今だ!!』


 コスモの脳内に魔剣の声が響く。


「しまった!」


 あまりにも【剣聖】が強すぎて、油断していた。

 そのすきを突かれてしまった。

 コスモの身体に、魔剣から発せられた禍々しいオーラが入り込んでいく。


『許してくれ!』


 そして、そのオーラ全てがコスモの体内に入り込むと、魔剣がコスモの手に自動的に握られた。


「おい」


 不機嫌そうな表情で、コスモはその手に握られた魔剣につぶやく。

 だが、返事はなかった。


「おーい」


 ポンポンと叩くが、何も言わない。


「なんだこの人、いや、剣」


 本当になんなのだろうか。

 本当は折っても良かったが、何が起こるか分からない手前、変なこともできなかった。


「コ、コスモさん?」


 小走りで、ユリがコスモの近くへやって来た。


「だ、大丈夫ですか?」

「えっと……どうだろう?」


 封印はできていない。

 大丈夫と答えてもいいのだろうか。

 コスモは迷っていた。


「ともかく……封印は失敗かな?」


 コスモは手に持った魔剣をユリに見せつける。

 すると、ユリは驚いた表情をした後に、「あ、そういうことですか!」と、表情を明るくする。


「力を制御して、我が物にしたんですね!」

「そう言っていいような、悪いような……」


 どちらかと言うと、呪われたと言える。


「呪われた的な感じかな……?」

「えっ? でも、全然なにも変わってないですよ?」

「色々あってね」


 コスモは手短に先程あったことを話した。


「えーっ!? ひどくないですか!?」

「けど、結果的にはなんともなかったし、まぁいいかなって」


 実際になんともない。

 別に苦しい訳でもなく、実に普段通りだ。


「それで……壊さないんですね?」

「まぁ、壊して何かあっても仕方ないし、それに……なんかね」


 あれだけ人間のように喋る魔剣を壊すのも、気分が悪い。


「本当に喋ったんですか?」

「信じられないことにね。頭の中に直接話しかけてきた」

「う~ん。謎ですね。あ、いやでも、意思があるならば、喋れてもおかしくはないですかね?」


 2人が話していると、頭上から小さな石が落ちて来る。

 1個、2個……やがて……。


「あれ!? この洞窟、崩れてきてませんか!?」

「そうみたいだ! 急ごう!」


 走って洞窟の外へと向かう。

 だが、ドンドン崩れるスピードが速くなってくる。


「よしっ! 急ごう!」


 コスモはユリを背負うと、魔剣に力を込める。

 魔剣自身の力は感じなく、正直ただの棒であるが、木の枝よりは格好がつく。


「はあっ!」


 木の枝をその辺に捨てると、コスモは物凄い速度で落下物を破壊しながら、真っ直ぐ外へと向かう。


「何とか助かったね」

「生き埋めになる所でした……ありがとうございました」


 洞窟の入り口すらもふさがっていた。

 もう内部はボロボロであろう。


「10万円、受け取りに行こうか」


 実際に貰えるかどうかは分からないが、正直貰いたい。

 呪われてしまったのだから。

 その証拠に、先程岩を壊す際も、斬ることはできなかった。


「絶対に10万貰う!」


 10万貰ったら何か美味しい物でも食べよう。

 コスモはそう思った。


「そうですね! 貰いましょう!」


 2人は長老であるが見た目は青年のエルフ、アレスの元へと向かった。

 アレスは自分家の前に立っていた。


「う゛え゛ぇ! 無事に戻ってきおっただとぉ!?」


 アレスは顎が外れそうな程、口を大きく開ける。

 盛大に驚いているのだろう。

 後何か、口調が変わっている。

 こちらが素なのだろうか?


「ったく、とんでもない奴らだぜ!」


 アレスは眉を八の字にして、口角を上げる。

 「やれやれ、参ったぜ」とでも言いたげな表情だ。


「なんでそんなに驚いてるんですか?」


 ユリはアレスに対し、キレ気味に言った。


「いやね。いくら【剣聖】と言えども、生還してくるとは思って無かったからな!」

「どういうことですか!?」

「そのままの意味だぜ。いやさ、君の友達? がいくら超レア&強力スキルを持っていても、呪いの力に負けちまう可能性もかーなーりーあったからな! おまけにその様子だと、やっぱりクリスタルも使いもんにならなかったんだろ? けど、無事で良かったぜ!」


 “呪いの力に負けちまう可能性もあった“

 それはつまり、装備した者が死んでしまうことも知っていたということだ。


「コスモさんが死ぬかもしれなかったんですよ!? 悪いと思わないんですか!?」

「結果的に死ななかったんだ。別にいいだろ?」


 アレスはヘラヘラと笑いながら言った。


「ふざけないでください!!」


 そんな態度のアレスにキレたのか、ユリはアレスに近付き、叫んだ。


「ちょっ、何熱くなってんの? 少しの犠牲は必要だと思うぜ?」


 アレスは、「やれやれ」とでも言いたげな表情だ。

 それが更にユリの怒りを加速させたのか、ユリは拳を握りしめる。

 そしてその後、友達のコスモでさえ予想のできない行動に出る。


「むごぉっおおおおおおおおお!?」


 アレスは叫びながら股間を抑え、辺りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「いってえええええええええええええええええええええ!?」


 そして、うずくまる。


「ちょ、ユリ! 何してるの!?」


 コスモは、怒りで興奮しているであろうユリに言う。


「コスモさんは何とも思わないんですか!? 私達、騙されたんですよ!?」

「それは……そうだけど」


 コスモは言い返すのが苦手であった。

 口喧嘩も苦手だ。

 昔からそうだった。


「ったく……やってくれるぜ! 股間はやめろっつーの! 人間にはついてないから分からないだろうけどな、半数のエルフには大事な物……ゴールデンボールがここについてるんだっつーの! くっそ、いってー……」


 涙目になりながら自らの股間を指差しながら、アレスは言った。

 実に痛そうである。

 実際にかなり痛いのだろう。

 そして……。


「ごめん。本当にやめて? ね?」


 半分笑いながら言うアレスに対し、ユリが再び拳を握りしめる。


「わ、悪かった……」


 アレスは先程の激痛を思い出したようで、真顔で謝罪をする。

 そして、懐から10万円を取り出す。


「一応封印ってことだったが……まぁ、それ持って行ってくれるってことで、依頼達成ってことでいいぜ。うん」

「ありがとうございます」


 ユリはそう言うと、ムッとした表情で10万円を受け取る。

 そして、笑顔でそれをコスモに渡す。


「はい、コスモさん!」

「あ、どうも」


 コスモはユリのことを、大人しいと思っていたが、実際はそこまで大人しい訳ではないのかもしれない。


「早速何か食べに行きませんか? 私、お腹空いちゃいました!」

「そうだね……。私も!」


 今日は色々とあって疲れた。

 そしてお腹も空いた。

 コスモはユリと共に集落をあとにするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る