第5話 キラキラの夢

 私が立っていたのは荒れた草原だった。ポツポツと生えている木は枯れきっている。

 空もどんより曇って視界が薄暗い。吹きすさぶ風が冷たくて痛々しい。

 しかもどこからか聞こえる獣のうなり声……。

 広すぎる草原に、自分はひとりぼっち。

 ぎゅっと自分の体に腕を回して縮こまる。


 怖い……。

 誰か……だれか……ッ。


 しゃがみ込みそうになったそのとき、陰から黒い塊が飛びかかってきた……!


「グルルル……!」

「イヤぁ……!」


 悲鳴を上げて目を覆う――。


 だけど次の瞬間に訪れたのは、ふわりとした浮遊感だった。

 思わず目を開けた先に飛び込んできたのは、レムのきれいな顔。

 それから満点の星空!


 ――私、飛んでる?


 正確には、私をお姫様抱っこしたレムが風を切るように空を飛んでいた。

 見下ろすと、荒れ果てていた草原はキラキラとまぶしい夜景になっていて……。

 上も下もキラキラで、何よりレムがキラキラしてて、キレイ……。


「結愛、大丈夫?」

「う、うん……ねえレム! 飛んでる!」

「夢だからね」


 ケロリと言ってのけたレムは、何がおかしかったのかふふっと笑った。

 私はぎゅっとレムにしがみつく。

 夢とわかってても、この高さはちょっとドキドキしちゃう……!


 そんな私を見たレムが、飛ぶ速さをゆっくりめにしてくれる。

 それから静かな声で聞いてきた。


「……結愛。もしかして、さびしい?」

「え……?」

「いつも一人でがんばってるんだろ? ……結愛が悪夢を見る理由はそれかもしれないと思って」

「……私は……」


 大丈夫だよ。一人でいるのは慣れてるし。家事もちゃんとできるし。ママもパパも忙しいけど、頑張ってるの、知ってるから。そんな二人を困らせたくないから。私は大丈夫。

 そう、笑って言いたいのに。

 言わなきゃって思うのに。

 言葉が出てこない。ちがうよ、大丈夫だよって、首を振ることができない。

 レムには、嘘がつけない――。


「……う、ん……」


 小さくうなずく。声が、震える。

 だけどストンと心のどこかが落ち着いた気がした。言葉にして、認めて、わかった。


 ……私、さびしかったんだ。

 一人はイヤだったんだ……。


 うつむいた私をレムはぎゅっと抱きしめてくれた。あったかい。

 ……こんなに優しくされたら、勘違いしそうになっちゃうよ。


「……ありがとう、レム。来てくれて……悪夢から助けてくれて。……でも、どうして……?」


 レムは悪夢を食べるだけで、良い夢を見せるのは特別だって言ってたのに。

 どうして今も助けてくれたんだろう。

 不思議に思って見上げたら、レムの青みがかった瞳がキラリときらめいた。

 一度目を伏せたレムは、真っ直ぐに私を見つめて口を開く。


「……結愛が初めてだったんだ」

「え……?」


「言ったろ、悪夢を食べる夢喰いバクは珍しいって。オレも今まで偉い人とかすごい人に頼まれて悪夢を食べてあげることが多かったんだけど……みんなオレを利用するだけだった。『悪夢を食べさせてやってるんだから感謝しろ』って上から目線の奴も多かったし。あげくに金儲けに利用しようとしてきて……。オレも最初は頼りにされるのが嬉しかったけど、だんだん何が良くて何が悪いのかわからなくなって……。結愛が初めてだったんだ。見返りを求めないで、純粋にオレに優しくしてくれた人」


 そう言って微笑むレムの瞳は、優しくて……でもどこか切なくて……。

 静かに揺らめくレムの青い瞳に、胸がぎゅっと苦しくなった。


 レムも、さびしかったのかな……?

 対等に扱ってくれる人を……ただ側にいてくれる人を探していたのかな……?

 私がレムにしてあげられることって、ないのかな。


 きゅ、とレムの胸元の服をつかむ。


「ねえ、レム……私の悪夢っておいしいの?」

「とびきりね」

「そっか……それなら好きなときに食べていいからね。お返しはいらないし……」


 言いかけて、あ、と気づく。

 私がずっと悪夢を見ていた理由って、さびしかったからなんだよね。

 だったら……。


「でも私、レムに助けられて……レムと一緒にいられて、さびしくなくなってるの。そうしたら悪夢も見なくなって、レムのご飯がなくなっちゃうかも……どうしよう。――レム?」


 ぐい、と抱きしめられる力が強くなって不思議に思う。

 近すぎてレムの顔がよく見えないよ。


「あのさ……あんまりかわいいこと言わないでくれる?」

「え?」

「結愛は警戒心なさすぎ。オレだって男なんだからね。簡単に家に入れたり近づきすぎたりしたら危ないの、わかってる?」

「ご、ごめんなさい……?」

「オレ以外にそんなことしないでよね」


 拗ねたように言われて、コクリとうなずく。他の人に同じようなことなんてするはずないのに。それに最初はレムのことだって動物が倒れていたと思ったからだし……。


「まあ、もう危ないことはさせないけど……結愛に近づいてくる奴はオレが眠らせてやればいいし……」

「レム?」

「ううん」


 何かボソリと呟いた気がしたけど、レムは笑って首を振った。


「あのね、結愛。寝る前にも言ったけど、悪夢以外が食べられないわけじゃないから。フツーの夢も食べられるし、結愛の作ってくれたご飯だって食べられるし。だからオレのご飯のことは心配しないで」


 あ、そっか。それなら、大丈夫かな。

 ホッとした私に、コツン。

 レムのおでこが私のおでこに優しく触れる。


「むしろ結愛にはとびきり優しくて甘い夢を見させて……たくさん甘やかしてあげたいくらいなんだから」


 え……それって……。

 聞き返そうとしたけど、おでこから伝わる熱が、優しくて、ふわふわと気持ち良くて。

 私の意識も一緒にふわふわと溶けていって……。


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